最強のプレイヤー
「はぁ……はぁ……!」
暗雲が広がる空の下。草原の中で一人の女性騎士が走っていた。頭から脚まで彼女が着ている鎧は西洋の騎士を彷彿とさせるモノであり、重たくそして頑丈だと見た人は感じるだろう。
ただ重い鎧にしては余りにも速く走れている。
西洋の騎士の鎧は平均で25キロもある。それを50メートル走でもやっているかのように速く走れるのはおかしな事だ。
でもこの世界なら話は別。
なんたってこの世界はゲームの世界なのだから。
草を踏む音、彼女の荒い息の音、彼女が感じる加速する心拍数に通り過ぎる風の音だって、どれもがリアルだがどれもが虚構。
最新技術によって生み出され、世界最高峰のゲームと言われたこの作品はリアルの世界と遜色ない。
ただゲームはゲーム。その証拠に彼女の頭上にはこう書かれていた。
『Lv:10 レイナ』
そしてその一つ下の欄に──
『HP 12/45』
彼女は今、狩人に追われている最中だった。
「ウォォーーーーーン!!」
(っ……まずい!)
草原の奥にある林。暗雲によって黒く、風によって靡かれているソレの下から騎士を傷つけた犯人達が現れる。
それはウルフだったモノ。死んでも冒険者達を殺さんと動き出し、骨の奥に潜む暗闇から見える紫の眼光を獲物へと睨みつける魔物。
『Lv:31 スカルティアウルフ』
全身が骨となった哀れな魔物が林の中から一匹、二匹、三匹と増えてながら騎士へと迫る。
最初は二百メートルあった距離も徐々に縮まっていく。守りと攻撃を上げる代わりに素早さを犠牲にしたジョブ:騎士に逃げ切れと言うのは無理な話だった。
「仕方ありません。こうなれば最後まで抗うまでですっ!」
こちらへ飛びかかってくるスカルティアウルフにタイミングを合わせ、武器:『初心者の剣』を抜き取る。
素早く飛び出して来る敵をレイナは綺麗に受け流した。が、ダメージはそこそこ。
攻撃を受けたスカルティアに怯む様子は無い上に、目の前を見れば次々と来る敵の群れ。
「くっ。これだとすぐにやられるな……ハッ!」
元々は彼女の曲げない性格から始まった事だった。
初心者の町で歩いていたら、小さい女の子からお母さんが毒で寝たきりになっている。だから解毒剤が欲しいと頼まれた。
しかもただの毒ではなく町の近くにある特別なフィールドのみ出てくる敵の毒だ。解毒剤も敵を倒さないと手に入れられない特別品。
適正レベルが高いのは分かっていたが彼女は曲がった事が嫌いな性格だった。だからこうして挑戦したは良いが結果はこの通り惨敗。
削れていくHP。
時間が経つにつれて緑から黄色、そして赤へと変わった瞬間、パリンとポリゴンへと散っていく武器。
(しまった、武器耐久が……って今度は足が……!)
「ガァア!」
やり始めたばかりで慣れない戦闘をしたものだから動きもぎこちない。突然の出来事に思考が追いつかずに転んでしまうのも当然と言えた。
戦いの場に置いて思い上がった者には罰を。
飛び込んできた一匹のスカルティアは彼女の首へと狙いを定め──
「──させねぇーよ!」
一閃。
この場における強者は狼から侍へ。
強者から弱者に成り下がったものは新たな強者へ切り捨てられる。
チェスト
紅き鎧を着た者が放った強烈な閃光はジョブ:侍の証。
剣では無く刀を持つ隻眼侍の名は──
『Lv:65 レッドアイ』
レイナが見ているプレイヤー画面の右上に〈乱入者登場ッ!〉と表示されると、彼女へ助太刀した侍の名前が見えた。
「援護は頼むぞ、ソアラ!」
赤髪に赤目に無精ひげを生やした真っ赤でダンディな男はこちらへ振り返り叫ぶ。
と同時に追加された〈乱入者登場ッ!〉の欄。
そして流れてくる神話の歌。
ここにいるプレイヤー全員が歌の内容を理解できない。遥か太古の神話に使われていた(という設定)言葉など誰にも分からない。ただ歌が流れてきた意味は全員が理解できた。
『攻撃力アップ!』
『素早さアップ!』
バフである。
「よっしゃあっ! あんがとなソアラ、これで雑魚どもは一網打尽だぜっ!」
「はいはーい。ソアラだよ♬ あっそれ」
『Lv:53 ソアラ』
新しく乱入してきたプレイヤー。緑のマントを羽織り緑の羽帽子を被っている者であり、その手にはハープと言う楽器を持っている。
持っているハープは頼りない……どころか武器として機能しているか怪しいが、そこから奏でられる歌は吟遊詩人にしか持ち得ない唯一の武器であった。
「あっそれ♬」「おらっ!」
一撃。
「あっそれ♬」「おらっ!」
一撃。
「あっそれ♬ それ♬ それ♬」
「おらっ! おらっ! おらっ!」
一撃。一撃。一撃。
防御と攻撃回数を犠牲にした一撃特化の侍に、吟遊詩人の歌が乗る。
レベル差は語る訳もなく、同レベ帯でも受けたら怪しい攻撃を寸分違わず骨の狼達へ喰らわせる。
(あっけない……)
レイナが呆然と見ている間もスカルティウルフの数は減っていく一方。一撃で即死していく狼達の光景には清々しさすら覚えながら、レッドアイは淡々とこなしていった。
「これで、終いだぁっ!」
そして最後の一匹が斬られ勝者は侍となった。
さっきまで命懸け(ゲーム上だが)の逃避行、負け戦だった戦いがこんな結末になって唖然とするしかなかったレイナ。
「おっと、君毒になってるじゃん」
「……あぁ、そうでしたね。さっきのウルフの攻撃で受けてしまったのでしょう」
背後から来た吟遊詩人が呟く。
実際にHPバーの下には毒の状態異常を示す紫の絵が付いていた。
ただ通常の毒とは違う。
「そいつは特殊イベントの時だけ付く特別な毒じゃなかったか?」
「ほんとだー。解毒剤使ってもダメって返されちゃうな」
何も無い空間に向かって画面をタップするように手を動かしていたソアラだが、レッドアイの言う事が事実だと分かって諦めたようだ。
まあこのまま放置していたらHPがゼロになるのは確定だが敵を倒した今、その心配は無用だろう。
「二人ともありがとう。加入してくれて助かった。後でお礼がしたいがとりあえず、ウルフから解毒剤をドロップして──」
「いや、まだだ。まだ終わってねぇ」
目を見開くレイナ。
それに対してレッドアイは好戦的な笑みを浮かべてる。
(終わっていない……? いやクエストクリアの条件は敵を倒す事だ。その敵ならウルフの大軍が……)
なのに終わっていないとはどう言うことか。少女は魔物を倒したら解毒剤が手に入ると言っていたはずだと……レイナは思った。それを感じ取ったのか、レッドアイは彼女が忘れている一つの情報を指摘した。
「おかしい部分があるだろ? このクエストの適正レベルとかさ」
「あ」
「あって……まぁこのゲームは鬼畜ゲー要素あるしなぁ。序盤の町であんなクエスト置いとく運営もあれだけど、それを受けるアンタも──」
そうだ。さっきの事で忘れていたが、この適正レベルは恐ろしく高かった。さっきのレベル30の敵なんて雑魚に等しい。
「あれ、なんか何処からか音が……うーん?」
そう、確かこのクエストの適正レベルは──
「ガア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
大地が裂かれた。
狼の死体も、周りの草も、全てが地割れに飲み込まれる。
この死の大地の主人は狼でも狼の群に勝った侍でも無い。
巨大な大蛇だ。
人の身長より太い胴体に月まで届きそうだと錯覚する身長。
上空へと突き破った化け物は暗黒の雲を切り裂き、綺麗な夜空を見せつけた。
ここがお前らの最期だと悟らせる鋭い殺気にお星様と同じように複数の光る黄金の目が地面にいる小さな虫ケラどもを射抜く。
その左上に神話の毒蛇の名前が表示されていた。
『Lv:86 ヨルムンガンド』
「さぁて、ようやく本番か……!」
刀を握りしめて言うレッドアイ。冷や汗もかかずにそう言う彼はひたすらにゲームを楽しんでいる。
気分は魔王に立ち向かう勇者と言った所か。
(楽しそうだな……)
「こういう町の端っこで容赦ないクエストをぶち込みやがるのがDCの醍醐味だな!」
「ひっどいゲームバランスだねっ♬」
レッドアイとソアラは手慣れた作業のようにバフをかけたり、自身を強化したりと手早く済ましている。
敵が地中から現れた時には終わらせていたようだ。
「よしっ。いざ尋常に……」
ここからだと侍は構え方を変えようとして………………やめた。
「…………………………あ〜あ、やめやめ」
やめた。
え、ってレイナがつい言っちゃうくらいにはだらけたポーズになった。
なんか刀をしまってこちらに歩いて来てるし。
え、熱々の王道展開をやってたのになんでいきなり……?
さっきまでは歴戦の戦士、いや侍みたいだったのに、今はなんか……その、仕事帰りのサラリーマンみたいになっちゃった。
目の前には今でも攻撃しそうな巨大モンスターがいるというのに。
「え、え……あの、なんで攻撃をやめて……?」
「いや、だって見えちゃったもん…………アイツが」
あーやってらんねって顔になったレッドアイが上空を見ろと顎を動かす。
レイナがつられてみるとヨルムンガンドの後ろ、空に浮かぶ月に黄色い光が見えた気がして。
(ってあれプレイヤーじゃ──)
鉄骨が落下したような音が響いたのと、乱入者の名前が表示されたのは同時だった。
遥か上空から隕石のように落ちてきたプレイヤーに脳天ぶちかまされたヨルムンガンドはなす術もなく大地へと這いつくばる。
巨大な体は周りを砂煙だらけにするのには十分すぎて、画面が茶色に染まった。
「はい落下死防止〜」
ただ乱入者が着地するとそれも終わる。
見えてきたのは地面へ無様に倒れている神話の生き物と、西洋の貴族服を着ている青髪の青年。
『Lv:100 レオ』
ボスに背を向けている一人のプレイヤーだった。
DCの全盛期に行われた対人の大会。当時のプロゲーマーやそれと同レベルの野生のゲーマーなど、大勢の人間が現れた。
その大会はVRMMOゲーム最大の盛り上がりを見せて、幕を閉じた。
最後の戦いに置いて、最強に勝った無名の人間に対する喝采を持って。
大会の優勝景品を身に付けた彼を見た者達はこう名付けた。
黄金の光を持ち、戦いの王者の風格を持つ者。
──金獅子のレオ
本作はプロライター犬狂い氏が作成したプロットで小説を書いてみる企画で書かれた小説です。
作品プロットを犬狂い氏が、本文を著者が執筆しています。
同一プロットで別著者が書かれた小説もありますので、気になったらタグから探してみてください。