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牛乳戦争  作者: 玄之智淳
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牛乳戦争(二)

 浮島群島完全潜航の決定は、共感駆動乗騎学校では、午後の授業の終了と同時に全校に通知された。


 潜航開始予定時刻は当日二三〇〇に設定され、夕食後の自習時間に全校をあげて潜航前点検を行うという命令も出された。他の島や艦艇へ移動しなければならない場合は夕食時間終了までに済ませることとされた。


 ありとあらゆる島と艦艇の内外で、人が忙しく動き始めた。




「そういうわけだから、少なくとも今後三日間は、島同士の物資のやりとりもないと考えてよさそうね」


 汎用艦型二級騎手候補生シーラ・リーは、例によって淡々と言った。


「はぁ」


 汎用兵型一級騎手候補生シヴァは、例によって要領を得ない顔で答えた。


 二級騎手候補生といっても、シーラは入学年次でいえばシヴァたちより二年先輩にあたる。艦型の騎手候補生課程は、同じかより広い稼働環境の車型か兵型か艇型の一級騎手免許を持つ者でなければ入れないからだ。シーラの(うわぎ)の左胸には、二級騎手候補生の黒色直角三角形の上に、取得済みの一級騎手免許を表す徽章がついている。


「食品類だと、野菜や穀物は畑でとれるし、肉や魚は培養できるし、備蓄もできてる。不足が目立つのはそれ以外、つまり、機内生産が困難かつ優先度の低い食品ね。どこも似たような状況だから、島同士融通できたとしても、大して変わらないでしょうね」


「はぁ」


 シヴァは相変わらず話の要点がつかめないまま答えた。


 しかし、目下のところ最大の疑問は、この共感駆動乗騎学校全校をあげての潜航前点検の時間に、女子寮に所属するシーラが、なぜ男子寮のこの部屋にいて、こんな話をしているのかということだ。


 潜航前点検で最大の責任を担うのは、言うまでもなく、整備科の職員である調整士たちだ。広大にして精密な浮島や艦艇の、無数とすら形容しうる点検項目を、ずっと以前から決まっている各自の分担に従って確認して回る。めったに潜航を行わない浮島と、頻繁に潜航を行う艦艇、どちらの場合も決しておろそかにできない作業だ。


 機内環境科の職員たちも重要な役割を担っている。物資の状態や過不足を確認し、農場の動植物を潜航時の定位置に収容して、海面下という特殊な環境に耐えられる状態にしなければならない。


 調整士候補生や機内環境科生徒も、それぞれの教官の指導のもと、実技訓練を兼ねて作業にあたっている。


 実のところ、整備科と機内環境科の総掛かりでも手が回りきるとはいえない。そこで、生徒が普段生活している寮の居室の潜航前点検は、その部屋の生活班に所属する操縦科の騎手候補生の担当とされていた。他の作業をやらせるわけにはいかないから……と言ってしまうと身も蓋もないが、事実ではある。


 シーラも古参生徒として、自身の所属する女子寮の生活班で、責任ある立場にいるはずなのだ。それが点検作業を放り出して男子寮に来ているとすれば、咎めを受けても仕方がない。


「あの、先輩。女子寮のほうは大丈夫なんすか」


 まさしくその問題について口を挟んだのは、シーラにとっては部活動の後輩、シヴァとは同期で同室、ということは同じ生活班でもある、汎用兵型一級騎手候補生のアルフだった。もっとも、この部屋は、同期で同課程で教育班も同じ一級騎手候補生ばかり四名も押し込められているという、なかなか特殊な状況ではある。


「点検ならもう完了した」


「えっ、マジっすか」


 目をみはったアルフにはそれ以上構わず、シーラはシヴァをまっすぐに見た。


「それで、大丈夫なの?」


「はぁ」


 シヴァは目をしばたたいて答えた。大丈夫なのかと問われても、何のことだかさっぱりわからないのだから、他に答えようがない。


 どうやらシーラは今日の午後、いよいよ浮島群島全体に潜航命令が出そうだと察するやいなや、ただちに外出許可を申請し、隣の西本島で軍の司令官を務める父ブライアン・リー少将に会って、夕食をともにしてきたらしい。共感駆動乗騎学校の中では貴重な、群島の西半分の現状をその目と耳で見聞してきた人物ということになる。本人の話によれば、東半分とさほど変わらないようではあるが。


 しかし、何のためにそこまでする必要があったのだろう。家族同士ほぼ完全に行き来を禁止される前に会っておきたいという気持ちはわからなくもないが、それを言うなら過去数日間、いや、それ以上前から同じような状況ではあった。むしろ、お互い何日か海に潜る程度のことで事前に対面しておきたがるなど、司令官とその娘にしては覚悟が足りないとか公私混同だとか職権濫用だとかの非難が湧き起こるのではあるまいか。……と、アルフなどは考えたのだが。


「あなたの食べ物、いえ、飲み物や食べ物は不足してない?」


「はぁ」


 シヴァは困惑の度を深めた。


 共感駆動乗騎学校の生徒は、原則として、本島の生徒食堂で一日三度の食事をとる。離れた場所での作業で生徒食堂に行く余裕がない時は携行食が提供され、別の島や艦艇にいる時はそこで食事が出される。食事の質は時と場合と個人の好みによってさまざまな評価があるが、量はだいたい潤沢だ。不足を感じることはまずない。


 さらにシヴァの場合は、ほんの何ヶ月か前までは人並みに食べていたのだが、別に体内でエネルギーを生み出す手段を獲得したことで、食事の必要量が極端に減った。一日一食でもかまわないほどだ。一応、毎度の食事時間には生徒食堂に顔を出していて、それで余った分の食事はといえば、人一倍腹っ減らしのアルフとか、あるいはやはり同じ教育班と生活班で今もこの部屋で会話を聞いている一教とかガッツとかの腹に入っている。本人も含めて誰一人文句を言わないので、問題にならずに済んでしまっている。


 シーラもそのことは承知しているはずなのだが。


「給食はもちろん十分でしょう。でも、あなたが個人的に必要な飲み物や食べ物は?」


「せやけど、飴やったら、まだたんと持ってますし」


 シヴァは勉強机の引き出しを開けて、ぞろぞろとつながった濃赤色の包装の飴玉を引っ張り出してみせた。


「他には? 本当に足りないものはない?」


 シヴァは黙り込んで考えた。考えて……気がついた。


 シヴァは部屋の隅に設置してある共用冷蔵庫に飛びつき、扉を開けて中を一目見るなり反転して閉め、部屋を飛び出した。


「おっ、おい!」


 一瞬呆気にとられたアルフたちが、ばらばらと部屋の出入口に取り付いて外を見たが、シヴァは走ってはいけないはずの廊下を、走るに等しい速度で生徒たちの間をすり抜けて遠ざかっていく。


 やむなくアルフたちもその後を追った。


 シヴァが向かった先は、男子寮と同じ本島右船体前部にある購買部だった。軍隊ならば酒保と呼ばれる、生徒や教職員の生活に必要な、被服、教材、食品、日用雑貨などを販売する施設だ。当然ながら、アルフたちも日常的にお世話になっている。


 購買部の中にも、あちこちに点検中の担当者らしき人々がいて、利用者の姿はまばらだったが、営業は続いていた。


 アルフたちが追いついた時には、シヴァは食品売場にいた。より正確に言うなら、乳製品の棚にほとんどかじりつくようにして凝視していた。


 その背後へ行ったアルフたちも見た。


 棚の、牛乳があるべき場所が、完全に空っぽになっていた。

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