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Thanks 20th参加作品

最初の一歩

作者: 地野千塩

 私なんか。


 ついつい思ってしまう。周りはみんなキラキラして見える。部活、恋愛、勉強、趣味などに頑張っている。いわゆる青春ってやつ。今は中学二年生の私は、青春時代といっても良いだろうが、何もかもパッとしない。青い春というより薄いグレーという感じ。


 趣味は異世界もののライトノベルを読む事だったが、最近成績が落ちてきたので母に書籍購入を自制するように注意されていた。


 来年は受験なのに成績は平均点ばかり。英語と数学に至っては赤点ギリギリ。皆勤賞ぐらいしか取り柄はなかったのに、先月は風邪で一日休んでしまった。


 部活は文芸部。一応異世界転移もののライトノベルを書いてみたが、なんだか既存の人気設定の寄せ集めというか、テンプレというか、大喜利みたい。せっかく書いたのに自信がない。私なんか。そう思ってしまい、先輩や部活の仲間にも見せられない状況だった。もちろんどこかへ投稿なんて出来ない。


 そして恋愛は……。


 一応、文芸部の先輩・田城幹哉に一方的に片思い中。先輩は本格ファンタジーの書き手でいろんな出版社にも送っているらしい。テンプレみたいな異世界ものしか書けない自分と違うと思い、勝手に卑屈になり、恋愛方面も拗らせていた。それに先輩は色白、ふわふわ栗毛で、眼鏡もよく似合う。文学青年系イケメンで隠れファンも多い。


 私なんか。


 こんな自分が先輩に声をかけたりしても良いかも謎。


「はあ……」


 私は文芸部の部室の窓から外を見る。市街の中心部を流れる小さな川に桜並木。今は秋なので桜の木も寂しい枝ばかり。


 部室も部活棟の一番端にある部屋で少し寒い。元々旧校舎を改装した部活棟なので、雨漏りもひどく、風の音もうるさいほど聞こえる。もっとも昔先生たちが使っていた給湯室は今でも使えるのは便利だが。


 今は朝。


 他の部活は朝練をやっているようで校庭や体育館から声や笛の音が響く。


 一方、文芸部は朝早くきているものは、私だけ一人でネタ帳を開き、作品のアイデアを練っていた。


「はあ、私なんてダメかも」


 新しいネタは浮かばい。愚痴しか出てこない。そもそも書き上げたとしても、どうだっていうんだ。いつもにようにスマートフォンのデータとして眠るだけ。私は書いた作品にも自信がなく、誰にも見せていない。


 私なんか。私なんか。


 そんな言葉が鎖のように心に巻き付く。周りはみんなキラキラしているから、余計に自信が持てない。例えどこかに出しても予選通過すらしない。テンプレだって笑われる。他の作家の方が良いって比較される。とても人に見せられず、部活ではみんなが書いた作品に感想しか言えないものだった。


「おはよー? あれ、萩谷、来てたんだ」


 そこに思いもよらない人物が来た。田城先輩だ。


 私は慌ててネタ帳をカバンの中につっこむ。こんなものは決して見せられない。


「おはよう」

「何やってるの?」

「いや、新作でも考えようと思って……」


 沈黙。


 一方先輩は、ポメラを出し、作品を書き始めてしまった。かなり早くキーボードを叩いていた。その目も真剣。


 思わず先輩の目を見てしまう。私なんかと違って作品に真剣なのが伝わる。単なるイケメンでは無い事も伝わる。余計に下を向きたくなる。自分はこの人の隣にいる権利などない。恥ずかしい。釣り合ったりもしない。心の鎖にさらに強く縛られていた。


「ところで、萩谷は作品書いたりしない? 今はネットで色々コンテストもやってるよ」

「え……」


 作業がひと段落ついた先輩は、何故か話しかけてきた。先輩は指にタコができていた。おそらく勉強と執筆活動でつけたものだろう。顔は繊細な先輩だが、指は骨っぽくて強そう。


「ネットならなろうが良いよ」

「そうなの、でも……」


 どうせ私なんか。思わず口から出そうになる。


「笑われそう。他の作品と比較されそう」


 そう言う私は、泣きそうになっていた。


「そんな事ないよ。人が一生懸命書いた作品を笑うやつがいるかよ。ちゃんと作品に向き合っている作家は、人の作品を誰かと比較したり、下げる事なんて絶対しない。リスペクトする」

「そ、そう?」

「そうだよ。少なくとも俺は他人の書いたものは、全部尊敬するよ。だって自分で書いているとわかるんだよ。新しく生み出すのがどれだけ苦しい事かって。その点だけは好みやクオリティとは関係なく認める事でしょ」


 そう語る先輩の目も少し泣きそうだ。私の気のせいだろうか。


「なろうって今年で二十周年。本当に作家同士でリスペクトできない場所だったら、そんな長く続かないと思うよ」

「そうかな……」

「初投稿やってみたらいいじゃんか」


 ここでようやく先輩は笑顔を見せた。その笑顔は無邪気で、子供みたい。


 その日、家に帰った私は、小説家になろうに投稿してみる事にした。


 編集作業をし、投稿する予約時間を設定する。


 私なんて。私なんて。


 再び心は縛られそうになるが、どうにか編集作業を終え、投稿時間がやってきた。心臓はドキドキ。手も震えてくるが、こんな自分でも先輩は絶対に笑ったりしないだろう。少しだけ。ほんの少しだけでいいから、勇気を出そう。そう自分に言い聞かせていた。


「あ、本当に投稿されてる……」


 すぐ反応があったわけでは無いが、見てくれる人もいるようだった。評価もつけてもらった。決して高評価ではない。ポイントも一桁だったが、誰も自分の作品をバカにしたり、比較される事もなかった。


「初投稿、頑張ったじゃん。おつかれ!」


 先輩からSNS経由でメッセージもきた。安堵、悔しさ、楽しさ、喜び。色んな感情が一気に押し寄せた。


 これでも一歩だけ踏み出せた。私なんか。そんな心の鎖も、今は少し緩くなっている。怖くもあったけれど、勇気を出して一歩踏み出せて良かった。


 先輩は絶対自分の作品を笑ったりはしない。その安心感に支えられていたと思う。


 こんな気持ち、ただの片思いにしたくなくない。恋だって勇気を持って一歩踏み出そう。案外大丈夫そう。私なんかでも、きっと大丈夫。


「先輩! おはようございます!」


 次の日、私は笑顔で先輩に話しかけていた。少し勇気はいったけど、最初の一歩は大成功だ。


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