第1章:裏切りの序章
6月まで毎日連載の予定。
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その日、私は人生のすべてを失った。
金糸のシャンデリアが輝く大広間、貴族たちのざわめきの中、王太子セドリック殿下の冷たい声が響いた。
「リリアナ・エルンスト。貴様との婚約は、ここに破棄する」
その言葉はまるで氷の刃だった。私の心を、容赦なく貫いた。
貴族の令嬢として生まれ、慎ましくも誇り高く育てられた私は、殿下の婚約者としての務めを果たしてきた。礼儀、教養、魔術の素養。すべてを磨き、殿下の隣に相応しい存在であろうと努力してきたのに。
「理由をお聞かせくださいませ、殿下」
震える声で尋ねた私に、殿下は一瞥もくれず、横に立つ一人の少女へと目を向けた。
「……私には、エレナがいる。彼女こそが、真の妃に相応しい」
エレナ。平民出の魔術師。王宮で私の補佐として雇われたはずの彼女が、今は殿下の腕に絡みついて、私を見下ろしていた。
「あなたの魔力は古く、時代遅れだもの。これからの王国に必要なのは、革新よ」
その言葉に、周囲の貴族たちが小さく笑う。父と母さえも、私から視線を逸らした。
心が崩れていく音がした。
その場から逃げ出した私は、馬車にも乗せてもらえず、雨の降る王都の石畳を一人歩いた。靴は泥に沈み、ドレスは濡れて重くなる。だけど、それでも立ち止まることはできなかった。
私は、すべてを失った。婚約も、家族も、誇りさえも。
――けれど、その夜。
倒れ込んだ古い教会の廃墟で、私は夢を見た。血塗られた大地、黒き翼の影。胸の奥に眠っていた何かが、目を覚ました。
「……お前の名は、リリアナ。復讐を望むか?」
誰かが囁いた。低く、深く、私の魂に染み込む声だった。
私は答えた。「はい」
その瞬間、私の体に奔流のような力が流れ込む。炎のような魔力が、指先から溢れた。
そのとき、私は知ったのだ。
私の中には、代々封じられてきた“魔女の血”が流れていたことを。
裏切りの痛みが、魔女としての力を呼び覚ましたのだ。
私はもう、ただの令嬢ではない。
――私は、復讐の魔女リリアナ。
その名に誓って、すべてを取り戻してみせる。