32. 黒幕の正体
「くそっ!! 警備隊は一体なにをしていた!?」
国王が拳を執務机に力一杯叩きつける。
金の星の間が暗闇から解放された時、クリスティーナとエカテリーナ王女の姿だけが見当たらなかった。
夜会は中止となり、王宮中を捜索させたが発見されたのは、拘束され眠らされた警備隊だけだった。
クリスティーナとエカテリーナ王女が何者かに連れ去られたと断定した国王は、自身の執務室にヴォルフガング、シュネーハルト公爵、ローテントゥルム侯爵、ザルヴァトル公爵、ヴァルナー公爵、そしてベアトリーチェを招集していた。
「陛下、お気持ちは分かりますが冷静になさってください」
シュネーハルト公爵が厳しい表情で国王を諫める。
そう言われた国王は震える拳を強く握ったまま、ドサリと椅子に腰掛けた。
怒りを抑えるように握りしめた拳を見つめる国王に、王国の全ての外交を取りまとめるヴァルナー公爵が口を開く。
「あの暗闇は魔導具です。それも帝国のものかと」
それを聞いた国王が顔を上げる。
「帝国の……仕業だと……?」
そう呟いた空色の瞳には怒りの炎がゆらゆらと揺れていた。
「お待ちください! まだ帝国の仕業とは断定できません! 諜報部隊は帝国の動きを常に監視しておりますが、間者が王国に侵入した形跡はありません」
クリスティーナの父、ローテントゥルム侯爵がそう言うと、シュネーハルト公爵が頷いた。
「ローテントゥルム侯爵の言う通りだ。早まるのはよくない」
シュネーハルト公爵がそう言った時、執務室の扉がノックされた。
「入れ」
国王がそう声をかけると、騎士団副団長のマクシミリアンが「失礼します」と言いながら執務室へ入ってきた。
「陛下、アルフレッド団長、魔導具の痕跡を発見しましたのでお持ちいたしました」
マクシミリアンは執務机の前まで来ると、手に持っていた赤い布を開く。
中には小さく欠けた黒いガラス玉とその破片が入っていた。
「これは……。やはり帝国の魔導具では?」
ヴァルナー公爵の言葉に空気が一気に張り詰める。
「待て、話は解析をしてからだ」
シュネーハルト公爵が手袋を外し、黒いガラスの破片に手をかざす。
破片の周りに魔法陣が展開され青白い光を発する。その光が収まった後、国王が尋ねた。
「……どうだ?」
「残念ながら……帝国のもので間違いないようです」
眉を垂らし、目を閉じて言ったシュネーハルト公爵に、宰相であるザルヴァトル公爵が頭を抱えて「なんということだ」と呟く。
「これは、帝国からの宣戦布告と受け取るべきか……?」
国王の言葉を誰も肯定はしなかったが、執務室の空気はより一層重くなった。
その空気を切り裂くように、ベアトリーチェが口を開く。
「陛下、発言をお許しください」
「なんだ、ザルヴァトル公爵令嬢」
虚な空色がベアトリーチェを見上げる。
「本当に帝国の仕業なのでしょうか?」
「ベアトリーチェ!」
ザルヴァトル公爵が娘の発言を止めようとしたが、国王が手を挙げてそれを制止した。
「よい、続けろ」
ザルヴァトル公爵が後ろに下がると、ベアトリーチェが話を続ける。
「魔導具が使われたと思われる暗闇の間、わたくしは南部訛りの王国語を耳にしました。夜会に招待されている貴族の中に、訛った言葉を話す者はおりません。それにもしこれが帝国軍の間者の仕業だとすれば、実に不自然ですわ」
「不自然とはどういうことだ?」
国王の問いに答えるために、ベアトリーチェは執務机へと近づいた。
「この魔道具の破片です。帝国は優秀な魔術師の国。魔術師が使ったのであれば、このように魔導具の痕跡を残すことなどありえませんわ。この杜撰な仕事は、魔術や魔法に精通していない傭兵かもしれません」
「傭兵?」
国王の眉がピクリと動く。
「はい。シュネーハルト公爵様、こちらの魔導具の発動者の解析は可能ですか?」
「ああ、やってみよう」
シュネーハルト公爵は再び破片に手をかざて魔法で魔導具の発動者を解析する。
黒い破片から現れた黒いもやが文字を形成すると、それを見たシュネーハルト公爵は目を大きく見開いた。
「陛下、発動者は王国の者のようです。それも魔力を持たない」
全員が驚き、息を呑んだ。ローテントゥルム侯爵は項垂れ、ヴァルナー公爵は首を横に振っていた。
「王国の者が侯爵令嬢と王女殿下を連れ去った? 一体なんの為に……」
ザルヴァトル公爵が理解に苦しむといった表情で言う。
それに反応したのは厳しい表情のままのベアトリーチェだった。
「お父様、そんなの決まっているではありませんか。陛下に寵愛されたエカテリーナ王女殿下を始末する為にございます」
「そっ、それでは……なぜクリスティーナまで……?」
ローテントゥルム侯爵が額に冷や汗を垂らしながらベアトリーチェに問う。
「暗闇の直前、クリスティーナ様は王女殿下と一緒でしたわ。きっと、何かの拍子に巻き込まれてしまったのでしょう」
目元を押さえてふらついてしまったローテントゥルム侯爵を、ヴァルナー公爵が「大丈夫ですか」と支えていた。
ベアトリーチェは執務机の向こうに座る国王に向き直る。
「王女殿下の身が危険に晒されれば、パトリーチェ女王陛下が黙っておりませんわ。女王陛下はエカテリーナ王女殿下をとても大切になさっていますから」
「パトリーチェ王国との不和を狙った犯行ということか……」
ベアトリーチェの見解に納得したように国王が呟く。
「ええ。パトリーチェ王国との関係に亀裂が生じれば、魔石の輸入も困難となるでしょう。そうして弱体化した我が国を、帝国は一気に侵略するつもりなのかもしれませんわ」
浮かび上がってきた切迫した状況に、その場にいた全員が無言で冷や汗を垂れ流す。
エカテリーナ王女が襲撃者の手によって害されれば、クリスティーナも口封じのために同じ目に合うだろう。それを誰も口には出さなかったが、皆が理解し恐れている事でもあった。
急いで見つけ出さなくては、エカテリーナ王女の命、クリスティーナの命、そして王国の未来がかかっている。
ヴォルフガングは今にでもクリスティーナを助け出しに向かいたい衝動を必死で押さえていた。犯人の見当も付かない状況で動くことは、余計に事態を混乱させるだけだと。
(ティーナ……! どこにいるんだ……っ)
声にならない叫びに傷む胸を手でギュッと押さえた時、ヴォルフガングの左胸のポケットから金色の光が真っ直ぐに伸びる。
光は執務室の窓を突き抜け、王都の街を越え、終わりが見えないほど何キロも先へと伸びていた。
(まさか!)
あるひとつの考えが頭をよぎったヴォルフガングは、胸ポケットへ手を入れる。
じゃりっとしたものに指先が触れ、ポケットから手を抜くと、氷の薔薇の小さな破片がヴォルフガングの指先から光を伸ばしていた。
それを見たヴォルフガングは目を見開いて叫んだ。
「この光の先にティーナが! クリスティーナがいます! クリスティーナはこの破片と同じ魔石を持っている!」
「なんだと!?」
ヴォルフガングの言葉に国王が勢いよく立ち上がった。
「お待ちください!」
ベアトリーチェがヴォルフガングに近づき、光を放つ魔石の破片に手をかざして瞳を閉じる。
「……対となるものの居場所をわたくしに示しなさい」
ベアトリーチェの得意とする魔法は空間魔法である。見えない場所にいる人の行動や配置、物の追跡ができる高難易度の魔法だ。だがこの魔法を使うためには、建物の間取りを正確に把握していることや、元々一つだった物の一部を持っている事が条件となる。
目蓋を強く閉じて、魔石本体の居場所を追跡するベアトリーチェ。
「見えましたわ! 確かにこの光の先にクリスティーナ様がいらっしゃいますわ! 王女殿下もご一緒かと思われます」
その場にいた全員の目に僅かに希望の光が宿る。しかしそれは、瞳を開けたベアトリーチェの次の言葉で呆気なく打ち砕かれることになる。
「ただ、馬車は……帝国との国境に向かって走っています」
王国を出て、帝国領内に入ってしまえば追跡することも助け出すことも不可能となる。
一週間前、不可侵条約を結んだがゆえに、騎士団を率いて国境を越えることはできないのだ。襲撃者の捕縛、クリスティーナとエカテリーナ王女の救出は時間との勝負だった。
「マクシミリアン! 今すぐ王国の全ての国境門を閉ざすよう連絡しろ!」
「はっ!!」
国王の命令にマクシミリアンは目を血走らせてすぐさま部屋を飛び出した。
それから国王は焦りの滲んだ鋭い目をベアトリーチェへ向ける。
「ザルヴァトル公爵令嬢! 馬車はどの国境門を通過しようとしている!?」
「すぐに計算いたしますわ!」
ベアトリーチェは魔法で光が伸びる先と正確な位置を計算し始めた。
魔法が完了するまではほんの数秒であったが、それでも皆にはその一瞬が永遠のように感じられていた。
馬車の正確な位置を突き止めたベアトリーチェは、自分の予想よりも遥かに恐ろしい事実に愕然とする。
そして震える声で全員に聞こえるように言った。
「……グロスマン伯爵領です」
ベアトリーチェの頭脳が発揮された回でした! ヴォルフガングたちがクリスティーナとエカテリーナの救出へ向かいます!! ぜひ応援をお願いいたしますー! 今日も読んでくださりありがとうございました♡ 励みになっておりますo(`ω´ )o 明日も読んでいただけると嬉しいです!




