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起床まで

作者: 杉谷馬場生

 2月も終わりに近付き、寒さも峠を越したようだ。

フードデリバリーのバイトで生活をしている私は年中金がない。いや、このバイトは稼ごうと思えばいくらでも稼げるのだが、時間の束縛がないのだ。フードデリバリーとはその名の通り、テイクアウトの料理を店で受け取り、注文した客へと届ける仕事である。移動手段は色々あるが自転車が多いように思う。私も自転車だ。店からお客へ届けるまでの移動距離などから金額が変動する。働きたい時に働けて、働きたくない時には働かなくていい。雇用形態は業務委託の括りになるので性格にはバイトではない。なので時給いくらという事はないのだ。

それが良いことか悪いことかはわからない。人によってメリットであるし、デメリットでもあるだろう。

例えば副業としてこのバイトをしている人にとっては時間に自由があるのは良いことだと思う。しかし私のようなぐうたらな性格でいわゆる社会不適合者(あくまで自分で思っているだけである)にとっては安易に楽な仕事とは言えない。

まず稼ぐためには当たり前だが規則正しい生活が必要だ。「己に厳しく」である。

それができない。

いや、当たり前に出来る人は五万といるだろう。己に厳しくなんて大袈裟なと言う人もいるかもしれない。

しかし私には大袈裟なのだ。大事なのだ。

面倒臭いのだ。

そう。面倒くさい。私が生きていく中でずっと纏わりつく言葉である。

朝起きる。面倒くさい。朝食の準備をする。面倒くさい。食べる。これはまだ良い。食器を洗う。ものすごく面倒臭い。着替える。もうどうにでもなれ。

こんな毎日だ。自分が嫌になる。

そして今である。時刻は朝の8時。そろそろ起きなければいけない。働かなければ金が尽きる。

しかし起きれない。この春になろうという時期は全くもって布団の中が極楽だ。約8時間余り布団の中で温められた体温は、また布団の中をも温めて、相互作用でぬくぬくなのだ。

それに比べて部屋は空調を止めているので冷えている。この状況で起きろというのは私にとって阿呆の所業である。

いや、それも全て言い訳だ。

要は起きるのが面倒くさいのだ。いくら言葉を並べ立てたところで最終的にその一言にたどり着く。

布団から出ているのは頭のみ。まだ起きたくない。しかし起きなければと思う。そうして私は布団をがばりと

剥がせばいいのだがそれができない。頭さえ布団の中に埋めて起きようとする意志から逆に遠のく行動をとってしまう。

ああ、なんと気持ちのいい。

この時点で面倒くさいとかそんな事はどうでも良くなっている。今がよければそれでいい。身体中が程よい温もりに包まれてまた眠ってやろうかと思ってくる。

そうだ。そうすればいい。

また惰眠を決め込もう。二度寝だ。いや、正確にはもっと寝てる。しかし更に寝よう。私は半ば覚醒しかけていたが目を閉じ、布団の中で丸くなった。

しかし、嗚呼、人間というのは寝ているだけでは生きていけないのだ。食べる事と排泄は生きる上で避ける事は出来ない。

空腹は私は我慢できる。しかし排泄は

これは我慢できない。意識すれば尚更である。

しかしそこで更に厄介な感情が現れる。起きればいい。トイレに行けばいい。しかし

面倒くさいのだ。

ぬくぬくの布団が妨害する。この極楽の外へ出る事を拒む。トイレに行かせてくれと私は心で叫ぶ。まあまあこの中でぬくぬくしていれば良いではないかともう一人の私が言う。

形が見えた。

もう一人の私。

お前が

お前が「面倒くさい」の正体か。

もう一人の私は悪気を一切見せず、あどけない顔で笑う。ずっと共に育ってきたもう一人の私。憎たらしい。お前のせいで私はいつも…

「それは責任のなすりつけだぜ。と言ってもなすりつけているのも自分だけどな」

もう一人の私が言う。

納得しつつも反発して、私は結局布団から出られない。もどかしい気持ちを抱えて極楽の暖かさの中で安寧としている。そのうち我慢の限界が来た。怒りではない。トイレの限界だ。私はとうとう足で布団を蹴り上げてトイレに向かい、用を足した。

トイレから戻ると蹴り上げた布団はくしゃくしゃになっていて見窄らしい。敷布団にははっきりと私が寝ていた跡が残っている。

起きたなぁと思う。今日の最初の「面倒くさい」を乗り切ったなと思う。

すると耳元で誰かの声が聞こえた。

「ほら、布団はまだ暖かい」

もう一人の私はなかなかにしぶとい。

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