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プロローグ

全25話となります。よろしくお願いいたします。



 フレームと鉄骨をケーブル類が絡み合う中、モービルギアが整備用のハーネスで吊るされている。

 テストフライトが行われた直後のため、熱された金属の匂いが鼻をつく。

 油まみれにした銀髪の汗を、服の袖で拭いながら整備の手を止めた。


「あとコンマ6mm調整しておきたい。スラスターの反応が僅かに遅れるのは一体何が原因だ?」


 そう呟くと、改めてゴーグルを装着し直し作業を再開する。

 協賛スポンサー各社から発表された新装備は、従来とは比べ物にならないほどの出力を持っている。

 それに合わせた今年のレギュレーション変更により、整備士も乗り手も、新しい規格のブースターに対応しなければならない。急激な変更で誰も彼もが手探り状態だ。

 他の整備士も調整に忙しいのを表すかのように、共同ガレージには乾いた金属音が響いていた。


「よっと」


 背部を開き、赤みを帯びたスラスターカバーを取り外して再調整を繰り返す。

 接合部に触れたグローブがジュっと焼けた音と香りを放つ。

 出力があがった分、冷却は整備の新しい課題になると思われた。


「これだけ熱を溜め込んで……しかし、装甲は減らせないし、どうしたものか」


 蒸気にあてられ、近くにあった珈琲を飲んでは小さく声を零す。

 増えた愚痴は不満の現れだろうか。


「ふぅ……メインブースターの出力は申し分無いが、まるでじゃじゃ馬だな」


 モービルギア全体の出力は向上し、その分、スラスターとの細かい連動がネックになっている。

 珈琲からも油の匂いが微かにして、メンテナンスが上手くいかないことと合わせて顔を顰めていた。


「よぉ、ナック。新しい珈琲の差し入れだぜ。どうだ? 調整の方は?」


 背後からそう声をかけられ、整備の手を止めた。

 返事の代わりに溜め息を吐き、珈琲を受け取る。


「どこもかしこもてんやわんやだよな。我がチーム自慢のナック殿でも苦労しているようで?」

「皮肉はよせ」

「ハハハ、凝り性すぎんだよナックは。他の奴ならとっくに合格だしてんだろ?」


 ソルティのちょっかいを聞き流し、整備を再開する。

 あと少しという思いからか、調整の手が止まることは無い。


「ちぇ、無視かよ。ま、根詰めすぎんなよ」

「うるさいぞ、ソルティ。とっとと去れ」


 不満そうなソルティが言葉を残して立ち去った後、ようやく調整に一段落してモービルギアを再起動する。

 駆動音と共に機体全体に光と熱が走り、目覚めを促す。


「待たせたな。相棒」


 そうして愛機(ランツ)は、目を覚ました。


─────────────────────


「今回は正解だったな」


 数回のテストフライトを繰り返し、確かな手ごたえを得られたことで、コクピットの中でグリップを扱う両腕にも力が入る。

 だが、一つの機影がテストに割り込んできた。静かな夜が思い浮かぶ紺のモービルギアは、ソルティの機体。


『調整終わったんなら俺と遊ぼうぜ!』

「……まだ調整中だ。邪魔だぞソルティ」


 ダークネイビーの機体がダンスへと誘い、銀のモービルギアと共に空へ二筋の雲を描く。複雑に絡み合うそれは、まるで解くのを諦めた毛糸玉のようだ。

 やたらとテンションの高いソルティの声がうるさいので、内部スピーカーのボリュームを少し下げつつ、目を細めながら相手を観察していく。

 ソルティとは同じポジションであっても、調整方針は全く異なる。

 こちらが小回り重視のMC(ミドルチェイサー)寄りの調整であるのに対し、ソルティはガチガチの速攻タイプ。機体調整でも大雑把な性格が出ていて、やられる前にやるというFA(フロントアタッカー)らしい発想での割り切った調整だ。


『おいおい、今のを躱すのか? でもま、紙エプロンも用意しとけよ! じゃなきゃ、跳ねたとき汚れるぜ!』

「ぐっ!」


 ピーキーな性能を逆に活用して、読みづらい攻撃を繰り出してくるソルティ。強気な姿勢を崩さないことに驚く。イレギュラーな軌道で空を飛ぶのが恐ろしくは無いのだろうか。


「これはどうだ?」


 ソルティの接近を嫌い、ビームランチャーを連射したことで放たれた数発のビーム音が虚空に響いた。


『待ってました! ビームさんご案内~!』


 ソルティはショルダーからリフレクターシールドを展開し、そのまま突っ込んできた。

 新装備に合わせて見た目を奇抜な方向へデザインしていたソルティだが、シールドを内部に隠しているのを悟らせないカモフラージュも兼ねていた模様。

 跳ね返ってきたビームで視界を奪われ、ソルティからの殴打の直撃を受ける。


「……やられた。位置取りまで狙っていたのか」

『ほい、4点あがり!』


 ノックバック状態に陥り、地表に叩き落される。

 落下地点はちょうど赤サークルの上へと誘導されていた。


─────────────────────


「ふぅ、まさか4点を食らうとは」


 テストを終えてヘルメットを脱ぎ、短く嘆息する。

 するとソルティもコクピットから乗り出してヘルメットを脱いだ。

 鎖骨まで届く長さの金髪が大きく跳ね上がり、それから上質なタオルのようにふわりと肩へ降り立ったストレートなその髪は、さらさらと風に揺れている。

 コクピットから軽やかに降りていく様子を眺めていると、ソルティの翡翠色の瞳と目が合った。


「なんだ? そんな情熱的に見つめてさ。普段はそのアイスブルーの瞳の色みたく冷めた目つきなのにな」


 ソルティは皮肉でこちらの視線を茶化す。

 正直、悔しさから凝視してしまった感は否めず、気恥ずかしさで後頭部をかくと、短く刈り上げた髪がジャリっと音を立てる。


「普段は針金の配線コードみたいな髪なのに、汗でしなしなになってるじゃねーか。茹ですぎだろ?」

「調整をやり直す。最後まで付き合え」

「延長料金は頂くけどな。サビ残は嫌いだし?」


 そう言って付き合うソルティの照れ隠しを聞き流す。

 愛機(ランツ)をハーネスに吊るした後、機体の熱が冷めるまで暫しの休憩だ。

 常設してあったタオルで髪を乾かし、水分を補給する。

 ガレージの雑多な配線の中を、弾む足取りで近づいてきたソルティが憎まれ口を叩いた。


「お、ナック。拭き終えたら乾燥ワカメくらいになったじゃん」

「お前はいちいち小バカにしないと呼吸出来ない病気にでも罹っているのか?」

「あ? いつまでもイジけて冷めた目をしてるからだ! 昔のお前はランツみたく輝いてただろ?」


 少し独り言風に答えたソルティは機体(ランツ)の方を見上げ、古びた天窓から差し込む陽射しを受けて輝く、銀色の機体に目を細めている。その面差しは昔を懐かしんでいるようにも見えた。


「昔のことだ。早く忘れろ」


 短く返して立ち上がり、ガレージの外へ足を向けると、ソルティも鼻歌交じりについてくる。

 ハーネス脇のキャットウォークを歩き、二人してガレージの非常階段口に出た。

 穏やかな風が全身を撫でる。ガレージ内では汗と油の空気が充満していたが、外は演習フィールドから流れてくる芝生の香りがとても心地よい。

 モービルギアで飛べばすぐそこの赤サークルを眺め、先程の戦闘の反省点を見つめ直していた。

 演習フィールドには複数のカラーサークルがあり、中でも赤は最も点数が高い。そこに撃墜した敵機を落とすと、撃墜の加点と合わせて4点が入る。1つの機体に対し、競技における最高得点が4点であり、スラングにもなっている。


「さっきからニヤついてるその顔をやめろ」

「いやぁ、ナックが珍しく(・・・)悔しそうにしてるから楽しくってな!」


 どうやらニヤついた顔を改める気は無いらしい。それを横目に握力を取り戻すべく暫く拳の開け閉めをした後、ガレージへと足を戻した。


─────────────────────


「なぁ、俺は割り切りも大事だと思うぞ?」


 しつこいくらいにソルティが話しかけてくるが、放置して調整を続けていた。


「いっそショルダー型のパワースラスターにするか?」

「そら悪手だろ。重心バランス崩すだけでなく格闘性能も下がるし。やるならレッグホルスター型にしとけ」


 迷いから出る独り言にも噛みついてくるので、少々苛立ちも感じていた。

 調整の手を止め、少し振り返るとニヤついたソルティの顔が視界に入る。楽し気な翡翠色の瞳からはまるで「終わったか?」と、問われている気分だ。

 急かされているのが不快に思え、この際とばかりに苦言を伝える。


「お前みたいな考え無しが突っ込むから、こっちはチェイサーの立ち回りも考えなきゃならん」

「あ? 誰もケツ拭いてくれなんて頼んでねーぞ?」


 ソルティの強がりには無視を決め込み、FA(フロントアタッカー)MC(ミドルチェイサー)の中間の調整を続けていく。

 連携を考えるとどうしても小回りを削れないが、猪突猛進なFA(フロントアタッカー)を捌けないのなら意味がない。

 ソルティの言う通り、格闘性能を下げてしまうのは悪手だろう。

 そう思考を進めて調整を続けていたら、やたらと暑苦しい声がガレージ内に響き始めた。


「よぅ、ナックにソルティ。いつも磁石みたいに引っ付いてんなお前ら」

「そーなんだよ。ナックは俺が恋しいみたいで離してくれなくてさぁ~」

「うるさいのが増えたな」


 作業に戻ろうにも騒がしくて集中できず、溜め息交じりに二人を見やる。半ば呆れつつやり取りを眺めていたが、凸凹な身長差が視界に入ることで閃きを得た。


「お、なんか閃いたか? 調整に迷いが無くなったぞ? 思春期卒業か?」

「調整が終わったら俺んとこのチームと模擬戦やろうぜ! 俺らも新装備を試したくてウズウズしてんだわ!」

「いいな! やろうぜアカト! なぁナック?」


 勝手に決めるなという言葉をどうにか喉元で止め、提案内容を吟味する。

 少し格上のアカトのチームとの模擬戦で、今のチームの状態を確認しておくのは悪くない案だ。見知っている相手だからこそ、手の内を晒してもそこまで痛くは無いし、まだ若いチームメンバーたちにも良い経験になる。


「……いいだろう。明朝でどうだ?」

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