月下の古要害
1399年(応永六)十二月、幕府に反乱を起こした大内義弘、堺にて討ち死にする(応永の乱)。1400年(応永七)十月、信濃有力国人衆、守護小笠原長秀を信濃から追い出す(大塔合戦)。
太陽が稜線の向こうへと沈み、藍と茜の境界線の世界が川中島一帯を埋め尽くし始めている。
秋風が吹き渡る御幣川の畔を、黒染めの衣に身を包んだ二人の女がさまよい歩いていた。
遠くから、肉が焼ける焦げ臭い匂いと共に念仏を唱える声が聞こえてくる。
畔には矢の刺さった杭や指物と一緒に、人の屍が散乱していた。
一人の女がひとつの遺体の傍に屈むと、その顔を覗き込んだ。
しかし、探していたものとは違ったのか、その女は合掌するとすぐに立ち上がり、また別の死体へと歩いて行った。
「僧侶様、お尋ねいたします。頬に一文字の傷があるものを見かけませんでしたか」
蓑が被せられた荷車を引く、近くを通りかかった僧侶を別のもう一人の女が引き留めた。
「いや、見なんだな。始末をしているのは私ひとりではない故……」
彼はそう言うと女に一礼し、念仏が聞こえてくる方角へとゆっくり立ち去って行った。
「玉菊様、こちらのお方ではないかしら」
死体のそばに屈みこんでいた女は、玉菊と呼んだ女性のいる方を振り返りながら言った。
玉菊は一瞬凍り付いたように体の動きを止めたが、意を決すると隣まで歩み寄った。
仰向けに横たわる男の見開いた目や鼻、口には小さな米粒のような蛆が体液を貪りながら蠢いていた。
腐敗臭が鼻につくのも気に留めず、玉菊は男の頬に例の傷があるのを見て確かめた。
「長国様……」
玉菊は、男が固く握りしめたままだった太刀を脇へ置くと、虫を払いのけ瞼を閉じてやった。
「戦のない地へと旅立たれたのですね」
それまで無表情だった玉菊は、そう呟いた途端に流れ出した涙をどうすることもできなかった。
のぼったばかりの満月がその涙に反射して一層輝いてみえた。