Eternal Core 1
時を刻んだ無限の中へーー。
はじめは、ガラスの蝶で出来た雲の中ででも目覚めたのかと少女は思った。
(ああ、素敵。こんなふうに動くなんて、糸でもつながってるのかな……?)
膝をつき、ドレスを整えて見回してみれば、糸などついていない。
そもそも、飛んでいるものは蝶ですらなかった。浮かんでいたのは、ガラスの硝片。
「楽しい」と、感じるままに少女は言った。
硝片がその身に映すのは、少女を取り巻く白い世界とは異なる情景。
見えるのは海に街々、火と、そして光。
両手を上げれば遠ざかる硝片を見て、彼女は楽しげに笑っている。
その硝片の名、『Arcaea」という名を、少女は知らなかった。
むしろ名前なんて、その綺麗さの前ではどうでもよかったのだ。
触れて、操れるがままにあそんで、美しさを眺めるだけ。
ーーそれだけでは、いけないというのだろうか?
今わからないことは、6つ。
誰が、何を、何処でいつ、何故、そして一体、どうやって?
けれど何も問わず、そも答えを求めることさえ少女はしない。
ただ、その輝きを浴びるだけで満ち足りていたから。
こうして彼女は、新世界に出会った。
---
それでも、疑問は湧いてくるものだ。
ゆるやかに渦巻く硝片たちの中で、少女は首を傾げていた。
「でも、結局...…これって一体何なのかな?」
ゲート、窓?ーー、記憶?
最後に浮かんだ、「記憶」という言葉。
少女の胸中で、それが心地よく響いたような気がした。
ごく小さく「そうか、記憶なんだ」と呟いたころにはもう、疑問は消えてしまっていた。
わけあって、ここはそんな記憶の硝片で満ちた場所らしい。
では、それはいったい誰の、そして何の記憶なのか?
確かなことは言えないものの、その胸中にはすでに何一つ、問うことなどなかった。
どういうわけか、硝片は彼女についてくる。
そのひとつも手にすることはできないが、どちらにしても少女のもとに硝片は集う。
ちょっとした気まぐれで、少女はそんな硝片を集めていこうと決めた。
ひとつずつ、少しずつ。
理由など、なにもないままに。
---
一体何日、何時間続けて歩いているだろうか。時計なしでは、分かるはずもない。
しかし新たに、少女にとってひとつだけ確かになったことがあった。
それは、美しさが記憶の中にあるということ。少女は、そう信じている。
そもそも、記憶は決して確実なものではない。時を経て変化することもある。
だが、過去というものに強固かつ、最も生々しい実感を与えるのもまた、記憶なのだ。
辛く苦しくとも、甘やかでも、それこそが少女には魅力だった。
ここではないどこかの誰かの記憶を見て、今はただ、その美しさに感謝するだけ。
この奇妙な、退廃した世界で、Arcaeaは美しく輝き、瞬いている。
夢想に耽り続けるのは容易だ。そもそも、硝片自体が記憶を映すから、なお易い。
鼻歌混じりに、両手を高く掲げたまま、機れた道を下っていく。
輝きあふれる、世界の全てが収まるほどの記憶の河を連れて、少女は歩いていく。
醜くも美しい世界の、記憶を連れてーー。
「ああ、きれいだわ……」
溜め息をひとつ、笑顔をすこし。
穏やかさを体現したようなその様子は、もはや出来すぎていた。
(でも、心配することなんてなにもないの)
こんなに美しく、シンプルな世界は、ただ美しくあればいいのだ。
あとは、いらない。
Eternal Core 1 終
Luminous Sky へ続くーー。