思いの発露
「どうしたのですかレイナさん?」
さっきまで子供の様にはしゃいでいた彼女が突然静かになる。それも桜満開の笑顔が無表情へ一気に様変わりと来た。これで質問しない方が無理だと言う物だ。
「あ、その……」
レイナ……まどかも誤魔化せないと気づいている。
とはいえ正直に言うのもあれだ。ゲームが大好きであろう師匠にゲームが嫌いで喧嘩別れしたと言う気にはなれなかった。
いつもは穏やかな彼をあそこまで怒らせるほど傷つけた言葉を伝える気にはなれなかった。
「実は一緒に働いていた人と喧嘩してしまって……」
でも、彼には話してもいいと不思議に思った。
「なるほど、そんな事が」
「はい。彼の好きな物だって分かってた筈なのに、自分はその時のイライラで我慢できず馬鹿にしてしまいました」
はぁーとため息をするレイナ。
彼女達はウリー坊達がいた場所から移動して始まりの丘へ座っていた。
流石に事実そのものを伝えるのは危ない。
ただ一緒に働いていた人がいてその人はゲームが好きだった。
頼りになる人だがゲームを悪く言って喧嘩してしまった。
生徒会の事や自分が学生という事を隠してレイナはそう師匠に話した。
時間はもう11時を過ぎて深夜に差し掛かろうとしている。
「それは確かに良くない事ですね。でも謝るおつもりなのでしょう?」
「ええ。あれは一方的に否定してしまった私が悪いんです」
レイナは自分の事を話し続けてからずっと顔を下げたままだった。真央を傷付ける様な事を言っておきながら、こんなに楽しんでいる私が嫌になりそうだった。
「私は親からゲームを禁止されてて……なんていうかゲームを楽しく話していた彼にイライラしていたのです」
ゲームはするな、ゲームは人生に必要ない。邪魔な物だと両親から教わって来たまどか。
まどかも最初はそう思って娯楽を捨てて生きてきた。
実際に親の言う事を守ったから、いろんな大会で活躍したり実績を残していた。
確かに親の言う事は間違いじゃなかったと、正しく生きているとまどかは思った。
でも学校に来ても皆んなはまどかの事を避けている。
分かっている、嫌悪感だとかそういう悪意で避けているわけじゃない。その逆で皆んなが私の事を尊敬する人だと思って距離を置いてしまう。
「羨ましかったんです。私は……」
それが彼女にとって堪らなく寂しかった。
私も皆んなと仲良く話したい。そんな当たり前の願望をレイナは持っていた。
なのに私が嫌っていたゲームの事を、みんながあんなに楽しく……
私には許されなかったゲームの事を楽しく話していた真央に、いつの間にか苛立ちが溜まっていた。
「とにかく私はこの事について謝罪します。結局これは私の八つ当たりです。そんな事で他人を傷つけるのは──」
「優しいのですねあなたは」
「……そんな事は、ありません」
消えそうな声でそう返すレイナ。
深刻そうに話す彼女だが、レオはそんな事は気にせずいつも通りに話を続ける。
「間違いを認めるならいいんですよ。私だって失敗ばかりするし誰だって失敗する。とにかく間違えたら謝って次へと繋げればいいんです」
「………………」
「レイナさん、顔を下げたままでは勿体ありません。一度、空でも見てみませんか」
そういえばずっと顔を下げたばっかりで、夜空を見ていなかったなとレイナは思った。
そういえば初めて彼と出会った時も夜空だったか。あの時は暗雲に染まっていたが、師匠によって満開の夜空が広がっていた様な……。
「──綺麗だ」
顔を上げたレイナは見惚れていた。
二人が初めて出会った時と同じ夜空に見惚れていた。
端から端まで透き通る様な光を放つ星ばかり。
見ているだけで宇宙の壮大さを感じ取れる大きな世界だった。
現実では全く関係ない筈の二人。
お互いに何をしているのか、本当の相手を知らない。
でもこの場で言える事は一つ。
ここにはゲームを心の底から楽しむ人達しかいない事だった。
「でしょう、ここは確かに空想です。でもモンスターと戦って楽しめる事だってできるし、こんな風に現実を忘れてボケッとする事もできる」
「……そうですね」
見惚れているレイナの横で一人の男が話している。
レイナが声に釣られて横を見たら、さっきの自分と同じ様に夜空を見上げる彼がいた。
彼も昔にこの圧倒的で幻想的な夜空を見て、見惚れたプレイヤーの一人だった。
「大丈夫ですよ。貴方が真面目で直向きに物事と向き合う人だというのは今日一日中付き合って、何となく分かりました。だから明日も問題ありませんよ」
レイナは不思議と心が軽くなった気がする。
そういえばここまで自分の事を話したのはあまり無かった気がすると、レイナは……まどかは皆んなの当たり前の日常が薄い事に気づいた。
真央はそれに、と話し続ける。
「ゲームは現実で疲れた心を癒す場所でもある……だから雑談でもしましょうか。その喧嘩してしまった彼とまた楽しく話せる様にね」
「……そうですね」
ゲームを始める前にあった愛用のない重りは何だったのか。
気が付けば彼女はこのゲームの魅力に飲み込まれていた。
そこからはどうでもいい事を話し合った。
最近話題になっている流行り話からどうでもいい雑学まで、後、レッドアイがロマンチストだったりさゆりが実はVtuberだったとかそう言った事を話していった。
最初はお互いの事の愚痴もあった。でも次第にそんな話は減っていって他愛の無い会話へと移っていく。
「ありがとうございました。師匠」
「いえいえレイナさん。こちらも楽しかったですよ」
時間はもう夜の12時を過ぎている。
お互い明日は用事があるからこれでお別れしようという雰囲気になった。
そして始まりの丘で別れようとして。
「実は僕も喧嘩別れしてしまったんですよ。上司とですが」
「え、師匠も?」
白神が自分の身に合った事を話すとレイナは分かりやすい様に驚く。本当に素直なんだなと真央は今日一日付き合って何度も思った。
「最初は僕は悪くないとか思ってたんですが、後から振り返ると違和感があったんですよね……なんて言うか少し苦しそうだったなって」
白神が思い出すのはあの企画書をとった時の会長の顔だった。嫌いな物でも見ている様だとあの時は思ったが、時間が経つにつれて少し恨んでいる様にも見えた。
もしかしたら勘違いかもしれない。でももうちょっと会長の事を知ろうと思えた。
「僕が今日付き合ったのはレベル上げの手伝いって言いましたよね? 実は少し違うんです」
「…………」
「今日町で話した時にどこか生きづらそうだなって思って。的外れだったらどうしようかと思ったのですが、貴方の助けになれた様で良かった」
「……ええ、師匠のおかげです」
そう、最初は会長とレイナが同じ様に見えたから少し付き合った。でも少しゲームの事で話し合えは彼女とは打ち解け合った。勿論ネット上だけの話だ。でもレイナと一緒にいた時間は楽しかった。
「上司はすごく頼りになる人なんですよ。ただ突進気味ばかりなのがアレですけど。それで今日レイナさんと話して思ったんです。一緒に働いて来たけど、ずっと仕事とかの話だけでこう言った話はしてないと」
「師匠は真面目なんですね」
「そうですか?」
「そうですよ」
そう話していると、何がおかしかったのかお互いに少し笑ってしまった。
だが不思議と嫌な感じはしなかった。
「師匠と一緒なら楽しそうですね」
「そうですね。私もレイナからはワクワク感を感じます。現実でも一緒なら楽しそうだ」
「なんですかそれ……ふふっ」
そうして二人ともログアウトの画面を開く。
「それでは……おやすみなさい」
「お疲れ様です」
お別れの言葉を言って二人は現実へと戻ったのだ。
あんな人が現実でも近くに居たらな……と叶わないだろう願いを密かに思いながら。
そして早速、次の日にそれはすでに叶っていたんだと二人とも分かった。
割と良くない形で。
「え、なんで」
「ま、まさか」
ログアウトした時はもう12時半を過ぎていた。
二人にとってそれは体験した事のない未知の時間領域と言っても間違っていなかったのだ。
だから寝坊した。
アニメの様にパンを噛みながら学校へとなりふり構わず走っていく二人。
そして街角で彼らは衝突した。
問題は朝はドタバタしていたからDCと連動していたスマホがそのままで、二人がぶつかった時も画面はDCのままだった事。
お互いにレオとレイナの情報が載ったままだった事。
「アンタが…し、レオなんて嘘よ!」
「お前が、あの素直なレイナだなんて信じねえ!」
こうして割と悲惨な出会いを二人はしたのだった。