日常
『……ありがとうございます。その……今日はこれでログアウトさせてもらいます』
ヨルムンガンドを輝く剣で軽く一刀両断した後、彼女……ゲーム上でレイナと呼ばれた騎士はそう言い残して姿を消した。物理的にではなく言葉通りにログアウトしたのだ。
(あの人の突っかかる所、誰かと似てるなぁ……えぇと誰だっけ)
序盤のフィールドでレベル80代のモンスターと戦う初心者を見かけたのは、DCで久々に友達と遊ぶ約束をした昨日の事だった。
DCのエンドコンテンツをやり尽くした彼が、最近でやる事と言えばフィールドをお散歩するか初心者のお手伝いをする二つのみ。
世間では百年後の技術でも使用されているのではないか? と噂されているDCだが、実際にこのゲームが彩る森、山、海と言った自然は現実だと錯覚させるほどに美しい。
川の流れる音に鳥の鳴き声、春の暖かな風や日差しの強い日光。どれもが完全に再現されていると言っていい。勿論ゲームなのだから現実にある物だけでなく、空飛ぶドラゴンや数百年も凍ったままの絶対零度の世界。ファンタジーでしか感じ取れない空想も体感する事ができる。
どれも現実と勘違いする程には。
よってレベルをカンストさせた彼が暇潰しとして、散歩を選ぶのは想像に難く無い事だった。
ただ散歩もやり過ぎれば飽きる。
珍しく友達にゲームを一緒にやろうと誘われた彼は、初心者のレベリング上げの為に、始めての町で集合しようと話し合ったのだ。
(と思ったら早速デカいのが来てて、バカの偽装もすぐに見破って駆けつけて……)
それで『絶対来るなよ!?』とDMをよこした友達がいる所へ突撃すると、DCが鬼畜ゲームと呼ばれる原因……ヨルムンガンドが見えて──
「──どうしたんだ白神、そんなボケッとして」
意識は現実へと戻る。
「早く行こうぜ、購買の──」
「授業だるかったくね? あの先──」
「最近、近くでラーメン屋出来たんだけど──」
「次の演奏会の曲は──」
周りは今日の授業が終わったと騒ぐ者、今から部活行くかと急ぐ者、とりあえず時間潰しをしようとする者、様々な高校生がワチャワチャ動いていた。
そんな中、一ボーっとしていた彼を呼ぶ男子高校生が一人。
いつも通り授業を終えたから何かを思い出す様に遠い目をしていた白神……ゲームではレオと呼ばれた男は椅子に座りながら横を見た。
呼んだのは一緒にヨルムンガンドを倒したレッドアイ、メッセージを寄越した本人だった。
「……ん、ああ。昨日のゲームの事を思い出してさ」
「西洋騎士の初心者さんか。ってか白神、なんか言うことないか?」
「言うこと……? 雄二、俺はお前に言うことあったっけ?」
ゲーム上ではダンディなヒゲおじと言った容姿をしていた彼だが、現実では白神と同じ高校生。
さらっとした茶髪でイケイケな感じ。顔からは穏やかながら若さというエネルギーが満ち溢れている。
まあ端的に言えば爽やかイケメン。
そんな彼……赤城 雄二が少しイラついた様子で白神を覗いている。
「あるって……! ら ん に ゅ う の件」
「……………………………………あぁー。でも逆だろ。それ俺に感謝すべきでは?」
「あ"?」
原因はすぐに分かった。
彼の戦いに横槍を入れたからだ。
でも白神は悪いと思っていない。だってレッドアイとヨルムンガンドにはレベル差があり過ぎた。あのゲームで20以上離れている奴と戦うのは危ない。
下手したらデスペナルティ喰らってたぞ、と伝えると。
「…………はぁー、ロマンを分かってねぇなぁ白神は」
これまでに無いほど深いため息を吐かれた。
まるで分かっていないと、少し口角を上げながらそうする様はベテランが素人相手にドヤ顔しているのと似ている。
白神はちょっとイラッと来た。
「ロマン求めるならタイマンしろよ。あの時は空もいたじゃないか、何がロマンだロマン」
「俺はジャイアントキリングをしたかったの! タイマンもいいが、あの時は初心者に助太刀してたからなぁ。状況的に無理だったし、何つーかこう……そう、低レベパーティーで強敵に勝つってのもロマンよ! って思ったの」
勇者が魔王に立ち向かう感じがあったし、と付け加える赤城に呆れる白神。
途中でイラッとする事もあったが、このやり取りは彼らの日常と言える。リアルで言えば普通と言える白神 真央とロマンチスト寄りの赤城 雄二がよくする会話。
ただ足りないと言えばもう一人の女子学生だった。
「またロマンの事語ってるね」
一人の学生が会話へ入って来た。
頭にリボンを結んだちょっと身長が低い女の子。優しいという言葉が似合う彼女は、ゲームでもイメージ通りヒーラーとして活躍した。
昨日のヨルムンガンド戦では参加出来なかったが、彼女も彼ら二人とよくパーティーを組む友達だ。
「なぁさゆりなら分かるだろ? ロマンって奴をさ」
「さゆり、このロマンバカに付き合う必要はないぞ。後、ゲームでも無理に付き合う必要はないぞ。コイツ格上としか戦わないから」
「んだとぉ?」
蒼井 さゆりと呼ばれる彼女はいつもの光景を見てフフフと笑う。ここにはいない空も含めて彼らは幼い頃からの付き合いだ。
その中で特に白神とも仲が良い彼女だが。そんな彼女だからこそ気になった事がある。
「白神君。さっきは珍しく悩んでたけどどうしたの?」
「そういやそうだなさゆり。俺も珍しいと思ったぜ。あの何でも相談役の白神があんな顔するんだってな」
「……どんな顔してたんだ?」
「……アホずらじゃねぇか?」
「おい」
白神は断れない性格をしていて、よくクラスメイトの相談や手伝いをしている。
そんな彼をみんなは相談役とか万屋と言っているが(本人は遺憾の意思を表明するとの事)、色々面倒ごとに振り回されて忙しい彼が暇そうにボケーっとしているのは親友達の間ではちょっとしたイベントみたいな物だった。
「いや、昨日会ったレイナっていうプレイヤーが気になってさ」
「ああー……あの西洋騎士か」
「何て言うか、誰かに似てる気がしてさ」
白神はふと思った事をぶちまける。
昨日は軽く会話してすぐにログアウトしてしまったが、それだけでも何か引っ掛かる部分があったのだ。でもそれが誰かまでは思い出せない。
「まぁここ最近のDCは熱が戻って来てるからな」
「超大型コンテンツだよね。噂によれば今のメインストーリーと同じくらいの容量って言われてる奴」
「そうそう……だから新しくプレイする学生も増えて来てるし、昨日会った奴がクラスメイトって可能性もあるかもな」
「…………うーん、そうか」
白神は気になってしょうがない。だが時間をかけても思い出せる気もしなかった。
このモヤモヤから出た彼の声も、クラスの喧騒に消えていくだけだった。
『それじゃあ私達は部活があるから』
『空の奴は……いつもの様に女子から餌付けされてんな』
二人にこれからどうすると聞いて部活だから、と返された白神は生徒会室の部屋まで歩いている途中だった。
あの場で謎の西洋騎士の正体を考える事もできたが白神も暇ではない。生徒会の書記をやっているからだ。
(これから生徒会長と仕事か……ゲームと違ってだるいなぁ〜)
今回もあの生徒会長と仕事をするのか……と知らずに溜息を吐いてしまう白神。ゲームの時より幾分か落ち込んでいく気分を、顔を振って誤魔化しながら長い廊下を歩く。
無機質な廊下はゲームとは違って動きがない。風の動きだけじゃなくて物事の変化も感じ取れない無機質な空間。ゲームでは季節に応じて色は変化してもここは一年中ずっと暗いだけの廊下のまま。
「アンタ達何やってるの!」
(心なしか廊下もすごく長い様に感じて来た……ってこの声)
今の自分の心境を表している様だと思っていると見知った声が聞こえた。
なんてタイムリーな、生徒会長の声だ。とは言えいつも通りと言えばそうなのだが、あまり空気は良くない。
「何だとゴラァ!」
「そうだぞゴラァ!」
近づいてバレない様に隠れて見ればあからさまに不良と思われる高身長な学生が二人。
そしてその威圧的な男子学生と相対するさゆりより小さな女の子が一人。この学校の生徒会長で曲がった事が大っ嫌いな子、源治 まどかだ。
男子学生達ご170センチに対して女の子は150センチ……あるかどうか。
だが威勢は全く負けていない。男の方はギラついている目付きをしていて、制服の汚れ具合と拳の怪我の跡からして、見ただけで喧嘩慣れしていると分かる二人だ。
だがまどかはそんな程度では引かない。猪突猛進が似合う彼女の事だ。このまま突っ込んでいくだろう。
(それで僕が割に食う、と)
そんな事すれば無事には済まされない。
「生意気なんだよチビのくせにっ!」
「そうだぞゴラァ!」
「ハァ!?」
(あ、逆鱗踏みやがったアイツ)
まどかのポニーテールの後ろ髪の部分が跳ね上がる。どこか猫を思い浮かべるがとんでもない。彼女の覇気はライオン並みだ。
爪を掻き立てて(実際にはしてない。そうな風に見えるだけ)突撃しようとするまどかと、ブチギレてる不良二人。
一触即発。今にでも爆発しそうな爆弾でも見ている様。
「まあまあ先輩、ここは穏便に済ませましょう」
「何だとテメェ……げ、白神かよ」
「そうだぞゴラァ! ……白神!?」
だがそれも白神が間に入れば一気に冷える。
まどかは驚きから、不良もまどかとは違った驚きと冷や汗から。
「ここで面倒事が起きたらまた生徒指導の先生に目をつけられますよ。前も問題起こしたので、今度は……どうなるのでしょうね?」
「ぐ、ちっ、分かったよ。帰るぞ」
「あ、あぁ……覚えてろよチビ生徒会長!」
「誰がチビだよっ!」
フシャー!! と威嚇しているまどかをどうどうと収める白神。側から見ればペットをあやしている様な光景だった。
「会長さん。今度はどういった要件であの状況に?」
「身だしなみが悪い。特に意味もなく学校にいる。以上!」
「いつも通りですね」
腕を組んで自信たっぷりに言い切ったまどかには目を細めてそう言うしかない。
彼女は真っ直ぐな人だ。他人が嫌な思いをする行為やルールを破る行為は嫌うし本人がするのは勿論、今みたいにそう言った状況を見ると突っ込んでいく。
「……まあそれはいいでしょう。それより生徒会の仕事があります。今度の文化祭もいろいろトラブルが起きそうですしね」
「例年通りならそうだな。だからいつも以上に準備をしっかりしないとな!」
今は夏休み前と言ったところだが、白神達が通う文化祭は規模が大きい上に生徒達の熱も入る。先生も色々と準備をしているが、文化祭の一部の管理を任されている生徒会も一足早く作業に取り掛かっているのだ。
「で、会長はどうしてここに?」
「どうしてって?」
「いやここは生徒会室から真逆の方ですよ」
ほら、あっちと生徒会室とまどかのクラスがある方へ指を刺す白神。ちなみに白神については、彼のクラスが指を刺した方向の反対側にあるのでおかしい所は無い。
「あっ」
風紀を守る為にわざわざこんな所に居たのかと彼は思っていたが、今の発言と共にビクッとした彼女の行動を見て確信した。
「迷いましたね」
「………………迷ってない」
目を逸らした。
「……迷いまし「迷ってない!」」
流れる沈黙。シド目で見る白神に気まずそうな表情をしながらも白神の目から逸らさないまどか。
時間にして十秒も経っていない所だろうか、痺れを切らしたのは白神の方だった。
「じゃ、僕は仕事があるので」
「ちょ……ってハヤッ! 待って!?」
そそくさと静かに、されどリスの様に素早く逃げる白神を、追いかける生徒会長がいたそうな。