第一章 事件発生!消えた金のたい焼き
弓道部編のスピンオフです。
商店街のアーケードには、焼きたてのたい焼きの香ばしい匂いが漂っていた。五月の風がのぼり旗を揺らし、賑やかな屋台の前には長蛇の列ができている。
「今年こそ優勝じゃな、ぱみゅ子!」
大きな声で言いながら、おじいちゃんは杏子の肩をバシッと叩いた。杏子は肩をさすりながら、「痛いってば、おじいちゃん」と苦笑した。
ここは光田商店街。年に一度開催される「金のたい焼き争奪戦」の会場だ。
優勝者には、純金で作られた特製の「金のたい焼き」が贈られる。地元の職人が精巧に仕上げた一品で、その輝きは本物のたい焼き以上。といっても食べられるわけではないが、商店街のシンボル的存在であり、これを手にすることはこの町の名誉だった。
「ぱみゅ子、おじいちゃんは子供の頃から100年続けて出場しておるが、未だに一度も勝てんのじゃ。だから今年こそ頼むぞ!」
「その理屈はおかしいよ、おじいちゃん。おじいちゃんまだ60代だよね?
そもそも、私が戦うんじゃなくて、おじいちゃんがたい焼き早食いするんだよね?」
「ふっふっふ……甘いのぉ、ぱみゅ子は。確かに早食いはわしの役目じゃが、応援というのは戦場における士気の源!おぬしの応援次第で、わしの胃袋の回転速度も変わるのじゃ!」
おじいちゃんは偉そうに踏ん反り返り、腕を組み、胸を張る。しかし杏子は、「そういう問題じゃないよ」と内心ツッコミながら、結局何も言わずにため息をついた。
商店街の中央には、イベント用の特設ステージが設置されている。テーブルの上には金のたい焼きを納めたガラスケースが誇らしげに鎮座し、観客たちがその輝きを一目見ようと群がっていた。
「いやあ、今年もいい出来ですねぇ!」
商店街の会長である不動さんが、満面の笑みで手をこすりながら叫んだ。「これを見るだけでも商店街に活気が出ますなぁ!」と続ける。
しかし、その直後だった。
不動会長の顔が、みるみる青ざめていく。彼の視線の先にあるガラスケースが、何かおかしい。
「な……ない……!?」
次の瞬間、会場全体にどよめきが広がった。
「金のたい焼きが消えた――!?」
誰かが叫んだ。それを合図に、会場は一気にパニックに陥る。見物客たちは口々に騒ぎ、屋台の店主たちも店を飛び出して状況を確認する。
おじいちゃんは目を丸くして、「な、なんじゃと!」と仰天した。
ガラスケースの中は、からっぽだった。ほんの数分前まで、確かにそこにあった金のたい焼きが、まるで魔法のように忽然と姿を消していたのだ。
「おぬし、何か見なかったか?」
おじいちゃんは近くにいた少年に尋ねた。少年は震えながら首を横に振る。「僕、ずっと見てたけど……急に、なくなってた……」
周囲を見回すが、怪しい人物の姿は見当たらない。会場の警備担当も、異変にはまるで気づいていなかったようで、オロオロと困惑している。
「誰かが持ち去ったってこと?」
杏子は静かに推理を巡らせる。ガラスケースは鍵がかかっていたはず。無理やり壊した形跡はない。ならば、鍵を開けた誰かが持ち出したのか? でも、そんな大胆な犯行が、こんな人混みの中で気づかれずに行えるだろうか?
「これは……事件じゃなっ」
おじいちゃんが拳を握り、ドン! と地面を踏み鳴らした。
杏子は「いや、それは見たら分かるんだけど……」と呆れながら,呟くも、おじいちゃんのこの調子を見て、少し嫌な予感がした。
「ワシの推理によると――犯人は、あの帽子をかぶった男に違いないっ」
おじいちゃんが突然、遠くの通行人を指差した。通行人は「えっ、俺のこと?」と困惑し、周囲からもクスクスと笑い声が漏れる。
「……おじいちゃん、ちょっとお。恥ずかしいから、少し黙っててよお?」
「むっ!? わしの名推理を遮るとは!」
杏子はおじいちゃんの腕をぐっと引いて、「もう少し落ち着こうよ」と諭す。しかし、おじいちゃんの瞳はキラキラと輝いていた。
「これは名探偵おじいちゃんの出番じゃ!」
「やめて。大人しくしてようよ~」
しかし、おじいちゃんはすでに探偵気取りで、謎の決めポーズをとっている。杏子はため息をつきながら、「また始まった・・・。どうなることやら……」と頭を抱えた。
こうして、「金のたい焼き失踪事件」が幕を開けた――。