26
城のテラスに出ると、夜風が気持ちいい。
「今日はありがとうございました」
「礼を言われるようなことじゃない」
「いいえ!ナタニエルが素敵な魔王様だから、こんなに素敵な結婚式と晩餐を過ごせたんだもの!」
「…そうか」
彼の笑顔が嬉しい。
愛おしいと思う。
ゆっくりと近づいてくるその影、テラスに並べば、赤い目は一番星を越える宝石だ。
「私、きっと、使用人みたいな扱いも、聖女として泣いたり笑ったりしちゃいけない生活も、嫌だったんです。やっとそれがわかったんです。幸せになりたいって、そういう欲望を抱いて、そのときにはもう、幸せだったんです!だから今が夢みたい!」
「夢では困る」
彼の手が伸びて、私を抱きしめる。
ナタニエルの体温が、心臓の音が、聞こえる。
「…初夜、ですね」
「そうだな。だが無理しなくていい、お前は――」
「いいんです。ううん、あなたを求めたい」
ナタニエルが背に回した手に強い力を感じる。
「貴方が、欲しいの」
私はゆっくりと目を閉じた。唇が、そこに降ってくる。
「それも、欲望か」
「はい、私の」
「その…一線を越えてしまえば聖女としての資格を失う訳ではないのか」
「神の御子は死ぬまで神の御子です。そういうのは関係ない、って天啓が」
「天啓?」
「教会では厳しく律されていたので、神様が心配してくださったんです」
「…そうか」
彼は私を横抱きにすると、ゆっくりと部屋に戻る。テラスの扉を閉じると、部屋はしんと静まり返った。
「もし私が死んだら、この城の物見台に描いておいた魔法陣に、誰でもいいので淀みが出る度に魔力を通して下さい。そうしたら、城にいるまま、淀みを消し去ることができます。私の研究の成果です」
「…結婚初日に縁起でもない話をするな」
「大丈夫ですよ、老衰で死ぬまで、しっかり行ききるつもりですから!ただ、ちゃんと自分の死んだ後のことも考えないといけません。聖女も世襲制ではないので」
「そうか。…おまえはいつもおかしなやつだったな」
「あーっ笑いましたね!」
「それが俺の惚れた女だと思うとおかしくてな」
あっというまに頬が熱くなる。ゆっくりとベッドに横たえられた身体に、胸がドキドキする。
「…ナタニエル」
「…ロクサンヌ」
口づけを繰り返しながら互いの名前を呼ぶ。
「俺の、俺だけの花嫁。…幸せにする」
「もうとっくに、幸せですよ。それに私もナタニエルを幸せにします」
「それこそ、今更だ。俺もお前が側にいるだけで、心から幸せを感じているよ、ロクサンヌ」
ふたりは想いを通わせたまま、唇に頬笑みを浮かべ、もう一度柔らかく口づけをした。
そして夜は更けていった。