22
湖畔の別荘へは、ナタニエル様の転移魔法でひょいっと飛んだ。そこは他に人のいない、湖の向こうには美しい山脈のある、理想的なリゾート地で、別荘は貴族のタウンハウスみたいに大きかったけれど、白に統一されたそこはやはりとても美しかった。
「こけるなよ」
はしゃぐ私にナタニエル様がいう。
「こけたら支えてください!」
「まかせろ」
私たちは笑いあった。静かに風が吹き、クラリスさんが被せてくれたつばの広い白い帽子と、同じく用意してくれた白くてひらひらとしたワンピースが揺れる。
ナタニエル様に手を引かれて、小さな階段をのぼり、テラスを進んで両開きのドアを開ける。
「わあ…!」
そこにあったのは、全面ガラス窓に淡い色合いのラグ、白いテーブルと椅子、天井には小ぶりなランプがぶらさがっている。
更に私が驚愕したのは、2階の部屋がまるごとぶちぬきでⅠ部屋しかなかったこと。
2階はプライベートルーム、つまり寝室も兼ねているわけで。
ベッドは確かにふたつだったけど、その真ん中にはパーテーションしかなかった。
「ナタニエル様ぁ!?」
「寝台はちゃんとふたつに分けているだろう」
「それは詭弁ってものでは!?」
ナタニエル様はそれはもう嬉しそうに私の反応を見ている。わかってたでしょ!?わかってたでしょこの反応!?いじわる!!
「嫌か?」
「…………………………嫌では、ないですけど」
これくらい…良いよね。うん、そう自分を納得させる。
窓を開ければ湖とそれを囲む森、山脈が見渡せる。その時風がざっとふいて、帽子が湖の方へ飛んで行ってしまった。
「あぁっ」
慌てて手を伸ばしても届かなくて、あわや水浸しかと思ったら、帽子は湖の上に行儀よく着地した。
「魔術で水の上に膜を張った。今なら歩けるぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ。また飛ばされる前に取りにいってこい」
「はい!」
慌てて階段を駆け降りる。後からゆっくりと折ってくるナタニエル様の気配がする。
水の上へちょいと足先を乗せて、それから跳ぶように帽子に向けて走って行くと、無事に帽子を手にすることができた。振り返ればテラスで私の方を眩しそうに見ているナタニエル様が見える。
嬉しくて水の上を散歩していると、ナタニエル様も水上をゆっくりと歩いて近づいてきた。そして私の前髪にそっと手を伸ばし、少しだけ額が出るようにすると、
「ロクサンヌ、きれいだ」
そんなふうに直球で褒められる。自分でも耳まで赤くなっているのが分かってしまう。
「ナタニエル様のほうがきれいです…」
「ではお互い様ということで」
くすりと笑うその仕草がまたきれいなんですよ…!
ナタニエル様は私の手を取って、湖の縁まで歩く。そして、
「そろそろ『様』はとれていいんじゃないのか?」
といった。
「一緒に旅行までする仲だろう」
そういえば私だけずっと様づけだった、だって最初の謁見の時の、魔王様!!っていうイメージが根本にあったから。
そっと相手を伺えば、わくわくした顔で私を見つめている。
「な、ナタニエル…」
恥ずかしさで声が小さくなるけれど、しっかり聞こえていたらしい。彼は私の腰を抱いて、くるくると回りだした。ひゃああ!