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最終的に書きたいものの一部

短編 実験的な部屋

作者: 間開

今回は3つのお題ではなく、ある程度こういうお話を書きたいというものの、シーンを切り抜いた形になります。非常に読みづらくて長いです。

 相変わらずその部屋は不思議な臭気に満ち溢れていた。

 まず鼻へと到着する薬品の匂い、戸棚にならぶ取り扱いに注意が必要なそれらが発するものか、難燃性の机の塗料が原因かは分からない。どちらにせよここで長時間吸っていたいとは思わない香り。

 次に風に乗ってたどり着く古びた匂い。これは嗅ぎ慣れている、古い紙の放つもの。ほのかな墨の、頭が冴えるような香り。

 最後は人間由来のものであり、目の前の古城土先生が放つ……彼が臭いようだが、そうではない。加齢することで分泌される成分が滲み出てしまい、あまりにも長い時間この部屋に居るために染み付いた香り。私にとっては少なくとも不快ではないし、学生時代から変わらないその空気に、どこか懐かしさすら感じる。


 先生が資料を準備している間、いくつか考え事をしていた。代鬼憑とは何なのか。単なる言い伝えの一種だと思っていたものが銅冨家の蔵の中を見たあの時以来、本当にいるように思えてきた。そして調べていて大丈夫なのかと段々怖くなってきてしまい、核心に近づきたいのに近づけないでいる事。無意識下での防衛本能なのか、夢にまで出てくる石碑。


 ふと、先生がこちらを見つめている事に気づいた。体調でも悪いのかねと尋ねられたので、そうではない事を伝える。単純にこれから行われる事になんのメリットがあるのか分からない。少なくとも、知りたいという欲求は落ち着くでしょうけれど。十数年前から変わらない笑顔と共に「それで十分じゃないか」と正解を褒める教師のような柔らかい眼差しは、このむずむずとした感覚を幾分か和らげてくれた。

 

「さて、始めようか。」

 いくつかの紙片とノート、7枚の写真を並べ終えると、最終確認のようにこちらへ問う。

「ゴール地点は今まで調べたことのおさらいと、今後どうするかの決定。この二つで良いかね。」

 ええ、と短く返答しつつ。私もノートPCを先生にも見えるような角度に調節する。


「まずは一枚目。これは校庭の脇にあるものだね。」

 写真を指差しながら先生が確認する。左手でノートのページをたぐり、先生独自の見解をまとめた部分が開かれた。


●青帽子 見慣れぬ人と 都会人 御山越せて どこ行かれるか


「青帽子、当時のこの地ではあまり青い染料は使われていなかった。もっとも、資金力を持っていたいくつかの家では買うことが出来たのかも知れないが、その後の文字から異国の人と考えるのが妥当ではないかと。それで、山を越えてどこかに行こうとしている。」

 以前先生から聞いたものに違いなかった。


「次に平仮名へと置き換えたものを、当時の文献に擬えて変換したもの。」


○青星 身成れぬ火兎と 咎忌人 陰(怨)山こさえて どこ射掛(狩)れるか

「青星、シリウスに対して何か強い意味を持たせていたのか。火兎は鉄砲隊関連の書籍にこのような文言が出てきていたからそれかも知れない。咎忌人、については字のイメージ通りではないかな。オンの字は色々と当てはめることが出来るのでとりあえず入れている。射って狩る、の部分から狩野地方に残っている猪狩氏の事を指しているのかと思われる。ただ、このままでは狩ろうとしている対象が異国の者となってしまう。」


頷く。

人に対して弓矢を放つ、ということは相当な罪を犯したのか、あまり漏らしたくない情報を知られた為の口封じか。

「現時点でこれはここまで。次に移ろう。」


●迷い断つ 強東風(つよごち)乗する 失し花香 行くも来るも 漣のごと

「これは分かりやすい単語が並んでいるのでスキップしても良い。どちらかと言えばカバーを架けるための工作……と考えている。」 なぜカバーをかける必要が有ったのか、その部分が分からない。けれど、それは先生にも分からないのだろう。続く言葉を待つ。


○真宵辰 露御馳伸する 牛鼻か 遊雲来足るも 些事並みの如

「それで、変換したもの。秋山のじいさ……おっと、君の親父だな、失礼。所蔵しているもののうち、これがそのまま乗っていた。」 真宵辰は……確か、夜遅くに出歩いていた女性を丸呑みにしてしまったという伝承の怪物。露御馳は雨露に濡れたごちそうの事なのかも知れない。牛の鼻はあまりよく見た記憶も無いが、そこまで大きくは無かったし何かの隠喩なのだろうか。ただ、この一文には人名が入っている。


 遊ぶ雲、ゆくも。生徒の中にも同じ発音の名字の子――湯雲さんが居る。その後の文字から、救援にやってきたものの太刀打ちできない、とするのは早計か。


「漢字の当て込みがないだけ他よりも分かりやすいが、この人名が引っかかる。なぜここに登場させたのか意図が読み取れない。」

 確かに、そうだ。これ以上は何かの手がかりが無ければ深く読めないのかも知れない。


「次を見てみよう。これは中庭のだな。」

●木枯らしの 通る道辺に 白き月 恋焦がるるは 青髪の声

「ここで我らを悩ませる彼……もしくは彼女の出番となる訳だ。」


○子枯らしの 盗る身血紅 代鬼憑 乞い子が流るは 大神の声

「いくつかの歴史書、この地方に特化したものだが。それには飢饉があったと記載がある。それを元に字をあてている。」

 それは私が聞いて回った内容にも合致する。お土産屋でさんざ長話をされて、欲しい情報が出てきたのが最後の方だった。

 盗る、血という文字から「たろさ」の話を思い出す。太郎左衛門と呼ばれた若者が、食べ物欲しさに民家へ押し入り、子の前で親を殺してしまう。捕らえられた若者が流刑となるという、どこか悲しいお話。盗ったら島流しという叱り文句もこれから来ているようだ。

 そして、代鬼憑。この地で口にしようものなら誰からも相手にされなくなるような、忌まわしいものの名前。

「大体分かっているとは思うが、移代参りの副産物というか。この学園の現代祭にも関連のあるキーワードだな。」

 毎年行われる前期最後の学校行事。移す(しろ)のお参りから、(うつつ)と代の祭りに変化し、今の文字で定着したのだろう。読み方こそ「げんだいさい」となっているが、今の私なら文字を読めば想像がつく。


「後半部分は怪異の本によくある、赤ん坊が男の声で喋りだしたというようなものだろう。」

 あおがみ、おおかみ。あおーん。まだ十数分しか経過していないだろうに、脳が糖分を必要としているようだ。普段使わない部分を使われた頭からの緊急指令に、卓上の紅茶セットへと手を伸ばす。

「先生も飲みますか?」ティーバッグを二つ入れ、ポットのお湯を注ぐ。飲まないと言われても既に二杯分以上のお湯が入ってしまっている。

「いただこうか。」


 白い袋の中で、茶葉が浮かんでは沈む、という繰り返しを眺める。

 実験器具を彷彿とさせるようなその茶器は、周りの景色も相まって実験している最中のように錯覚させる。

 ティーカップへそれぞれの分を淹れ、おそらく学校の備品である――角砂糖の入った、本来薬物を保管するための容器を先生へと手渡す。見ていて口の中が甘くなるまで砂糖を溶かし、無言で容器をこちらへと戻す。私は二つ分だけをピンセットでつまみ、天秤へと載せるように、静かに紅茶へと沈ませる。「昔と変わらず遠慮がちだな」と愉快そうな先生は、一旦思考の外に置く。


 ここまではいわば前半戦で、既にある程度解読の進んだもの。おさらいのおさらいと言うべきか。

 前回までの授業内容は見直してきましたか、と優しく問いかける教師の姿を思い浮かべる。まだそこまでの境地に至っていない私はカリキュラムをどうこなすか、どうすれば楽しく歴史を学んでもらえるかで必死こいているというのに。


 スプーン……これも薬さじなのだが、ちゃんと洗ったものだろうか。私的利用……の片棒を担がされているような躊躇いを振り払い、紅茶に円を描く。ティーソーサーの代用品はさすがに見当たらなかったのかスプーンを置く場所がないため、先生に習ってそのまま口をつける。ほのかな甘みが脳をリフレッシュさせ、後半戦へのウォーミングアップを開始した。


「そろそろ、続けるとしよう。」

 やや甘すぎると言わんばかりの眉間のシワは、何十、何百回の失敗による痕跡かは分からない。


 田んぼのど真ん中、あぜ道の途中にある石碑を収めた1枚の写真へと視線が移る。

●盗らずとも 口のみでよし うまかろう 身も身なれど 食わなきゃやらん

 盗るの字から「たろさ」を連想する。農作物を譲ってあげる優しさに満ちているようにも感じる。

「まぁ、これも君のお父上が隠し持っていた本に載っていたね。」

 やはり少々のトゲを感じるが、当人達にとっては仕方のない事なのだろう。ノートの次のページを手繰る先生の表情は、先程とは別種の強張りのようなものを浮かべていた。


○寅図共 朽ちの巳 出よし 馬家老 実籾成れど 鍬なきゃやらん

「実に面白いことに、表の文……こちらの写真のものだな。当時の村人の流行歌で農作業の合間に歌われていたものだ。」

 一呼吸置き、続ける。

「で、うっぷんを晴らすためのものでもあった。敵意むき出しのこの漢字を見たときには鳥肌がたったのを覚えているよ。」


 寅の図、で屏風を思い出す。そんなものを飾るぐらい裕福な家といえば、銅冨家。朽ちた蛇……は諺に似たようなイメージのものがあった。馬家老は単なるあだ名か身分を笑うものか。米が育ったというのに食べられない、土地を持たない百姓への分配に対しての不満だろうか。


「貧しい人を助ける、自分も苦しいけど頑張っていこうという前向きな表面。それが実は富めるものへの恨み節。このギャップがなんともたまらない。実に人間らしいと思わないかね。」

 問いかけに対し、私は何も答えることが出来ない。


 本当は、銅冨の家の人たちも自分たちが恨まれている事ぐらい知っていたのではないか。飢饉を繰り返さないよう、食べ尽くしてしまわないよう工夫しているのに。村人たちがそれで動ける、明日も生きて行けるというのなら、黙って耐えておきましょう。行き過ぎた想像かもしれない、しかしそうであって欲しいと考えてしまっている自分がそこにあった。


「ふむ、では次のものを。」

 一ノ瀬橋が背後に写る、石碑を撮ったやや斜めに傾いた写真。

●亜麻白雨 暮れの雀の 涙かな 光る背橋の 濃くなりゆくも

「並べて見た方がわかりやすいかね、よいしょ」少し遠くにあったノートを写真の横へとスライドさせる。これが本に載っていたうちの最後の一つ。

○尼は食う 紅の雀の 波高菜 火狩る狭し野 刻鳴りゆくも


「波高菜は、今で言う所の赤高菜、ですよね。」

「うむ。」

合格だ、と言わんばかりに頷いてみせる先生。しかし、その先の言葉を待っているように見える。


 まず、表の文を考える。亜麻、繊維としても使えるし、油も取れる。確か、7月か8月に収穫するとテレビでやっていたような気もする。恐らく海を越えてこの地で栽培が開始されたのだろう。白雨が夏を表しているのでやや遅めの夕暮れの中を急いで飛んでいる、雀の群れを連想する。

 この碑がある場所から、橋に背を向けると……確か畑が広がっていた。しかし、肝心な何かを忘れているような気もする。


 自分の考えを先生に伝えると、一瞬の間があった。おそらく全問正解とはいかなかったのだろう。

「背橋が一ノ瀬橋を指している、というのは同意見だ。しかし亜麻はこの地域で栽培出来ない。」

 あっ、と声を漏らす。ある程度の寒さが必要だともテレビで言っていた。では、なぜこの悲しそうな内容に乗せたのだろうか。


「尼、という字には本来は敵意が入る余地のない美しい文字だった。しかし、意味が加わってしまう。」

 遊女の話のことだろうか。あまり詳しくは無いので黙ったまま続きを待つ。

「紅の雀、そして波高菜。孔雀ではカラフル過ぎるし、何の鳥を指しているのかな。分かる者は挙手を。」

 はい、と手を挙げる。やや真面目に考えすぎて顔に疲れが見え始めたのか、急にジョークを交える先生の優しさがありがたい。今日中に全てを片付ける必要は無いだろうに、熱心な生徒へ知識を詰め込む、教えるのが楽しいといった心境なのだろうか。


「朱雀、ですね。」

「そう、しかし朱雀が存在していたとなれば大事だし、他の伝承にも残っているだろう。単なる枕詞にしては壮大過ぎる。」

 一語ずつ区切って見ると、真ん中の三節だけが赤に起因するもののように見える。

「何かの見間違い、もしくは更に隠さなければならない何かを感じさせる。」

 言いたい部分は全て言われてしまった。何と見間違えたのかという部分への手がかりを、私達は持っていないのだろう。


「狭い野で火を狩る、灯りを持っている人間を追っているのか、別の意味か。」

 頭が糖分だけではなく、本格的な休憩を要求しだす。

「刻を告げるのは鐘だとして、この部分はあまり深読みせず、そのままにしておこう。」

 うーん、私もこのままにしておいて欲しい。少しだけ休憩を挟ませて欲しい。



「さて、今日は終わりとしよう。あと一つ、いや二つについては当てる字も含めて宿題とするかね。」

 口数が減っている事と、考える事から来る疲労。その両方から切り上げる事を選択されたあたり、まだまだ私は未熟な助手であり、一人の女学生のままなのかもしれない。落胆させたのでは無いかと表情を伺うも、夕闇に照らされたその顔は実に楽しそうに笑っている。資料とノートがトントンと鳴らす音を聞き、あの日の事を思い出す。歴史とはいかに素晴らしいものなのかを力説してくれた、憧れの人の事を。

お題を指定せず、何となく書きたい事を書いてみたらどうなるか。その部分に集中しすぎて間延びしてしまっているような印象です。

日々、鍛錬を繰り返していくしか無い。

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