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今日はかねてより婚約関係に合った王太子と聖女の結婚式を開催する日程をお披露目する場である。そのような善き日、国の貴族たちはもちろんのこと、他国の来賓も招かれてのめでたき日である。その中で、肝心の聖女がエスコートなしで、ましてや通常の来賓の入り口から会場入りしたことは、貴族たちにとって驚くべきことであった。ひそひそとささやき声があちこちから聞こえる。私は背筋を伸ばした。黒髪をひるがえし、紫の瞳をまっすぐ見据え。そして、まっすぐ会場の真ん中へと向かい、私を避けて丸く人がいないそのなかで、まだ王も王妃も現れていない貴賓席から、まっすぐに私を睨みつける男――王太子エミリアンと相対したのであった。
「ロクサンヌ・リシェ!貴様との婚約は破棄する!!お前のようなものを王家に迎え入れることはできない!!」
その声はきらびやかな舞踏会によく響いた。しんと静まり返る会場、そして、絢爛たるドレス姿のなかに一人たちつくした地味な白い木綿の服を着た少女――私。
私をあげつらうものはいなかった、今までは。
だって聖女だから。
結界を維持し、国をまわって瘴気だまりを浄化し、人々の傷を治し、神に祈りをささげ、質素倹約、清廉潔白だと尊敬の眼差を受けてきた。
だけど、聖女であっても。自分は今からみじめな目に合うのだな、と、私は情も愛もない婚約者を見つめていた。
「貴様が義妹であるミリアンをいじめていたことは分かっている!」
4歳で母が儚くなり、義母と義妹に散々下働きさせられ見て見ぬ振りの父を軽蔑し、聖女判定で聖女と認められた12歳からは神殿で常に神官と共に聖女の活動をし続けていた、そんな私にいったいいつ私に苛めなどする暇があったのかしらね。
王太子に体を密着させすがりつく、義妹、ミリアンの潤んだ瞳。
「お義姉さま、罪を認めてください、私はそれだけでよいのです…!」
「ああミリアン、お前の心の優しさ、それこそが聖女の証。そう、そこの女は偽の聖女なのだ!!」
ざわめきが起こる。私が役目をはたしていたことは、貴族へ移民、共に知らないものがいないのだ。だからこそのどよめきだったが、高揚した王太子の耳には入っていないようだ。
「貴様はもはや不要、本物の聖女ミリアンがその席につく!そもそも妹をいじめるような性根の腐ったものが聖女を名乗っていたことこそが間違いだったのだ!!」
王太子はなおも言い募る。
「貴様の罪は重い、婚約破棄だけでは決して許されぬ!」
この愚かな男が国のトップについて大丈夫なのかな、ほんと。まあ神輿は軽いほうがいいというし、下が有能なら何とかなるのかな。
王太子は大きく息を吸った。これから最高のセリフを言うために。そして淀みなく、その言葉が発せられた。
「よって――魔王領への追放とする!!」
会場から悲鳴があがる。か弱い貴婦人が倒れる。
王太子は勝ち誇っていた。
抗議の声を上げようとして、拳をおろす貴族もいる。王も王妃もいない現状、王太子の一言で首が飛びかねないのだから賢明でしょうね。
私はそのどれでもなかった。ただ、しずしずと礼を取った。
「婚約破棄と追放、承知いたしました。おふたりともどうぞ、お幸せに」