04. 晩餐の準備と執事長
公爵夫人とのお茶会を終えたクリスティーナは、公爵邸に用意された豪奢な客室に案内された。
クリスティーナの母や彼女の持つ庭園の花たちの話をしているうちに、日の短いシュネーハルトはあっという間に暗闇に包まれてしまったのだ。
「まだ十六時になったばかりなのに、もう夜のようね……」
壁の一部が天井から床まで一面窓になっており、魔導具の灯りに照らされた公爵邸の庭園に視線を落としながらクリスティーナは呟いた。
到着したばかりの時に見た雪のような白い花が揺れているのを見てクリスティーナは忘れていた事を思い出す。
(あぁ、公爵夫人にあの花の名前を尋ねるのを忘れてしまったわ……)
花壇に魔導具が埋め込まれているのだろうか、花は優しい光に包まれ、キラキラと輝いていた。優しく舞う白い粉雪と輝く白い花を眺めていると、「お嬢様」と後ろから声が聞こえる。
クリスティーナが振り向くとワインレッドのシックなドレスを持ったレイアが立っていた。
「公爵邸のメイドからご夕食は、シュネーハルト郷土料理の温かいスープなどが振る舞われると伺いましたので、こちらの色はいかがでしょう」
たくさんの玉ねぎをしっかりと炒めて、牛肉がほろほろになるまでじゃがいもやにんじんと一緒に煮込んだ赤いスープの事だろうとクリスティーナは考えた。
赤色はトマトではなくとうがらしや赤パプリカで着色されている。クリスティーナも楽しみにていた一品だ。
「とてもいいと思うわ。ありがとう。夕食まであとどのくらい時間があるか分かる?」
「二時間ほどかと思います」
「そう……じゃあ、わたしは本を読んでいるからレイアもゆっくりしていてね。準備をする時間になったら教えてくれるかしら」
「かしこまりました」
レイアは一礼すると隣接する侍女用の部屋への扉から部屋をあとにした。
部屋に一人になったクリスティーナは、スーツケースから数冊のの本を取り出し、庭園が見渡せる位置に置かれた椅子に腰掛けて本を開いた。パラパラとページをめくりながら、あるものを探す。
「あった……! ステラ、スノーストームという名前なのね」
開かれたページには、目の前に広がる小さな白い花と同じ花の絵が描かれていた。
寒さに強く秋から春まで星型の小さな花を咲かせるステラ。
宙に浮かぶたくさん の星灯りのの魔導具に照らされたシュネーハルトにぴったりだと思うクリスティーナ。
本に書かれた文字をゆっくりと目で追いながら、ステラの花にはどんなブーケが似合うか考えた。
(公爵夫人の濃い碧色の髪に似た青いバラがあればいいのだけれど……。青の色素を持ったバラは、この世界には存在しないのが残念ね)
クリスティーナは様々な青色の花ページを開いては、スケッチブックにデザインを描きながらステラに合うブーケを熟考していったのだった。
* * * * * *
「……さま……お嬢様!」
クリスティーナが、はっとして顔上げれば、眉を垂らしたレイアがクリスティーナの顔を困ったように覗き込んでいた。
「お嬢様……もうかれこれ五分ほどお声かけしたのですよ……!」
ため息をつくレイアの背には、一面の窓が紺色のカーテンで閉じられ、先ほどよりもシャンデリアで明るく照らされた部屋があった。
「つい集中してしまって……。ごめんなさい、すぐ片付けるわ!」
クリスティーナはテーブルの上に広がった本やスケッチブック、ペンシルなどを軽くまとめて立ち上がる。
「あちらの衣装室に準備が整っております」
侍女用の部屋の入り口とは反対側に扉があり、そこが衣装室になっているようだった。クリスティーナはレイアの案内で衣装室に入り、ドレスを着替えるとドレッサーの前へ腰掛けた。
既にヘアスタイルも決まっているようで、レイアはテキパキとプラチナピンクの髪を後ろでひとつに編み込んでいく。
腰まで編み終わると、編み込まれた隙間にパールのアクセサリーが散りばめられ、プラチナの星で作られた華奢なカチューシャが付けられた。
クリスティーナは、持参したジュエリーボックスを開き、どの組み合わせが良いかレイアに尋ねる。
「その星の髪飾りなら、イヤリングとネックレスもこれがいいかしら?」
そう言いながら手に取ったのは、髪に飾られた六芒星と同じ、ダイヤでできたイヤリングとネックレスだった。
「完璧ですね」とレイアが微笑んだので、クリスティーナはイヤリングを自分の耳へ身につけた。
ネックレスはレイアが取り付けてくれ、軽いメイクも整えて準備は完了した。
ふたりが衣装室から出ると、ちょうど部屋の呼び鈴が鳴る。
レイアが部屋の扉を開けると、そこには初老の執事が立っていた。
「執事長のマシューでございます。ローテントゥルム侯爵家クリスティーナ様をご夕食にご案内したく参りました」
執事長という言葉にクリスティーナは扉の近くまで向かった。
「お初にお目にかかります。マシュー様。クリスティーナにございます。今夜はご夕食までのご案内、心から感謝いたします」
クリスティーナはドレスは持ち上げないまま膝を軽く折って挨拶をした。
執事長のマシューは、シュネーハルト公爵家に初代から仕えるシルト伯爵家の当主でもある。執事長として使用人の管理をこなしながら、シュネーハルト公爵の右腕としても実力を発揮している。
クリスティーナは、王国の全ての貴族を記憶しており、相手の身分や状況に応じて挨拶や会話の進め方を変えている。
彼女のカーテシーや話し方から、マシューは自分の事も把握しているのかと内心驚いていた。
「わたくしめのような老いぼれにも丁寧に接していただき恐縮でございます。ここでは一執事でございますからどうぞ楽になさってくださいませ」
にこりと笑みを浮かべて頷いたクリスティーナ。砕けた言葉を使わず、頷くだけで敬意を表した姿を見て、マシューは「さすがロゼを賜るご令嬢だ」と目を細めた。
レイアは侍女用の部屋で夕食が用意されているようで、クリスティーナはひとりで夕食に向かうこととなった。
マシューの案内で、食堂の大きな扉の前までやってくる。
シュネーハルト公爵とは何度も挨拶を交わしたことはあるが、公爵家の晩餐に一人で招待されたのは初めてだった。クリスティーナは、背筋を伸ばして深呼吸をした。
その様子を見たマシューがクリスティーナに微笑みかける。
「クリスティーナ様、大丈夫ですよ。旦那様はご令嬢からの贈り物をとても喜んでおられました。晩餐もとても楽しみしておられるようです。それに……」
マシューは自分の口元に白い手袋をはめた手を寄せると、声をひそめて言った。
「魔術のお話が楽しいと、旦那様はついお酒を飲みすぎてしまうのです。今日はもう食前酒と称して、奥様に内緒でワインを一本開けてしまっております」
「まあ……」と驚きの声が漏れ、クリスティーナは肩の力が抜ける。
それを確認したマシューは扉をゆっくりと開けた。
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