修行
時間は戻ってレイナがヨルムンガンド戦に参加する事になってしまった時。
ドクロの住処にて──
「大丈夫ですか、みなさん」
夜の下の草原で一体の巨体が崩れ去った。
遥か上空から降り立ちながらもヨルムンガンドに一撃を喰らわせ、頼れる仲間からのサポートを受けて華麗に着地した若き貴族服を着た男。
その者が大蛇を前にして平然と立つ姿は強者の証だろう。
「すごい……あんな事が出来るのですね」
「まあDCは『貴方が思い浮かべた理想を表現できるっ!』ってのが売りだからね♫」
レイナは安堵した。
ゲーム上とは言え久々に緊迫した戦いができたと思う。
負けるギリギリの戦い。そこから仲間の乱入に逆転劇、親玉登場に一撃で敵を粉砕した剣士の登場。
映像美も相まって映画でも見ている様な高揚感だった。とは言えこの戦いも剣士の一撃で終わった事だし「まだだ」──え。
レッドアイが刀を仕舞わずにそう言う。
レイナ以外の二人もそれに頷く。
「初心者さんに教えてあげよう! 戦いはプレイヤー画面上に『Win!!』の表示がされていなければ終わってないのと同義なのだ! 例外もあるけど」
変なポーズで教えてくれる先輩プレイヤーは置いといて、確かに画面にWinの文字は表示されていない。
つまり──
「来ましたね」
レオがそう言うのと大蛇の咆哮が放たれたのは同時だった。
あの巨大がもう一度上がる。天まで届く塔の如き巨大が空を貫く。違いがあるとすれば美しかった星の様な瞳が、見るだけで怯え上がる様な真っ赤な色に染まっていた事だ。
「奴さん怒ってんなぁ。レオ! 念のため言っておくが初心者がヨルムンガンドの毒を受けちまった」
『HP 5/45』
HPの文字表記は赤色に染まりプレイヤーに危機感を煽ってくる。事実、後数分もすれば残りのHPも全て削り取られ、このクエストは失敗扱いになるだろう。
「解毒不可の代わりにダメージを受ける時間は遅かったな。確か──」
「40秒で1ダメージ♫」
ハープを奏でながらソアラが正確な時間を言った。
つまり6ダメージ受けたら失敗になるので、5ダメージまでがセーフだとして。
「後は約200秒、つまり3分程度……!」
「ついでにヨルムンガンドのHPは一万とバカ多いと来た」
あまりの無理難題にレイナは目を開いた。
今のレイナの筋力が20弱でそこに武器の攻撃力が加算されたとしても40弱。比較がレオだから威力はもっと高くなるだろうが、確かネットの情報だと高レベでも500ぐらいで頭打ちになると書いてあった。
もちろんヨルムンガンドの防御力も考えるべきだろう。ざっと考えても一度に通るダメージは100あればいい。それも毎秒与えたら倒せるかもしれない。
「失礼♫」
「うわっ!」
ドカンと爆発に似た様な音をしながら、自分が元いた場所が平原へと変わる。
「うお〜、良かったね。私の風魔法がなかったらクエスト終わってたよー」
単純な事だ。ヨルムンガンドが尻尾の薙ぎ払いをしてこうなっただけだ。魔法も何も乗せてない体の大きさだけを利用した通常攻撃。
それだけでこの破壊力。
尚且つこのスピード。
(見えなかった……敵が尻尾を振り始める瞬間も!)
気が付いたら尻尾が目の前に迫っていた。
ソアラがレイナを空まで持ってこなければポリゴンへ早変わりしていただろう。
同時にジャンプで普通に避けてる二人の男の凄さが際立つが。
「その上この尻尾捌きか、早いねぇー……で、どうだ?」
聞いているのは今までの情報の事だけではない。あの尻尾の攻撃を掻い潜って削り切れるかと侍は聞いているのだ。
もちろん、レオと呼ばれた男も分かっているだろう。
ただ──
「問題ありません」
平然と金獅子のレオはそう言った。
『HP 4/45』
「後は任せましたよ」
「チッ、分かったぜ。チャンピオンさんよ」
武器を持って歩き出すレオ。そこに壮大さはなく勇敢さもない。ただただ静けさだけだった。血の気が引くほど恐ろしいくらいに静か。
強大な敵に立ち向かう様じゃない。
寧ろ逆だ。強者と弱者の位置が真逆だ。
まるでそれは……
ヨルムンガンドも誰を最初に倒すべきか分かった様だ。
十六個ある赤い目は一人の男に狙いを定めている。
「ガァ!」
まずは一撃、尻尾を鞭の様に唸らせて標的を目の前の男一人に絞る。
薙ぎ払いの時よりも速く、鋭くなった一撃が男を襲う。
だが、
パリィン──とリアルらしくない弾く様な音が聞こえた。
「『ジャストガード』だな」
何が起きたか分からないレイナの為にレッドアイが説明する。
敵の攻撃が当たる瞬間に武器や盾をタイミングよく当てると起こる現象。難しいテクニックだが、それが出来ればダメージばゼロとなる。
『HP 3/45』
「オ"ォォォォォォ!!!?」
ヨルムンガンドは何度も叩きつける。攻撃の手を辞めたら強烈な一撃が来ると分かっているから連撃を放っている。
攻撃を辞めたら来るのは己の死。それを悟っているから、速度をわずかに調整したり当てる方向を変えて何度も攻撃をしている。
だが鳴り響くのはジャスガの音だけだった。
「ついでに上級スキルのダメージ反射も使ってるな」
それだけじゃない。
ヨルムンガンドは攻撃をしながら困惑していた。
なぜ己だけ傷が増えていくのだ?
攻撃をすればするほど尻尾が傷付いていく。こちらが攻撃しているのに相手は防戦している筈なのに、結果だけ見ればこちらだけが傷付いている。
奴は無傷で平然とした顔で攻撃をいなしてる。
「やるなあいつ。3フレームのクソ狭い時間を的確についてやがる」
レオが使っているスキル。それはMPを消費してジャスガした攻撃のダメージをそのまま相手に返すと言う効果。
ただ難易度調整の為に通常のジャスガより更に短い時間で攻撃を防がないといけない、弦人向けのスキルになっている。
「……すごい。これがDC」
「それとレオだね」
素人のレイナでも分かる。恐ろしい速さで敵のHPを削り切っている。
敵の尻尾の消耗を見るだけでも異常だと察せてしまうほどに。
(これなら……)
──これなら勝てる、そう思った矢先。
『HP 2/45』
パリィンと何かが割れる音。
その正体はレオが持っていた武器だった。
武器耐久。
それがヨルムンガンドの強烈な連撃に耐え切れずポリゴンへと散ってしまったのだ。
明らかに出来てしまった大きな隙。
レオはアイテムボックスから新しい武器を取り出そうとしているがもう遅い。
それより先に尻尾の攻撃が先に来る。
赤い目を持つ者が笑う。
口角が上がった化け物は、強者が見せてくれた隙をついてより強力な一撃を放つ。
『メテオ』
それは擬似的な再現。実際に隕石が落ちてくるわけではないが、魔力を集中させた尻尾から解き放たれる威力は本物のそれと遜色ない。
神話の生物が放つ最大の攻撃。
HP満タンのレベル100プレイヤーでも直撃したら死ぬ一撃必殺。
それが一人の男に放たれ──
「奥義……解放」
──男の前に立った鬼の如き侍が受けてたった。
「ハァッッーーーーーーー!!」
何度も響き渡ったジャストガードの音。
それが男の刀と大蛇の尻尾の間から響く。
刀を片手で上へと持ち、柳と呼ばれる構えで尻尾を受け流す。
刀からは鉄の粉が絶え間なく生まれ、鉄と鉄の鍔迫り合いの音が絶え間なく続いていく。
弾丸を斬る騒ぎではない。
隕石を刀一本で受け流すなんて、大雨の様に降ってくる落ち葉の中にクナイを投げて、一枚だけ抜き取る以上に馬鹿らしい話だ。
だが一人の男はそれを、
持ち前のゲームスキルと、
ロマンを求める魂で、
その偉業を成し遂げた。
だが彼の奥義はまだ始まってすらいない。
日本男児なら一度は憧れた刀の戦法。
『秘剣:二刀流』
そしてその秘技から放たれる技は
『懸待一致:絶!!!』
鉄を切った音が聞こえた。
あれだけ火花を散らせていたのに、あれだけ火花の音を響かせていたのに、絶死の一撃を放った瞬間に静寂は戻った。
「ハッ……強い奴は一人だけと思い込んだ。それがテメェの敗因だ」
それも束の間……鬼がそう言い放つと巨大な尻尾は大地を震わせる。落ちたのは胴体と分かれた巨大な隕石。
鬼は巨大な隕石を斬ったのだ。
「頼まれた仕事はやったぜ、レオ」
「!?」
ここでヨルムンガンドは大切な事を一つ見逃してしまった。
本来の敵は下にいる鬼ではなく、剣を持つ強者なのだと。
顔を右、左へ向けても何処にもいない。
「スキル発動」
その声でようやく探していた人間の場所が掴めた。
口から破壊光線を放とうとしながら顔を上げる。
そこには光り輝く剣を構えながらこちらに落ちてくる一人の剣士。
最初の時と同じ、綺麗な月を背景に黄金の光を手に携えて迫っていた。
「ガァァァァアアアアア!!!!」
ヨルムンガンドは迎撃するがもう遅い。
空を貫く光より脳天を捉えた大地を切り裂く光が速く届く。
『━━━━━!!!』
レオが何かを言い放った時、何処までも真っ直ぐで綺麗な閃光が、ヨルムンガンドの長い胴体を突き進んだ。
『HP 1/45』
〈Win!!〉
プレイヤー画面に赤文字でそう表記されたという事はこの戦いは終わりらしい。
早く手に入れた解毒剤でヨルムンガンドの毒を解かなければならないが、当の本人はそんな所では無かった。
大地を割る動く災害を天から降り注いだ雷によって塵へと帰り、画面いっぱいに広がる。
だが塵が消え去れば、暗雲が立ち込めた空を光で照らし宝石の様な輝きを取り戻した夜空が見えてくる。
それは幻想だった。
現実のものではない。だが、確かに彼女は感動したのだ。
(……すごい、私もこんな風にゲームしたい!)
その時だろう。ただの調査のつもりで行ったそれが……憧れへと変わったのは。
始まりの平原。
ポリゴンに変わる音がした。
それはレイナの前で実際したレオ……師匠が敵を切り裂いたからだ。
レベル差があるから勝つのは当然だが、レイナは別の所で驚きを隠せていなかった。
「レイナさん。ウーリ坊相手に見本を見せましたがどうでしたか? 私が言いたい事は理解できましたでしょうか」
「はい。師匠が言いたいのはプレイヤースキルという奴ですね」
「その通りです」
レオが倒した猪型のモンスターは低級レベルだ。
サイズは人の脚より小さいくらいだし、見た目は猪を可愛くした様な姿だから強さはあまり感じない。
ただ特徴として突進攻撃は早い。低級レベルにしてはだが、初心者が避けるには少し難しい敵だ。
「ウーリ坊が突進してきた時、師匠はバフやスキルを使用せずに避けました。普通に避けたら難しい攻撃も、攻撃の仕草やタイミングが分かればMP消費無しで避ける事が出来る」
「初心者としては充分すぎる答えですね」
拍手するレオにむふー、とドヤ顔をするレイナだった。
「もっと具体的に言えば回避スキルは、MPを消費して絶対に回避できる……スキル《アヴォイディンス》」
後ろから迫ってくる新たな猪がレオへと突撃を仕掛ける。だが当たる直前にレオは横へ移動して避け、発動してから1秒足らずで切り捨てる。
ただ猪突猛進してくるのは一匹だけでは無かった。今度は別の方向から迫ってくるウーリ坊。
「しかしデメリットとして動けなくなる時間が出来てしまう。それに対してプレイヤースキルだけなら」
だが今度はスキルも使用せず一歩後ろに下がれば、ウーリ坊がギリギリの所で前を通り過ぎていった。
そして通り過ぎた所でウーリ坊はポリゴンと化す。
「成程、回避運動をしながら反撃もできる。一度に複数の行動ができるのですね」
「その通り。全てのスキルがアヴォイディンスの様に動きが制限される訳ではありませんが、ヨルムンガンド戦で使ったスキルの様に、発動するのにプレイヤースキルを求められる物も多い」
DCはリアルの再現度の高さを売りにしている様に、プレイヤーの動きも、必要なステータスさえあれば想像と寸分違わず動ける様になっている。
そうなると上級者になればなるほど、昔のアクションゲームの試合の様にコンマ秒の判断能力で戦える様になる。
ゲーム運営もそれを見越してかその時間範囲で動ける前提で作られたモンスターが何体もいたりする。
その要素はDCが鬼畜ゲーと呼ばれる要因の一つなのだが。
「では実践に入りましょう」
「ゴクリ」
「ステータスのポイントは力と俊敏、後幸運に少し振りましたね」
「はい師匠!」
彼女は言った。
『ヨルムンガンド戦の師匠みたいに戦いたいと』
ならレオは言った。
『あの戦いに早く近づけれるが、厳しい練習になる』
その言葉に彼女は自信満々に言った。
『ハードな勉強や練習はやってきました。ぜひお願いします!』
あの動きを真似るにはまずプレイヤースキルを磨がなければならない。それも長い時間をかけて……いやゲームをしている間はずっと。
ならまず何をさせるべきか。
答えは簡単。プレイヤースキルにしか頼れない状態にすればいい。
今のレイナに防具は付いていない(勿論装備がないだけで、守備力ゼロの服は着ている)。
そうしてレベル上げして手に入れたステータスを上げるポイントも、力とスピードと幸運にしか振らずに守備力は無視。
つまり。
「今の貴方はウーリ坊の攻撃が当たるとマズイ状態にある」
具体的に言えば二発喰らうと死ぬ。
「では…………スキル《隠密》」
レオがそう言うと気配が消えた。実際にレイナはレオの事が全然見えるが、ゲーム上ではこの場に存在しないのと同じ。
「ぶもぉぉぉ!」
『Lv:19 ウーリ坊』
まずは一匹。レイナに突撃を始めた。
魔物が叫ぶと同時に厳しい修行が始まった。