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「ここいらで、休暇でも行こうと思うが、どうだ」
今日もナタニエル様のお部屋でお茶とお菓子を頂きながら、突如として提案された言葉に私は目を丸くした。
「えっ休暇って、どこにですか」
「湖の近くに別荘を持っている。そこに行くのはどうだ」
「お仕事の方は」
「近日中にサインが必要なものは全部終わらせたし、ロドリグも暇なほどだ」
それはいいなあ。私は自分が自然と、この環境を受け入れていることに、少しずつだけど慣れてきていた。襤褸雑巾でも清廉でも過労でもない生活。最初は怖くてたまらなかったのに、今は可愛らしいワンピースも城下町の視察や草原への御散歩も、山のぼりも、素晴らしい薬草畑の観察も、エルフやドワーフのお仕事見学も。
久しぶりに最初に浄化辺境の街に行ったときは、エヴラールさんとブリスさんに改めてお礼を言えてよかった。というか街というより都市に変化していたのは驚いた、なんでも聖女が最初の浄化した場所として、観光名所になっているらしい。
立派になった領主館でエヴラールさんとブリスさん、というか主にブリスさんと話しているときにナタニエル様がなぜか私を膝に乗せて目をとんがらせていたのは謎だったけど。
私は少しずつ心から泣いたり笑ったりできるようになった。だって清廉もなにもない生活をしているのに、まるで神様は許して下さるかのように聖なる力が高まって行くのを感じる。そりゃあ私が堕落した生活をしていたら話は違っていたのだろうけど、毎日の御祈りは欠かさず、今日の嬉しかったことを御報告して、明日を楽しみにする気持ちをお伝えしているからだ、きっと。
それで、ナタニエル様の側にいると嬉しいと、自然と感じるようになった。婚約してるのに、だ。婚約なんてマイナスイメージしかなかった私の認識を、ナタニエル様は言葉通り見事に変えてしまったのだ。
まるで心の氷が解けていくように心がやわらかに癒されていく。好きなことができた、ナタニエル様と一緒にいること、話すこと、逆に悲しいことは、ナタニエル様とお会いできないこと、側にいられなくなること。
こうして私はお肉もお菓子も大丈夫に、というか大好きになって、今も三時のお茶とおやつだって、普通にいただいてしまっている。
「一週間くらい、羽目をはずそう」
「いいですねえ。みなさんで?」
「いや、ふたりきりだ」
「ふたりで。一週間。ふたりきりで」
ぷしゅーっと頭から湯気が出た。
「待って下さい、待って下さい!?ハードルが高いです!!それは未婚の男女にはまだハードルが高いです!!」
「寝台はちゃんとふたつに分けているぞ」
「それでも!!」
するとドアが開きまして。
「はーい旅行かばんは準備できております!」
「魔王様は魔術で料理ができるから大丈夫っすよ!」
「城の守りは儂らにお任せを」
「仕事の方も側近である俺がなんとでもします」
魔王様は彼らに視線を投げて、それから私を振り返る。
「だそうだぞ」
「皆さまお仕事早すぎます!」
ぐいぐい旅行かばんを押し付けてくるクラリスさんの圧しに負けて受け取ってしまった私に、魔王様は微笑んだ。
「気を張らなくていい、ただ楽しめばいい」
その笑顔にめっぽう弱い私は小声で
「…はい」
と答えるしかなかった。