ノラ猫三代記
ほとんど実話です。
我が家の庭に一匹のノラ猫が現れたのは、今からもう20年近く前のことでした。その茶トラのメス猫は我が家を自分の縄張りに決めたらしく、ほぼ毎日パトロールして行きます。当時我が家では犬を飼っていたのですが、厳しい生存競争を勝ち抜いてきたノラ猫は、甘やかされた飼い犬など歯牙にもかけません。遊んでもらうつもりで不用意に近寄った犬は、一発猫パンチをくらって即退場。それ以降半径1メートル以内には近づきませんでした。大きなオス猫と喧嘩して追い払うくらい気の強いメス猫は、どうやらこの辺りのボスになったようでした。
我が家は皆動物好きですが、それまでノラ猫に餌付けすることはありませんでした。エサをもらうことでノラ猫が増え、人間に慣れて近づくことが様々なトラブルの元になることもありますから。でも毎日のように来るので情が湧き、ついついエサを与えてしまいました。台所の掃き出し窓の外が定位置ですが、エサ皿を置いてもガラス戸を閉めるまでは彼女は絶対に近寄らないのです。食べ終わって日向ぼっこはしていても、人間が近づくとすぐに離れていくので触ることもできません。大変用心深くて警戒心の強い、「ザ・ノラ」といった感じでした。
毎日エサをもらっているのに愛想がない奴だと、家族の中では笑い話になっていたころ、なんと仔猫を連れて現れました。これはまずいことになった。想定しておくべきだったけれど、どうしようか。何とか捕まえるしかないかと思っていたある日、母猫が仔猫たちを置いて離れていく。様子を見に行くと、母猫と同じ茶トラ3匹が庭の隅にくっついて寝ています。どうやら風邪でもひいたのか、鼻がつまっているようだし目ヤニもひどい。すぐに保護したら3匹ともオス猫でした。当時は地域猫活動が知られてきたころで、近所の方がその活動に賛同する獣医師さんを教えてくれました。自治体からの補助もあって格安で去勢手術をしてもらい、近所の方が飼い主を募集してくれて本当に助かりました。弱っていた仔猫を人間にまかせて気楽になったのか、その後母猫は気にする様子もなくまたエサをもらいに現れました。
この時点で我が家ではこのメス猫を「かあちゃん」と呼び始めましたが、この「かあちゃん猫」が相変わらず用心深くて捕まえられない。ガラス戸の外でエサを催促するくせに、戸を開けるとさっと距離をとるのです。できれば「かあちゃん」に避妊手術したかったのですが、次の年にはまた茶トラの仔猫を連れて現れました。最初は4~5匹いたように思ったのですが、残った2匹のメスをどうにか捕まえて避妊手術をしてもらいました。
この2匹は地域猫として面倒を見ることにしたのですが、彼女らは親とは正反対で、大変人懐っこい性格でした。特にそのうちの1匹は我が家の犬と兄弟のように仲良くなりました。犬は日中のほとんどを家の中で過ごし、夜は玄関脇の犬小屋で寝ていたのですが、猫も同じ生活パターンとなり、いつの間にか犬小屋で一緒に寝るようになりました。私たち家族の膝の上で丸くなって30分以上動かず、あるいは犬と一緒に室内で昼寝をしながら留守番をし、決していたずらもせず、粗相もしない。生まれながらの飼い猫のようでしたが、夕方になると必ず外へ出て行くのです。ノラ猫の本能なのか、家の中で夜を過ごすことは絶対にありませんでした。それでもすっかりうちの猫と思って何年かたったある朝、前日まで元気だったのに、犬小屋のすぐ近くで冷たくなっていました。我が家の犬もそれからしばらくして病死してしまいました。
かあちゃん猫も来なくなったし、なんだか寂しくなったなあと思っていたある日、裏庭から猫の鳴き声が聞こえてきました。何かを訴えているようにずっと鳴いているので様子を見に行くと、見たことのないノラ猫が3匹で物置小屋の周りをウロウロしており、私の顔を見ると更に大声で鳴きだしました。その鳴き声は必死とも言えるほど切羽詰まったものでした。
これは私の気のせいではない。こいつらは物置小屋の戸を開けろと命令している。
彼らの迫力に気おされた私が戸を開けると、今度は「シャアッ」と威嚇してきます。どうやら中に入りたいけれど、私がいては邪魔なようです。家の中に入って窓から見ていたら、猫たちは物置にすばやく入ると、それぞれ仔猫を銜えて出てきました!思わず「ハアッ?」と声をあげてしまいましたよ。猫たちは高い塀を乗り越えて隣の家に入って行ったかと思うと、すぐに戻ってまた次々と仔猫を銜えて出てくる。仔猫たちは少しずつ大きさが違うので、3匹の母猫がそれぞれ自分の仔猫を一緒において出掛けていたのでしょう。ノラ猫のメスにそんな習性があるのでしょうか。もしかしたら母猫たちは姉妹なのかもしれませんが、私は初めて見ました。
その日物置小屋の戸が少し開いていることに気づいた誰かが、仔猫がいるとは知らずに閉めてしまった。入れなくなった母猫たちがどうすることもできずにいたところへ、都合よく私が現れたというのが話の顛末。私が呆然と眺めている間に母猫たちは5、6回往復して全ての仔猫を運び出しました。そして隣の家から更にその向こうへと消えて行きました。私は一人、静かになった裏庭に降りると物置小屋の戸をしっかりと閉めました。白昼夢のような出来事でした。
現在我が家の庭の主はキジトラのメス猫です。色は違いますが、顔つきと性格がかあちゃん猫にそっくりなので、かあちゃん猫の最後の子か孫だと思います。耳に切り込みがあるので、避妊手術済み。もう何年も来てエサをもらっていますが、人間には絶対に近寄ろうとはしませんし、威嚇してくる。ずいぶん年をとってきたのですが、そのうち尻尾の先が割れて猫又になるのでは?と思うくらい元気です。多分エサをやるのは、このキジトラが最後だと思います。懐いた猫も懐かなかった猫も、たくさん思い出をくれました。
お読みいただきありがとうございました。
ノラ猫へのエサやりに色々とご意見もあるでしょうが、本当にただただ彼らの思い出話を書いてみたかった。それだけです。