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「なにを、……おっしゃっているんです」


 婚約。その言葉で思い出されるのは貴族たちの前で糾弾された記憶。感情を殺して受け止めた、あの一連の流れ。


「婚約って、いい思い出がないんです、私」


 それこそ泥水を飲んだような気分で言うと、


「だからそれを上書きしてやる」


 魔王様は何でもないように言う。真顔で。


「どうしてですか!?魔王様はれれれれれれ恋愛的に私のことを好きなんですか!?」

「今はまだ違う」

「ホワイ!?」

「だが、お前の忌まわしい過去を上書きすることはできる。婚約して、楽しいことをたくさんして、それで恋にならなければただの同居人に戻ればいいし、恋になれば昔の傷など簡単に忘れるだろう」

「………そんな」

「だから俺と婚約しよう。それとも親の了承が必要か?」

「いえもう家族は捨てたので」

「じゃあ二人きりの小さな約束だ。楽しいことをたくさんしよう、ロクサンヌ」


 私はもう、何も言い返すことができなかった。欲望はよくないもの。そう押し込んでいる私を、この魔王様は救おうという。救ったって何もいいことのない、矮小な小娘を。


「まずはその自己評価の低さからだな。お前は客観的に見て大変可愛いぞ」

「目ん玉腐ってるんですか…」

「クラリスもそう言っていた」

「…じゃあちょっと信じる」

「お前な」


 魔王様は少しだけ傷ついた顔をした。気のせいかもしれないけど。


「とりあえず名前を呼べ。迷いなくシャミナードを選ぶな。ナタ二エルと呼べ」

「はいひえい!?」

「復唱」

「な、ナタニエル様」

「よし」


 なぜだか満足そうなシャミ…ナタニエル様は私を抱えてとんとんと魔王城の崖を登った。


 夕日が地平線の向こうに沈んでいく。もうすぐ夜だ。


「では、婚約の証を」


 魔王様は懐から小さな箱を取り出した。そして、茫然としている私の左の薬指に、そっとはめこんだ。

 その指輪は薬指にぴったりだった。


 そして、もう一つの指輪を、私に渡す。


「つけてくれ」


 抵抗する気はもう起きない。ゆっくりと、少し震える指で、魔王様の左の薬指につける。それもやっぱり、サイズはぴったり。


 ふと、頬に温かな感触を感じた。それが離れてから、唇だと気づいて、私は真っ赤になった。動けない私を横抱きに抱え、魔王様は城へと帰る。そして私の部屋の前で、私を立たせると、


「今日のことを思い出しながら眠れ。ゆっくりでいい、心を開いてくれ」

「は、ひゃい…」

「ではおやすみ」


 こんなことを言われた私は部屋に入った途端に座りこんでしまった。



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