3話 俺の幼馴染
翌日。
少し早く学校に着いた。
昨日、一条美鈴といい感じの雰囲気になったせいか心躍って眠れなかったのも影響してるだろう。
だが誰も彼もが皆、俺と同じで気分晴れて早々に学校に来ているわけではない。
俺は、また一人。窓の外を眺めている幼馴染を見つけてしまう。
教室には数人しかまだおらず、話しかけるタイミングとしては絶好だ。
呼吸を整えてゆっくりと彼女の席へ近づいて行く。
「おはよう」
ぶっちゃけ会話しなさ過ぎてもはや他人以下、知り合いに届いてるかすら怪しい。でも確かに俺たちは幼馴染だった。
「おはよ」
こちらに視線は向けず、冷たく一言返す。
一人でいることを除けば、この初野舞花は俺の知ってるあの初野で間違いない。
「昨日も一人だったな」
「話しかけないで」
本当に変わってない。
俺が交通事故で入院、少しの心配もなかったのだろうか。
今はこんな関係でも、俺としてはせめて友達として彼女と昔の関係に戻れたらと思っている。
「一人も悪くはないだろ」
「話しかけないで! って、聞こえないの」
ここでようやく彼女は俺の方へと首を向ける。
運動部の活発さ溢れるショートヘアー、鋭い目つきは昔も今も変わらない。
「久しぶりに顔合わせたんだし、少しくらい会話してもいいだろ」
「きもっ、話しかけないで。学校では二度と口利かないって言ったじゃん」
わかってたよ。
こんな罵倒されることなんて承知済み。
それでも話しかけるのは俺がマゾだからか。いや、違う。
「まあ、力になれることがあれば手を貸すよ。一応、俺だって中学のことは申し訳ないと思ってる」
中学の時は今ほど彼女と関係が拗れていなかった。
俺が告白してしまったのがまずかったかもしれない、たまにそう思うことがある。……まあ、多分してもしなくても変わってないかもしれないけど。
退院報告これで終わり。
そう思ってくるりと背を向けると、ワイシャツの裾が軽く引っ張られた。
「……待って」
若干、頬を赤く染めながら初野はぼそぼそっと喋る。
「力、貸すんでしょ」
「あ。まあな」
一瞬、なんのことを言ってるかわからなかったが大体理解した。
「俺が力になれることなんて限られてるけどな」
「……別に大して期待してないから」
「そうかい。で、どう手を貸せばいい」
ごくりと固唾を飲み込み、初野は喋る。
「私をリア充にして欲しい」
「は?」
陰キャの俺が、陽キャのお前をリア充にする。
全く意味がわからない。
「あんたの力なんか本当は借りたくないけど……、しょうがないでしょ!」
「いや、でもな。俺、陰キャだし」
「そんなことない」
「キモいって言われたしな」
「あれは内輪ノリってやつ」
「友達少ないし」
「それは本当」
「…………」
しかし、状況的に見れば俺の方が立場が有利なのはわかる。
今まで話したこともない複数の女子と接点を持った俺、誰とも接点を持たなくなった彼女、火を見るより明らか。
まさか直接的にこんなお願いをされると思わなかったけど、それでも俺は嬉しかった。
こうしてまた初野と関わることができるからだ。
俺は彼女と絶交したいわけじゃない。昔の気の合う友達でいたいだけだ。
「ちなみに、具体的に何をすればいいんだ」
「うーん、まずは友達が欲しい」
無難だな。
でもそうなると、俺の出番はあるのだろうか。
「あ、やっぱり彼氏かな」
「……か、彼氏?」
「玲二じゃ、女の子の友達を紹介するってハードル高すぎ。それなら男の方がいいでしょ」
いや、それはお前の勝手な思い込みであって俺だって今なら女の子の一人や二人くらい紹介できるに決まってる。
それに彼氏って、いきなり話が飛躍し過ぎだろ。
「男友達ならまだわかるが、彼氏は難易度ゲキ上がりだろ」
「うーん、そうかな?」
不思議そうに小首を傾げる初野に、普通にドン引きした。
あ、そうか……。こいつ中学時代もやたらモテてたし、高校でも何人かに告白されたという話は聞いたことがある。
どうせ俺は彼女なんていたことねえよ。
「ほら、あそこの席の」
まだその人物は来ていないようで、初野は空席を指差した。
昨日、ようやく学校に復帰したばかりの俺には誰なのか把握することは難しい。
でもまあ、ターゲットはわかった。
「それで、どうすんの」
「玲二が話しかけて私を紹介すればいい」
「……丸投げすぎだろ」
「力貸すって言ったじゃん」
そういう意味じゃねえんだけどな。
相変わらずの我儘っぷり、嫌気が差す程。一人になって大人しくしているかと思えば、中身は全然変わってない。
これ話しかけない方がよかったかも。
「昨日、一条さんと帰って楽しかった?」
「よく知ってんな」
「私、あんたの幼馴染だから」
不敵に笑う初野舞花の表情はどこか切なく悲しかった。