月下の古要害 4
夜も更けると、長国は床に就いた。
宿の外はひっそりとして、物音ひとつしない。
長国の隣には衣一枚だけを身に纏った玉菊が伏している。
「明日から本格的に長秀様は、守護としてのお役目に就くこととなる。いつ国人どもが手向かってくるやもわからぬ。常に周囲に目を光らせておらねばの」
そう言いつつ長国は言葉とは裏腹に玉菊を抱き寄せた。
「いつ、いかなる時も玉菊は長国様のお味方にございます」
玉菊は艶めかしい声で静かに長国の耳元でそう囁くと、彼に身を預けた。
長国はその白くて柔らかい体をしばらくのあいだ楽しんでいた。
しかし急にその手を止めると、顔をうずめ何か恐ろしいものに怯えるかのように震え出した。
「怖い……。わしは、戦が怖いのじゃ……」
長国はそう言うと縋りつくように玉菊を強く抱きしめた。
玉菊は少し戸惑ったように目を丸くしていたが、ゆっくりと両手を長国の背に回し、優しく包み込んだ。
「私がついております。身はそば近くにおらずとも、必ず私がついております」
「長秀様がこの地をしかとお治めしたのを見届けた暁には、どこか……、どこか二人で戦のない遠くの地で共に暮らそう」
長国は、黒曜石のように輝く玉菊の瞳を覗き込みながら言った。
「ええ。どこへでもお供いたします」
玉菊はこの大きな図体の男が何かに怯えているのをはじめてみた。
「きっとじゃ」
「ええ、きっと」
二人は暗闇の中で一晩中囁きあった。
外では二人の声をかき消すかのように鈴虫が鳴きだしていた。