第三章 ぱみゅ子、真実に近づく
おじいちゃんの暴走により、商店街のイベント会場は一時騒然としたが、なんとか落ち着きを取り戻していた。とはいえ、「金のたい焼き失踪事件」は未解決のまま。会場の空気には、もやもやとした緊張感が漂っていた。
そんな中、杏子は事件の真相に近づきつつあった。
(不動会長の様子……明らかにおかしい)
彼は、そわそわと周囲を気にしながら会場をうろついている。時折、ステージのガラスケースをチラッと見ては、何かを確かめるように視線を落とす。その動きは、犯人というより「何かを隠している人間」のそれだった。
「おじいちゃん、ちょっとあの会長さんを見て」
杏子が小声で言うと、おじいちゃんは「ああ、なるほどのぉ」と腕を組んだ。
「よし、わかった! わしにまかせろ!」
そう言った次の瞬間、おじいちゃんは再びステージに駆け上がろうとする。
「ちょっと待って。 なんでまた行こうとするのよっ」
「名探偵たるもの、常に大胆でなければならんっ」
「今はそのタイミングじゃないでしょっ」
杏子はおじいちゃんの腕を引っ張り、無理やりその場に引き戻した。
「いいから、ちゃんと話を聞いて! わたしが気になるのは、不動会長が何かを隠してるんじゃないかってこと」
「ふむ……つまり、真犯人は不動会長……!」
おじいちゃんが顎に手を当て、にやりと笑う。
「ええい、今すぐ会長を問い詰めるぞ!」
「ちょっと待ってって」
杏子はおじいちゃんを止めるために、両手を広げて立ちふさがった。
「まだ決めつけるのは早いの! もしかしたら、誰かをかばってるかもしれないんだからっ」
「むむっ、確かに……」
おじいちゃんは神妙な顔になり、腕を組んだ。そして、ポケットからたい焼きを取り出してもぐもぐと食べる。
「おじいちゃん、いったい何個買ったのよっ。」
「名探偵には甘いものが必要なのじゃ。頭を働かせるのは糖分じゃっ」
「帰ったら、おばあちゃんに言いつけるからっ」
杏子が叫ぶと、おじいちゃんは「ふむ、確かに食べ過ぎかもしれんのぉ」と呟きながら、たい焼きの半分を杏子に差し出した。
「いや、わたしは要らないからっ」
「まあまあ、食べると落ち着くぞ?」
「おじいちゃん、全然落ち着いてないよっ」
杏子は深くため息をつき、改めて冷静に考えを巡らせる。
(まず、金のたい焼きがなくなった時の状況を整理しよう)
・ガラスケースには鍵がかかっていた。
・ケースが壊された形跡はない。
・警備員も誰も不審な動きを見ていない。
・しかし、気づいたら中身が空っぽになっていた。
(つまり……鍵を開けられる人物がいた可能性が高い)
「ねえ、おじいちゃん。金のたい焼きって、重さはどのくらいあるの?」
「ふむ、純金製だからな。大きさにもよるが、少なくとも1.5キロはあるじゃろう」
「1.5キロか……それを誰にも気づかれずに持ち去るのは、かなり難しいはずよね」
「うむ。だが、だからこそ名探偵の出番なのじゃっ」
おじいちゃんは再び指を突き出し、「つまり――」と叫ぼうとするが、杏子が素早く手で口を塞いだ。
「だから、まだ決めつけるのは早いってばっ」
「むむっ……」
「とりあえず、証拠を探さなきゃ。金のたい焼きを持ち去った痕跡がどこかにあるはず」
そう言いながら、杏子は周囲を慎重に観察する。そして――ふと、地面に奇妙な跡が残っているのを見つけた。
「……これって」
ステージの端から、何かが引きずられたような細い線が残っている。その先に視線を向けると、不動会長の立っている場所と一致していた。
杏子は確信を得た。
(やっぱり、不動会長が何か知ってる)
「おじいちゃん、わたし、ちょっと会長さんに話を聞いてくる」
「むむっ それならワシも行くぞっ」
「おじいちゃんは黙って見ててよっ」
「むぅぅ……!」
おじいちゃんは不満そうな顔をしながらも、しぶしぶ頷いた。杏子は会長のもとへと歩み寄る。
「不動会長、少しお話をいいですか?」
声をかけると、会長は「ん?」と小さく反応したが、その顔には焦りがにじんでいた。
「さっきから、何かを気にしているように見えるんですが……何か隠してませんか?」
その言葉に、会長はビクリと肩を震わせた。そして、視線をそらしながら言う。
「……そ、そんなことはないよ。ただ、イベントが台無しにならないか心配でね」
「それにしては、ずいぶん落ち着きがないように見えます」
杏子はじっと会長の目を見つめた。沈黙が落ちる。会長はしばらく視線を泳がせた後、ため息をついた。
「……まいった。実は――」
会長が何かを言おうとした、その瞬間だった。
「待てぇぇぇぇぇい!!!」
突然、おじいちゃんがものすごい勢いで割り込んできた。
「ななななな、なに?」
杏子の戸惑いが響き渡る。
「名探偵おじいちゃんが事件の幕を引くのじゃ!」
おじいちゃんはどこからともなく虫眼鏡を取り出し、会長にぐいっと近づけた。
「おじいちゃんのポケットはどうなってるのよっ」
「お主、何か隠しておるな!! さあ、観念するのじゃ!!!」
「おじいちゃん、本当にちょっと待って!!!」
杏子が必死に制止するも、おじいちゃんは「ふっふっふ……」と意味ありげな笑みを浮かべ、会長の顔をじっと見つめる。
その迫力に押されたのか、会長はとうとう観念したように、深いため息をついた。
「……もう隠しきれんな」
会場の人々が息をのむ。杏子もおじいちゃんも、会長の次の言葉を待った。
「実は……金のたい焼きは……」
ついに、事件の真相が明かされる――!