4.5話(桐山胡桃視点) 悩みのタネ
あー、行っちゃった。
神来の背中を見送って息を吐く。
……いつになったら話せるんだろ。
ただお礼を言うだけなのに。
助けてくれてありがとう、って言うのがこんなに難しいなんて。
「どうかしたの?」
美鈴ちゃんが私の様子を過敏に感じ取って心配してくれる。
「ん、なにが?」
「だって今、すごい落ち込んだような感じだったから」
「あ……っそう。ううん、平気だから」
そんなに顔に出てたかな。
てか、神来にも変なこと思われてないよね。大丈夫だよね。
「平気ならいいんだけど」
そう言って美鈴ちゃんはぱくぱくと軽快に食べ進めていく。
ふと半年前のことが頭に過る。
歩きスマホをしながら横断歩道を渡っている最中、突然誰かが私を押し倒した。
もちろんびっくりしたし、怖かった。けど、本当に恐ろしいのはこの後。
神来玲二が交通事故に遭った。
私が歩きスマホなんかしなければ、そう今でも夢にまでみることがある。
彼の半年間を奪ってしまったのは私のせい。これは一生かかっても取り返すことのできない後悔の傷。
高校三年間のうちの半年がどれだけ貴重か、勉強ができない私だけれどそれくらいはわかる。
怒ってるかな。
辛かったかな。
寂しかったかな。
わからないや、私は神来じゃないから。
……やっぱりお礼と謝罪を言わなきゃダメだよね。
でもどうやって、そんなことを考えながら私は一言、告げる。
「あのさ、美鈴ちゃんは神来のことが好きなの?」
冗談めかして聞いてみた。
いつも美鈴ちゃんが神来のことを深く追求してくるのは好きだから、それ以外に何があるというのか。
「そうかも、しれないね」
やっぱり否定しない。
「なんで」
「ヒーローみたいでカッコいいじゃん」
「…………」
確かに、そうだけど。
でもそんな一言で片付けられたら、苦労はしない。
「そうは思わない?」
私は別に助けられたことを言いふらしたりしてない。
どこから神来が助けたという話が広まったのかわからないけれど、その認識を皆がすればするほど私の罪の意識は大きくなっていく気がした。
「……そうかもね。ヒーロー、って感じしないけど」
「そんなことないよ」
わからない、なんでそんな言い切れるのか。
だって美鈴ちゃんは何も知らないはずなのに。
「見てればわかるよ、神来くん優しいよ」
「ねえ、もしも神来に助けられたのが美鈴ちゃんだとしたら、どうする?」
面食らったような顔をする美鈴ちゃん。
こんな顔したの初めて見た。
静かに質問の答えを待っていると、暫くして彼女は口を動かす。
「ないしょ」
乾いた笑いが私の口からこぼれた。
こんな仮定に意味がないことを知っている。
……ありがとう、って伝えたい。