1話 昔の今
「もう、そういうのやめよ」
中学の卒業式。
幼馴染の初野舞花に言われた一言は今でも忘れない。
身近にいたから好きになってしまったのか、彼女だから惚れたのか、今考えてもわからない。でも俺、神来玲二は間違いなく彼女のことが好きだった。
俺は彼女とどうなりたかったのか。
幼馴染という何とも言えない距離感が丁度良かった、その空気を感じ取れていれば俺は今でも彼女と仲良くいられただろうか。
いや、既に中学で仲は良くなかった。
俺は運動部に入っていたけれど三年の夏はベンチにすら入れない、逆に彼女はテニス部のエースだったしリア充グループに属する舞花にとって俺はどう映っていたのか、想像するのも怖い。
ここで俺は彼女に見限られたんだと思う。
なんてことを考えながら俺は二学期の始まりに憂鬱さを覚えていた。
高校一年も半分が過ぎて、そろそろ仲のいい友達とウェイウェイしながら彼女と楽しく高二を迎えるのが理想。
俺は今、真逆を行っている。
友達は一人もいないし、彼女なんてもってのほか、毎日ぼっちというのは慣れればどうってことないが、ふとした時にダメージを負うこともある。
鬱になりそうな気分を無理やり上げて、俺はゆっくりギコギコ自転車を漕ぎながら高校へと向かう。
その時、ふと危険予知に似た感覚が頭の中を突き抜けた。
右に顔を向けるとたった今、横断歩道を渡ろうとしている女子高生が視界に映る。スマホを見て歩いていて如何にも危なそう。
不安な感情を抱えながら様子を見ていると、次に視界が捉えたのは大型のトラックだった。
スマホに夢中なのか女子高生はトラックの存在に気付いてない。
ドライバーからは死角で見えないのか、何の迷いもなく曲がろうとしているのが直感でわかった。――わけもわからず自転車から飛び降りて俺は走り出していた。
そして俺は交通事故に遭った。
◇ ◇ ◇
異世界転生、なんてことを思ってた時期がありました。
俺が走ってきたことに気付いたドライバーのお陰で一命は取り留め、ケガも何か所か骨折程度で済むことができた。
入院中、クラスメイトの誰かが見舞いに来てくれることはなく陰キャらしくぼっちを貫き通した。
だがせめて助けた女の子くらいは来てもよかったのではないだろうか。
一世一代の大仕事をやってのけたわけだし、神も少しくらい俺に優しくてもいいのではないだろうか。
そんな愚痴をこぼしながら俺は入院中、やることもないのでリハビリがてら筋トレに励む。
結局、高校一年の後期は全て病院で過ごすことになった。
で、高校二年になったと同時に俺は学校へ復帰。
不慮の事故ということもあって二年に進級することが許された。入院中は暇だったので一応、勉強もそれなりやって来たし問題はないだろう。
……問題は、俺の居場所がより一層なくなっていることだ。
今もこうして俺の事件を知ってる人間が噂している。さっきから視線の刺さり方がむず痒く鬱陶しい。
これが注目を浴びるというやつか、人生で初めての体験だ。
「おはよー、神来」
俺はこの女の子を知っている。
一年の頃、同じクラスでリア充グループに属している。髪色も少し染めててアホそうな顔をしているのが特徴だ。
はっきり言って接点はなかったが、なぜ挨拶。
「お、おはよう、……えーと」
顔は覚えてるが名前は出てこない。
「そ、そっかぁ。入院長かったから忘れちゃうのもしょうがないよね。私の名前は桐山胡桃、二年も同じクラスなんだから覚えてよね」
「ごめん」
「てか、なんかカッコよくなってない? そんな雰囲気だったけ」
これはお世辞か、本気か、冗談か……全くわからん。
せめてもの神様からのささやかなプレゼントということだろうか。有難く受け取っておこう。
「半年以上、顔合わせてなかったんだし新鮮に感じるだけじゃないか」
そう半年。
高校生活三年間のうちの半年はあまりにも長すぎる。
しかしだ、半年前には女子とも喋らなかった俺が今こうして喋っている。おい、これは夢や幻の類いじゃなかろうか。
「そうかもね」
あはは、っと笑う桐山に対して俺はぎこちなく笑って答える。
ここで会話が一旦、止まって俺と桐山はお互いに口を閉ざす。……話す用もないのに話しかけないでもらえますか。俺、こういうのマジで苦手なんですけど。
「あっ、美鈴ちゃんだぁ! それじゃ神来。また後で」
この心の声が漏れていたのか、桐山は知り合いを見つけてはすぐに向かって行った。
嵐のように過ぎ去っていく彼女の背中を見つめて俺は歩き出す。
「あの!」
顔を上げる。
完全に目が合った。今のは俺に言ったのだろうか。
「俺?」
「は、はい。そうです」
彼女の隣に立っている桐山があわあわとしている。
次から次へと一体、なんなのか。
「えと、なにか用だったりするのかな」
「あの、私、一条美鈴って言います。神来玲二くんとと、と、友達になりたいのでよろしければ家の住所と電話番号、それから連絡先とか交換しませんか!!」
最後の方はやたら早口で言い切った。
「は?」
「え、えーと今のはその……」
ま、まずいっ。人生で最大のモテ期を逃すわけにはいかない。
「友達なっていいよ、連絡先とか交換しようか」
あれ、ちょっと上からになってないか。
大丈夫か、やっぱり友達やめますとかそういうの無しな。
様子を窺っていると一条さんは慌ててスマホを取り出した。
俺たちの様子をずっと見ていた桐山さんは一条さんの手を取って、俺の方へ視線を向ける。
「予鈴なってるし、また後で! 神来くんもそれでいいよね」
「い、いいよ」
確かにこのままだとホームルームに間に合わない可能性がある。……じゃなくて、おい。一体なんなんだこれ、てかあれ、俺の学園生活ってこんな夢に満ちてたっけ。
と立ち尽くしていると一つ思い当たる節があった。
……そう言えば俺が事故に遭った時に助けた女の子がいたはず。
もしかしてその子が俺の武勇伝を吹聴してくれたとしたら、いやまさかな。