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魔王様が城下町に現れた、しかも人間と歩いている、つまり彼女こそが聖女、という情報はすぐさま城下町全体に周知されたらしく、会う亜人さんみなさん頭を下げてくる。
「あの、魔王様」
「ナタナエル」
「えっ」
「ナタナエル・シャミナード。俺の名だ。一応お忍びだからな、名前で呼べ」
「ではシャミナード様。あの、本当によろしいので?」
「平気だ。今まで魔王の仕事はなんだったと思う?」
「?えーっと」
「魔獣退治や集落間の諍いの仲裁だ。これが浄化とともに激減した。ロドリグは書類仕事を俺にやらせたがらない。よって俺はほとんどの時間、部屋か図書室にいる」
「そうだったんですか!」
もしかして起きてすぐのときに私が寝ている部屋にいらっしゃったのも、そういう事情があるのかもしれない。
「だからおまえには感謝している」
「えっ」
ふわり、と魔王様が笑った。眼鏡越しでもわかる顔の良さが、柔らかく笑むことで更に引き立つ。何人か町人が倒れる音がしたが大丈夫だろうか。
「今まできちんと伝えられていなかったからな。感謝している、と言っているんだ」
「そんな。できるからやっただけです」
「それを今まで、だれもできなかった」
シャミナード様の視線を追って城下町を見渡す。そこにはにぎやかな街並みがあって、笑顔と喧騒があった。
「自分が救ったものを見て歩くことも心の栄養だろう。さぁ行くぞ」
「え、はい!」
引っ張られるようにして街並みに入って行く。野菜や果実を売る店、食堂に飲み屋、宿泊施設もある。
それから明らかにカップル用のカフェ。そちらに向かってずんずん進んでいくシャミナード様を慌てて引きとめにかかる。
「待って下さい、そこはちょっと上級者向け過ぎます!!」
「だが俺もデートというとどこに向かえばいいかわからん。よってクラリスの案を参考にした」
「クラリスさーん!!」
力の差にあっさり押し負けて、店内に入る。
「好きなものを頼め」
「ではコーヒーを」
「…ここはチョコレートケーキが有名な店らしいぞ」
「コーヒーのみで」
「…なるほど」
シャミナード様は店員さんを呼ぶと、
「コーヒー二つにチョコレートケーキとチーズケーキとマカロンを」
「承知しました」
「シャミナード様食べますねえ」
「ちなみにお前の一番好きな飲み物はなんだ」
「泥水でも平気ですよ」
「会話がかみ合っていないな」
「はい?」
「飲んで平気なもの、ではない。好きなものを聞いている」
「………氷水?」
シャミナード様はすごく嫌そうな顔をした。