生徒会長の歪み
「会長、これが各クラスの企画書です。まあ一回目なので詳細はあまり決まってないですが」
「一年のAとB、あと三年の奴も無いな」
「期日はまだ先ですからね。一応確認は行います」
「あ、真央。この前頼んでた食品関係の企画をやる時の注意が書かれた奴、出来たぞ。まあ全部のクラスが出前もどきをやる訳じゃないけど、アレルギー対策のために全クラス配っておいて」
「分かりました。後、ここについて気になる事が──」
廊下で騒がしかった二人も生徒会室へ入れば仕事モードへ入る。喧騒で表情豊かになっていた彼らも今は真顔で書類の整理や処理を行っている。
紙がゆらめく音、紙を引きずる音、持ち上げる音に曲げる音など、静かな生徒会室の中で響くのは彼らの声と多種多様な紙の音ぐらい。
二人の事務処理スピードは学生とは思えない程に早い。二人とも慣れた手つきで積み重ねられたタスクを消費していく。
(会長のスピードに追い付けてるのも、俺の面倒な性格のお陰か……)
そう一人でごちる白神。
だが彼が言っている事もあながち間違っていない。
彼はだるいなぁーなんて言葉を使う様に面倒事を嫌っている。ただ同時に断れない性格もしていた。
理由はそう深いものじゃない。ただ申し訳なさを感じてしまうと言うか、ちょっとした罪悪感で断れなくなるだけの事。
要はお人好し。彼はそんな人だった。
問題は外の方だ。
彼の内心なんてお構い無し。頼んだら何でもイエスと返してしまう彼の良心にみんな甘えてつけ込んでしまう。
その結果。
『白神ごめん。私、用事が出来ちゃって、この掃除頼んでいいー?』
『ちょっと猫が消えちゃって、私も探すので助けてもらえませんか?』
『部活に置いてある道具について相談があるのだが──』
彼は学校から万屋と呼ばれる様になってしまった。
こなして来た問題や相談の数なんて高校に入ってから百もくだらない。最初は慣れない事もあり失敗もあったが、そこまで数をこなして行けば技術にも知識にも磨きがかかると言うものである。
今では何か悩んでいる事があったり助けて欲しい事があれば白神に、なんて認識されている始末だった。
ただ、だからこそ……と言うわけでもないが。
こうして学校一の完璧超人、源氏まどかと共同作業が出来ているのも皮肉なものだろう。
もし彼女との作業スピードが釣り合わなければ、ここまでの処理スピードには至っていない。
(だけど会長はすごいな。迷いなく進むけど間違いは殆どない。目の前に積み重なってる資料も、もう半分以上消えてるし)
源氏まどかは優秀だ。模範意識が強く曲がった事が嫌いで正義感もあり行動力もある。
生徒会長になったのもその性格が発端であり「不正とか大っ嫌いだからとりあえずなった」と言われれば彼女の我の強さと優秀さは何となく伝わるだろう。
出来る所は行動だけではなく運動や勉強も同じ。
低身長という大きなデバフを持ちながら水泳、野球、テニスといった体育の様々な競技で好成績を残すセンスの持ち主で、学校の通知表もオール5と成績でも主席クラスと、ちょっとした超人みたいになっている。
お陰で学校では密かにファンクラブが出来ていた(噂では低身長で可愛いと評判も)。
閑話休題。
彼女は俗に言う天才だった。
だからこの莫大な量を誇る文化祭の仕事もスムーズに終わるだろう。作業工程に問題も無く、先生からはその学生らしからぬ管理スキルの高さに感嘆して、その日の生徒会の仕事を終えただろう。
──そんな風に終わろうとしていたはずの一日は、一つの企画書を見た事によって崩壊する事になる──
「──真央、これは?」
「あぁ、それは最近人気になっているDCと連動した企画ですね」
ただ一つ、問題があったとすれば
「これはダメだ」
彼女は極度のゲーム嫌いと噂されている事だった。
「これは捨ててとりあえず新しい紙にしよう。それでもう一度このクラスに──」
ゲームの企画書を何重にも折って少し離れたゴミ箱へ乱雑に投げ捨てた。いつも丁寧に作業するまどからしく無い光景だった。
まるで自分が気に入らないからってゴミを捨てる様に、大きい嫌悪感を持っている様だった。
「会長、なぜゲームはダメなのですか?」
気が付けば白神は質問している。
まずは気になった所の確認。話のスタートはそこからだ。
「まずDCという学校外の物と文化祭を連動させる。それがダメ」
帰って来たのは予想範囲内の答え。
確かにそうだろう。DCもゲームとは言えプライバシーと言った扱いづらい要素は含んでいる。
盛り上がる観点で言えばこれ程に無い素材と言えるが、ネットリテラシーと言う部分を考えればこの案は拒否されても仕方がないだろう。
前例が無ければの話だが。
「確かに会長が思う部分に間違いはありませんが、問題はありません。こう言った企画はDCが始まった二年前から何度も開催されています」
今は西暦2064年。技術は進歩してAI化や自動化は進んでいる真っ最中。
勿論ネット関係も進んでいるし、同時にそれを悪用する技術も進んでしまっている。白神達がやろうとしている事は世間ではあまり良く無いとされていた。
それも二年前までの話。
圧倒的な技術で作られて瞬く間に人気になったDCは色んな所でコラボした。
それこそどこかの高校の文化祭でもだ。理由はeスポーツ業界がどうたらこうたらと色々あったが、これには反論の声も上がる。
でもDCの運営チームはその反論を完膚なきまで叩きのめす形で成功させたのだ。
失敗はゼロ。それがDCが誇る実績である。
「文化祭は生徒が盛り上げる為にあるものです。それならセキュリティー面で圧倒的な信頼が置けるDCを使うのはいい事だと思いますが」
大規模なゲームなら必ず起きると言われる違法なチート行為やバグさえも、DCには一切見当たらない。
世間ではDCなら大丈夫と言われるほど常識になっていた。
百年後の技術を使われていると噂されているのは伊達では無いのだ。
これで問題点の洗い直しは済んだはずだ。そう思った白神は口を開き続ける。
「なのでもう一度これを──」
「いやいい」
だが遮られてしまった。
白神は感じる。彼女のいつもとは違う違和感を。
「あの、何でそこまで」
「逆に私から聞くけど。たかがゲームの為に何でそこまでするの?」
「────」
日ごろとは違う冷たい目でこちらを見るまどか。
それに対して白神は少し頭の思考がストップしていた。一秒とかそんな話ではなくコンマ秒も無いほど。でも《たかが》と言う言葉が引っかかってしまった。
「………………だけど文化祭で行うなら問題はありません。先生からも許可は貰ってますし」
「いいよ、くだらない物に時間を割ける必要がない」
「会長」
無意識に白神の声のトーンが下がる。
少しだけ力が入って持っている紙にシワが出来てしまう。
「何でそこまでゲームを嫌うんですか」
「……あんな時間の無駄になるモノなんてやる必要がない。確か真央もやってるんだよね。だったら早く捨てたら──」
逆鱗を踏んだ。彼だって面倒事は嫌だし出来れば関わりたく無いと思っている。でも自分の大好きな物を馬鹿にされて黙っていられるほど大人にも成れなかった。
だから彼も平気で踏んでしまう。
やってはいけないと分かりながらも心の奥底に潜む静かな怒りを抑えつけれず進んでしまう。
「会長」
目を逸らしたまどかの言葉を遮って白神はもう一度名前を呼ぶ。
白神 真央は学校の相談役と言われている。
沢山の生徒の相談を受けていた……生徒会長も含めて。
「会長だって悩んでいましたよね」
「……!」
「友達が出来ないって──そんなのだから一人も」
ラインを越えようとして。
「──待ちなさい二人とも」
一つ上の先輩である生徒会の会計に止められた。
茶髪のストレートロングをしている彼女を見た者は読書が好きそうな典型的な人だと思うだろう。事実そうだし、赤い眼鏡がその事実をより一層確かな物にしていた。
同時に優秀な子でもある。
二人の間に嫌な空気が流れ始め時に入った彼女は、経緯はともかくこれ以上は良く無いと悟って止めたのだ。
あの二人が入って来た私に気付かないのもおかしいと思って。
「先輩」
「まどかちゃんも真央くんも。二人とも一旦落ち着いて、今の時点でもアウトだけど……それ以上行ったらもっと悪くなるよ」
「……すみません先輩」
「……………………」
謝る白神と思い詰めて無口になるまどか。
らしくないと会計は思う。白神はともかくまどかがあそこまで攻撃的になるのは……。
パン。と会計は持っていた本を置いて手を叩いた。
「二人とも今日はお開きにしよう。後の仕事は私がやるから」
「だけど先輩に任せきりになるのは……」
「そうです。会長の私が働かずに先輩が働いてるのは」
「いいから。今の君たちはなんか詰まってる。事情は分からないけど、そんな状態だと生徒会の仕事に影響するよ」
「! 分かりました」
「……すみません」
会計が理由に生徒会の事を言えば二人は律儀に守ってくれた。二人とも真面目だからねと、会計の予測は正しかったらしい。
だからこそさっきの会話……主にまどかの話が気になるのだが。
二人は黙々と帰る準備をしていき……一言も話さず、ただお辞儀と言った礼儀は忘れずに行い部屋を出て行った。
「さて、この書類の山……どうしよっか」
残ったのはピラミッドみたいに積み重なっている書類と、私は後輩程優秀じゃ無いんだよと溜息を吐く会計だった。
夕陽が登って街が淡い赤に染まる中、部活帰りの学生達が沢山いる。
ゆっくりとお喋りしながら帰る人達が多い中、一人の少女は早歩きで家へと戻っていた。
「あれ、会長のまどかじゃん……どうしたさゆり? そんなとこで止まって」
「いや、ちょっといつもと雰囲気が違うなって思って」
「確かに不機嫌だったな」
「ううん。違うよ雄二君」
「なんて言うかあの顔は、辛くて悲しい……そんな感じだった」