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「寝坊ー!!」
そう言って盛大に起き上がった、朝四時から清めの泉で水を浴びないといけないのに絶対に遅刻だこれえ!!だって体がめっちゃ寝ましたって感じしてるもん!!
と、思ったら。
「はれぇ」
頑丈だけが取り柄の体がまたすぽんと布団に戻ってしまった。
というかおかしいぞ、こんな豪奢なベッド。最高級のシーツと羽毛に挟まれてる感触がするもん。知らない天井だし。部屋はとんでもなく広くて、実家の伯爵家のリビングより大きい。ベッドは天街だ。花瓶に素敵な花が咲いている。えーっと。あ、そっか。
「追放されたんだ、それで10日断食して睡眠も碌にとってなくて…てことはいま瀕死かぁ私」
「状況整理が正確だな」
「それほどでも…って」
そこには魔王様がいた。
白シャツにスラックスで御本をお読みになっておられましてよ。大変に無表情であられましてよ。
一瞬全身から汗が出たが、はた、と気づく。今の魔王様には威圧感があんまりない。あんまりであって、あることはあるんだけど。
「今日はラフなんですね…?」
「敵とおぼしき者には威圧するさ」
あれって意識的威圧だったのか…コントロールできるんだ…すごいな…。
「礼については後ほどとさせてもらいたい、それより、」
魔王様は本を閉じた。そして、
「クラリス、食事を」
「いま用意させます」
視線をやると、きれいな金の髪を結いあげた侍女服のお姉さんが頭を下げて出ていくところだった。
「あ、ありがとうございます魔王様」
「お前が先に言ってどうする」
「でも、うれしいから」
へへ、と笑いかけると、魔王様は変なものを見る顔をした。
「そうだ、浄化!無事にできました、よね?」
「いま各地に伝令を飛ばしているが、概ね問題ないと予測されている」
部屋の窓から見える景色は一面青空だ。そっか、よかった。
「そっか。じゃあ皆さんの傷も治しておこっと。えー、『エリアヒール』」
これで魔王国全土のみなさんの傷が治ったはずだ。
そして私は上半身だけ前のめりにパタンと倒れた。
「あれ?」
「状況整理が正確だったという言葉は撤回する」
「アレー普段ならこんなの余裕なのに…すいません」
すると魔王様がすっと手を差し伸べて、私の倒れ込んでしまった上半身を起こし、枕に頭を置いてくれた。その手つきがとても優しいのでちょっと怖かった。
「食事の時も起きるな」
「えっ行儀悪いですよ」
「今のお前はゾンビだ」
「ひょえ」
「そう思って生きろ」
「肝に銘じさせていただきます…」
やがて給仕カートで、クラリスさんが温かいご飯を持ってきてくれる。穀物を柔らかく煮たものに、体にいいという温かい薬草茶。
ゆっくり、ゆっくり、体に染み込ませるように食べると、栄養が体にしみこむようで、幸せだ。
お茶も風味がよくって最高。
「あの、クラリス、さん?」
「はい」
「ありがとうございます。厨房の方にもお礼をお願いします」
「あら、こちらこそ。ふふ」
品よくわらって背を向けたその姿には黒い翼とハートがひっついた尻尾があった。サキュバスとかなんだろうか。