まばゆい記憶、而して眠れない夜
眩しい。
眩しい。
眩しい。
私をとりまく人々の、何て眩しいことか。
目がくらむ。
まばゆい光が私を照らし、この身に潜む不出来な影を露わにする。
彼らにできることが、私にはできない。
なんて、なんて、惨めなことか。
努力はした。
でも、果たし切れなかった。
必死に彼らと同じであろうとした。
でも、為り切れなかった。
できない。
できない。
できない。
彼らの輪の中に入り、彼らのように振舞うものの、やがて必ず破綻する。
その度に、根本から出来損ないの私では、到底無理なのだと思い知らされる。
私は、私をとりまく人々と、同じようにありたいだけなのに。
私は、心優しき人々と、穏やかな関係を持ちたいだけなのに。
ただそれだけのことが、できないのだ。
嗚呼、なんて、惨めなことか。
誰のせいでもない。
ただ私が、私自身が、私の心が、彼らの光に耐え切れないのだ…。
世界はあまりにも眩しい。
眩しくて、まばゆくて、私はその中にいられない。
死なせてくれ。
私はこの世界と馴染めないのだ。
彼らのように輝くことも、その輝きを見続けることも、できないのだ。
もう何も見たくない。
聞きたくない、知りたくない、感じたくない。
どこをどう切り取っても、世界は私にとって眩しいだけ。
この世でただ一人の出来損ないに、許される場所などない。
それなのに、嗚呼、なぜ?
手放したはずの生がまだ私の内にある。
それなのに、嗚呼、なぜ?
私は輝かしき過去を夢に見る。
なぜ、なぜ、なぜ。
私は、もう、苦しくて、堪らないというのに。
救いの死は訪れない。
もがき苦しみ伸びた手が、また、彼に。
彼に掴まれた感覚がして私は目を開けた。
***
質素な天井が視界に滲む。静かな夜気の中、私の呼気だけが乱れていることが分かった。中空に伸ばされた私の手が、ひんやりとした手に掴まれている。
彼だ。私はベッドに寝ていた。嗚呼、そう。寝ていたのだ。生きている人間は夜に眠るものだと、彼がそう言ったから。だから彼を真似て横になり、目を瞑ったのだ。でも駄目だった。私は幾夜も眠ることに挑戦したが、いまだ成功していない。夜が明ける前に起きてしまうのだ。こうして、過去の光を夢に見て。その眩しさにもがき苦しみ起きてしまう。私は、一晩眠ることさえままならない。何て、惨めなことだろう。こんな有様を、彼は何度も見てきたはずなのに、それでもまだ眠れと私に言う。こうして泣き腫らし目覚める度に、私の手をとって静かに見守っている。いったい、彼は何がしたいのか。
私は毎晩繰り返される責め苦に嫌気が差していた。
「……もう、止めにしませんか…。私に眠りは必要ありません。この目を瞑っても、心休まることはないのです。静かにしていますから、私を寝かしつけるのは止めてください。眠ることなど出来ないのです。こんな事をしても無意味です」
言葉に出すと一層惨めに感じる。
それでも、私は彼に諦めて欲しかった。
私はただの死に損ないで、生きているわけではないのだ。死にすら見放された存在が、人のように振舞えるわけもないのだ。ただそれだけの事実を、分かって欲しかった。
でも、闇夜のような黒い目と、三日月のような宝玉の目は、にたりと意地悪く笑う。
「無意味なんかじゃありませんよ。今夜は、昨夜よりも少し長めに寝ていました。少しずつですが、ちゃんと慣れてきています。百年以上眠らずにいたのですから、焦らないで。それに、アナタが隣で寝てくれていないと、ワタシもおちおち眠れません」
「……なぜ?」
「だって、アナタ、ワタシが目を離したら、また胸にナイフを突き立てるでしょう? そうしなくても、海が恋しくなって、宿を出て行ってしまうかもしれない。ワタシはやっとの思いでアナタを陸へ引き上げたのに、また船に籠られたら困ります」
彼はそう言いながら私の手を引き、半身を起こさせた。
そっと抱きしめられる。
私の体が、彼に縫い留められる。
優しいふりをして、何て酷い仕打ちだろう。彼はただ自分が愉しみたいだけに、私を陸へ縛り付けているのだ。私の船を訪れていたときも、私を船から連れ出したときも、こうして私と旅をしているときも。彼は彼のやりたいようにしているだけで、私のことなど考えてはいない。
これは相手を思いやる気持ちなどではない。
思いやりとは、慈しみとは、もっと清らかで美しいもののはずだ。
これは違う。
これは、これは、これは、これは…。
………違う。違う。
何かは分からない。でも、優しさなどでは、きっとない。
彼はそんな男ではないし、私にはそんなものを受け取る資格がないのだから。
違うのだ。
違うのだ。
そんな温かなものではない。
「…あなたは私をどうしたのですか……?」
でも、違うはずなのに、私は彼の腕から逃れられなかった。
どうすれば良いのか分からない。
心地よいと感じている自分がいる。
彼の腕が私の形を保ち、泡となって消えてしまいそうな私の意識をつなぎ留めている。
私と同じ冷えた体。
千年を生きる不死の宝玉。
人ではない彼だからこそ、人ではなくなった私の隣にいられるのだ。
なんて残酷なのだろう。
私は人として死にたかったのに、これではますます遠ざかってしまう。
嗚呼、なんてこと、なんてこと……。
「焦る必要はないのですよ」
私の心を読んだかのように、落ち着いた声がそっと響いた。
冷たい体が私に寄り添う。
その人ではない体温が、私を安心させる。
「今はできなくても、続けていればいつかはできます。アナタはアナタの速度で進めばいい。誰かと比べる必要も、誰かと比べて傷つく必要もないのです。誰一人として同じ存在はいません。同じように見えても、まったく異なる個体なのです。歩調のあう相手もいれば、あわない相手もいる。あわない相手に、無理にあわせる必要はない。世間すべての人間がアナタにあわずとも、ワタシがいるじゃあないですか。アナタが眠れるようになるまで、何年かかろうと何十年かかろうと構いません。百年を越えたって、ワタシは待っていられます。アナタが世間とのずれを何度嘆こうとも、こうして涙を拭えます。ねえ、ほら……世間とアナタは違っていても、ワタシとアナタはなかなか近しい存在だと思いませんか?」
彼の手が私の涙を拭う。
分からない。
生を愉しんでいる彼が、自分に近しいとは思えないのに、でも、言われてみれば、不死の体を持つ者として、近しいところもある気がする。不出来な私でも、長い時間をかければ人並みになれると言うのなら、その途方もないであろう時間を待てるのは、確かに彼しかいないだろう。
窓から月明りが零れている。
いつになれば夜が明けるのか。
眠れない私にとって、これほど苦痛な時間はない。
「……喉を切って、意識を飛ばしては駄目ですか?」
「それは寝るうちにならないでしょう。ワタシがついていますから、さあ、もう一度横になって。怖い夢を見ても、悲しい夢を見ても、目を開ければワタシがいますから。安心して休んでください」
私は幼子のように寝かしつけられる。
質素な天井が私を見下ろす。
眠ることが怖い。眠ればまた、かつて私を取り巻いていた、愛しい人たちの夢を見るだろう。
私はあの輪を愛していた。
愛しているのと同時に、苦しく思っていた。
彼らのせいではない。
私が、この不出来な私がそこに混ざってしまうことが。私という汚点が、あの美しい輪を損なってしまうことが。それが苦しくて苦しくてならなかったのだ。
どう足掻いても駄目だった。
私はまばゆい光になることも、近付くこともできず、ただただこの身に落ちる影を伸ばしただけだった。
嗚呼、だから、せめて、幸せなうちに幕を下ろしたかったのだ。
幸せな思いのまま眠るように死ねば、ハッピーエンドで終われると考えたのだ。
でも、私だけが、取り残された。
眠れない。
眠るという、簡単なことさえままならない。
私のような出来損ないが、どうして生まれてしまったのか。この輝かしい世界に、まばゆい人々の間に、私のような存在は必要なかったはずなのに。生まれてしまったばかりか、死ぬことさえ丁度にできず、今なお留まり続けている。何て不甲斐ない。何て浅ましい。
嗚呼、なぜ、私など、私など……。
「トトー」
それでも冷えた手が私に寄り添う。
ないはずの温もりが私を暖める。
「じきに夜が明けます。それまで、もうしばらく目を瞑ってごらんなさい。大丈夫、ワタシがついていますから。ね。おやすみなさい、トトー」
窓から月明りが零れている。
私はやはり眠ることが恐ろしく、その淡い光が朝日に変わるのを、じっと見つめて待ち続けた。
2021/12/23