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日光を浴びながら、集落の長のところに案内してくれたのは、最初に私に飛びかかってきた、ブリスさん。彼は長の息子らしい。
長は少し腰の曲がったおじいちゃんだった。
「長のエヴラールという」
「ロクサンヌと申します。聖女です」
「…あんたがここの霧を払ってくれたのか」
「はい。瘴気を払うのは大得意ですので」
「本当に間違いないのか、ブリス」
「あぁ、この目で見た。それに、皆の傷を治すところも」
「…ロクサンヌさんや。あんた、なしてここに来よった。今更人間がわしらに慈悲でもくれてやるとでもいうのか」
「いいえ、私は死刑囚です」
「!?」
エヴラールさんとブリスさん、それから聞き耳を立てていた群衆から驚きの声が上がる。
「どういうことじゃ」
「婚約していた王太子が義妹になびきまして、義妹をいじめていたことになって、結界の外に放り出して死ねってことらしいです」
「…お前さん、義妹をいじめたのか」
「まさか!こう見えて忙しい身の上だったんですよ。そんな暇ありません。でもまあ、結果的には自由になれてよかったです」
私はあくまで笑顔でそう言い切った。
エヴラールさんは深く怨念の籠った声で言う、
「…儂らはあんたに感謝などせんぞ。今までずっと苦しんできた、長命ゆえ苦しみも長かった…」
「そうでしょうね。私も感謝しろなどと口が裂けても言えません。ごめんなさいとも、もっと言えません。私はあなたたちの苦しみをわかった気になるほどおこがましくはないです。でも…」
でも。
「これからの苦しみを取り除くことはできます。私はそれをしたいと思います」
まっすぐ、エヴラールさんに、そう言う。
「…もしも貴様が謝っておったら、わしはきっと、怒りを抑えることはできなんだろう」
「………」
「それで、これからどうするつもりじゃ」
「この領土の真ん中を教えてください。そしたら、そこから円を描くように、領土全体を浄化します」
「この魔王国全てを!?」
「あ、魔王様って実在するんですね。すみません学がなくて…」
御伽噺の、二本の角が生えた黒いローブ姿しか知らない。
「わ、我らの長じゃ。あの方によって統治されておるのがこの魔王国。そのすべてが浄化されると言うのか…」
「私なら出来ます。えっと、もしかしたら少々時間はかかるかもしれませんが」
過剰な期待をさせてはいけない。
「だからこの魔王国の中央の場所を教えていただきたいんです。そこでやります」
「魔王城じゃ」
「へ?」
「魔王城が中央に立つ形で、この領土は成り立っておる」
なんてこったい。
つまり魔王様にお願いしてお城に入らせてもらわなきゃならない。
さすがに魔王様と戦った事はないし、多分負けるよなあ…勇者とかじゃないし…。
「…少し待て」
エヴラールさんは一旦家に引っ込んだ。その間、ひそひそと私の噂をするドラゴンの皆さん。亜人ってだけで、人間と全然変わらないのに、ときには人の方が醜いのに。人っていうのはどうしてこう残酷なことができるんだろう。
しばらく待つと、ようやくエヴラールさんが出てきた。そして、一枚の手紙を渡してきた
「…あの、これは」
「儂から魔王様への嘆願書じゃ。貴様の能力は本物のようじゃからの。ただ、こんな辺境の地の長の言葉が、どれほど役に立つかは知らん」
ぷい、と横を向いてしまうエヴラールさん。その横顔は少しだけ打ち解けた気持ちにさせてくれるものだった。