2話 誰の親友
「おいっす、玲二くん!」
ホームルームが終わり、一時間目の授業の準備をしていると誰かが声をかけてきた。
中学、高校と休み時間にこうして話しかけられることなどかったからか、反応するのに少し時間がかかった。
「……あ、えっと」
「忘れちゃった? 桃井香織だよ」
「いや、そういうわけじゃなくて」
忘れるわけがない。
彼女を端的に言うなら、俺の幼馴染の初野舞花の一番の親友。さらに初野と一緒に俺を無視してきた人間。
今更、一体なんの用だ。
「玲二くん、なんか元気なくない? 久しぶりの学校楽しくないの」
お前が居るから嫌な気持ちになっている、とは言えない。
「悪いが今は一人にさせてくれ」
「っそ、じゃあどっか行く」
神妙な声音と表情で伝えると、桃井は軽く頷いて立ち去って行く。どうせ初野に言われてからかいに来たとかそんな感じだろう。
高校に入学当初も俺にちょっかいを掛けに来ていたことがあった。
桃井の背中をぼーっと眺めていると、初野の元には行かずにリア充グループに合流する。その中に、初野はいない。
……同じクラスじゃないのか。
小中高、と一緒だったせいか不思議と二年になっても同じクラスにいると思ってしまったかもしれない。
そう思って周囲にいる連中を見渡すと、見知った顔が一人。窓側の席に座っている女の子を俺はよく知っている。
男女分け隔てなく友達がいて、顔も広くて社交的。顔もスタイルもよく皆からの注目の的だった彼女、初野舞花はつまらなそうに窓の外を眺めていた。
「神来、さっきぶりだねぇー」
ふと視界の外から現れた桐山胡桃に驚きながらも俺は答える。
「どうかしたか?」
「ううん、別に。ただ話したいから話に来ただけ」
そ、それって……。
ちょっとドキッとしながらも俺は平静を装って言葉を続ける。
「ちょっと聞きたいんだけど、初野舞花ってどうしたの」
「どうしたの、ってどういうこと?」
「いや、以前と様子が違うような気がしてな」
「あれれ、神来は初野ちゃんのことが好きなのかなぁー」
「そういうのいいから。……初野ってもっと目立ってたよな」
運動神経も頭もいい、あんな静かで落ち着きのある女じゃないことを俺は知ってる。
少し表情を暗くした桐山はぼそりと呟いた。
「……部活辞めてからかな、元気なくなったの。ケガしちゃったんだって」
桐山と初野は特別仲が良いわけじゃなかったと記憶している。だからだろうか、初野への言葉が他人事のように感じた。
別にだからどうした、ってわけじゃないんだが。
「……へぇ」
「あっ、そう言えば初野ちゃんと神来って幼馴染なんだっけ?」
納得したように頷き、すっきりした顔を見せる桐山。
元々、バレていることなので隠さずに俺は肯定する。
「まあな」
「でも、意外だね。幼馴染なのにケガしたこと知らないんだ」
「付き合ってるわけじゃないし、あいつは俺のこと嫌いみたいだしな」
「ふーん、神来も大変だね」
ここで一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、桐山は俺の席を後にした。
◇ ◇ ◇
放課後、俺はとある人物に呼び出されていた。
正門で待ち合わせしていたのだが、もう既にその子は待っており、駆け足で近づいて声をかける。
「あ、あの用ってなにかな」
慣れない会話に嚙みながらもなんとか最低限の言語を話す。
俺の待ち合わせ相手、一条美鈴もまた緊張気味に返事をする。
「とと友達として放課後、遊びたいなぁー……と思いまして、はい」
「そうなのか」
品のある佇まい、育ちの良さそうな清潔感溢れる見た目は正に理想の女の子と呼ぶべき姿に相応しいわけだが、そんな女の子と会話をしている現実にしっくりこない。
俺と彼女は一年も二年もクラスが違う。なのになぜこんな積極的に声をかけるのか理解ができない。
「ど、どこに行きますかっ」
まるで初々しいカップルのような言葉のやり取りに妙なむず痒さを覚える。
俺は一体、何を言ったらいいのか。
ラノベや漫画でしか恋愛を知らない俺にとってこれは東大試験よりも難しい。
「取り敢えず、ここから離れようか」
さっきから何やら男の痛い視線が俺に突き刺さってる。そりゃ当然か、だって一条美鈴というのは学園一と言っても過言じゃないほどに美人だからだ。
高校の最寄駅を目指して歩く最中、俺と彼女の間に交わされる会話はない。
……まじで気まずい。
「あの、どうして俺と友達に」
何も喋らない空間に耐え切れずに質問する。
「聞きました、女の子を守ったから事故に遭ったんだって」
何の躊躇もなく言われ、少し戸惑う。
「知ってるのか」
「私だけじゃなく、学校中の皆知ってますよ。だから私以外にも、その神来くんが気になる人いるんじゃないかなと」
「え?」
今、気になるって言ったか。
状況を整理していると、先に一条がぶんぶんと手を振って否定する。
「気になるっていうのは知り合い、とか友達になりたいという意味で決して特別な感情という意味ではないので」
「そんな必死に否定しなくても」
もしかしたら、と思ってしまったが杞憂に終わったわけか。
でもだ、一人も友達いなかった俺だが気に掛けてくれる人がいるっていうのは嬉しいものだな。
多分、一条さんも気を遣って俺に喋りかけてくれるのだろう。
「なんか、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ友達になっていただいて嬉しいです」
可愛く笑顔を振る舞う一条を見ていると、半年の代償も悪くはないと思ってしまう。
「あ、あの一条さん」
「ごめんなさい」
「え?」
「迎えの車が来たから先に帰るね」
あっ、そういうことね。
告白する前にフラれたのかと思った。
……っておいおい、よくねえよ。いきなり何言おうとしてんだよ俺は。
とりあえず一条は可愛いな。