まずは皆を呼んで、落ち着いてからでいいよね
さて、セラの言葉の刃によりまた死なんほどのダメージを負った俺だったが、とにもかくにもようやく元の仕事に戻ることが出来た。
つまりは、このデヴィディア魔源地帯の探索の拠点となるキャンプ地の捜索と確保。
如何な予想外があったとしても、仕事はしっかりしなければならない。
ちなみに、収納空間に引き籠ってしまったセラには、別の収納空間にあった飴を渡しておいた。
まあ、なんだ。収納空間の中は暇だろうし。
結果から言うと、キャンプ地は見つからなかった。
ある程度歩いてみたが、やはり何処もかしこも、不規則に紡がれる自然魔法があまりにも厄介過ぎる。
安全かと思えば雷が降ってくるわ、比較的開けた広場には断続的に爆発が巻き起こっているわ、これではキャンプ地があったところで辿り着くことすら難しい。
まあ、それを報告すれば、結界の使用も許可されよう。
そう結論付け、今回の探索は終了した。
疲弊した――させてしまったシエラと共に来た道を戻り、リトルサンライトへと帰り着いた時にはすっかり夜も遅くなっていた。
「おお、帰ってきたか! つってももう夜遅いしな、明日話を聞かせてくれよ!」
「はい。おやすみなさい、ロランさん」
ちょうど商会から出てきた大柄の冒険者に会釈をする。
笑顔で応対するシエラのようなことが俺に出来る筈もない。
というか、目を合わせて会話することすら難しいという知りたくなかった事実が判明してしまったため、これまで通り兜を被った上で周囲とは接することにした。
「不夜城も、お疲れさん! お前からも色々聞きたいぞ、何ならこれから一杯どうだ?」
『遠慮しておく。あまり酒は強くなくてね。すまない』
「お、おう? そんなこと出来たんだな……まあ、それならしゃあねえや。じゃ、お前も無理すんなよ? この商会の稼ぎ頭なんだから」
とはいえ、この文字を魔力で紡ぐという方法は革新的だった。
今までやってこなかったことを後悔するほどに便利だ。喋らずとも周りとコミュニケーションが取れるというのが実にいい。
ちなみにシエラには「いちいち見てないと分からないので出来ればちゃんと話してくれませんか?」との言葉を頂戴した。
探索の最中、尤もだとそれに挑戦してみたのだが……まあ、結果はあえて言うほどのものでもないだろう。
強いて言えば、その後の「えっと……ごめんなさい。その……本当にごめんなさい」というシエラの評価はセラの暴言に勝るとも劣らない破壊力があった。聖剣より言葉の刃の方が恐ろしいと今日理解した。
商会に入れば、流石にもう昼間ほどの賑わいはなく、夜を専門とする物好きな冒険者や、隅で昼間に取引するには相応しくないものを間に置いて話し込んでいる商人が数人いるだけだ。
一晩中、という訳ではないがこの商会は日が変わっても暫くは鍵を開けている。
当然、英雄と共に魔王を討った者が代表を務めるこの商会で、夜だからといって目に余る行為を仕出かす者など現れない。
――正確には、黎明期には時々出たが、若き魔法使いが仕掛けた防衛魔法の威力を身をもって見せつける結果に終わっただけだ。
荒くれものから切れ者まで集うような場所なのに、ある意味ではこのリトルサンライトで最も治安の良い場所なのである。
「コロネさん、ただいま戻りました」
「あら、お帰り。不夜城さんもお疲れ様。早速だけど、話をしたいわ。奥に来てもらって良いかしら?」
書き物をしていたコロネは労いの言葉もそこそこに、従業員専用の扉を指して言った。
辺りには聞かせたくない話――まあ、その内容なんてわかり切っている。
シエラは少し緊張気味に、俺は当然だろうと頷いた。
「ん。モルジアナ、少し話をしてくるわ。ここ、任せるわね」
「あ、はーい。ごゆっくりー」
モルジアナと呼ばれた従業員の少女はのんびりと手を上げて答えた。
いつも目を閉じていて寝ているのか起きているのか分からない彼女は、あれでもコロネが留守の際にこの商会を任される存在である。
聞いた話ではコロネが元いた盗賊団においても相当な実力者として一目置かれていたとか。人は見かけによらない。
コロネに従い、奥の扉に入る。
連れられたのは、事務室や書庫などが並ぶ通路のさらに一番奥、『応接室3』と書かれた看板の掛かった部屋だった。
「ここよ、入って」
促され、そこに足を踏み入れるか入れないかの刹那――部屋の中から伸びてきて手に絡み付こうとした鎖を、手に魔力を纏わせ弾き飛ばした。
勢いを失い、床に落ちる鎖。
それを飛ばしてきた魔法の使い手は、部屋の奥で身長ほどもある杖を構えながら、俺に強い視線を向けていた。
髪も、ローブも、エメラルドが如き緑。広き知性と探求の色。
久々に見た少女が纏っていた雰囲気と魔力に、ここまでだっただろうかと感心する。どうやらさらに技術を深めたらしい。
剥き出しの強い敵意。ひとまず、覚えたての方法で対話を試みる。
『あまり礼のある挨拶とは思えないが』
『貴様に向ける礼など持っていない。今すぐシエラから離れろ。シエラと関わった痕跡全てを消し去った上で、この街から出て、何もない荒野に立つがいい。そうしたら、空間融合でもって一思いに殺し尽くしてやる』
怒涛の文字が返ってきた。怖いよ。敵意が殺意に変わったよ。
『一思いに、と言えるような方法ではないな』
『貴様はそうでもしないと許せない。貴様はシエラの目を奪った。貴様はシエラの肌を傷つけた。貴様はシエラに苦痛を与えた。万死に値する罪を重ねた貴様は死してなお死に続けるのが唯一の償いだ』
なんだろう、よくわからないが、英雄シエラに親近感を覚えた気がした。
というか空間融合って。しれっととんでもない処刑方法を持ち出すんじゃない。
前準備なしだと俺でも使えない代物だぞ。
「落ち着きなさい、ミナギ。まだ確定じゃないんだから」
「確定よ。じゃなきゃここまで連れてこられていないわ。それに今掛けようとした拘束魔法は、少なくともあんなにあっさり弾けるような粗い作りはしていなかった。往生際が悪いわよ」
呆れた様子のコロネが部屋に入ってきて、魔法の主を窘める。
今の憎悪の文面にもうちょっと動揺とかないんですか?
「えっと、ミナギ。私なら大丈夫ですから」
「駄目よ。大丈夫って言っておいて無理するの、何度も見てきたんだから。貴女のそういうところは信用出来ないの」
今を生きる才能の化け物は、シエラに駆け寄ると回復、解毒、洗浄その他もろもろが合わさった清めの魔法を掛ける。
医者であれば全財産を擲ってでも欲しがるような高度な魔法を、特に新しい傷のないシエラに惜しみなく使っている彼女もまた、英雄パーティの一角。
魔法都市マギノィが誇る、賢者の転生とも言われる少女――ミナギ・オビィ・マギノィである。
実際のところ、転生云々の話は事実ではない。
この世全ての魔法に通ずると言われる唯一の賢者にして魔法都市マギノィの土台を作り上げた始祖ホメロスは転生で他の存在に変わるなんてことを許さないだろうし、そもそも死んでいない。
ミナギという存在に他者の介入の余地などなく、彼女は個人で完成された極端な天才というだけだ。
生まれる時代が早ければ、白や黒の魔法も当然のように習得していただろう。
「まったく……で、どうだったの、シエラ」
「まあ……ミナギやユーリくんの言った通りでした」
どうして彼女がここにいるか。
疑いの答え合わせをしに来たのだろう。
元はと言えば、この小さな魔法使いが感付いたことから始まった話だ。
全ての元凶はシエラの答えに鼻を鳴らし、もう一度此方に杖を向けてくる。
「やっぱり。のこのことこんなところに連れられてくるような馬鹿だったのだけが予想外よ。だけど僥倖、ここで叩きのめしてやるわ」
「落ち着いてください、ミナギ。今は悪い人じゃないので……」
「悪くない魔王は魔王なんて呼ばれないわよ!」
ごもっともで。
『かつての罪から逃れるつもりはない。だからこそ俺は今、冒険者をしている』
「だから最悪の苦痛と共に消し飛べって言ってんのよ。ていうか何その文字。それで会話しているつもり? 馬鹿にしてるの? 戦った時みたいに偉そうに喋ればいいじゃないの。回復してやろう云々って」
やめろ。思い出したくない歴史を思い出させるんじゃない。
俺としてはこれが精一杯の会話手段なのだ。まともに会話できる手段が現状これしかないのだ。
「ミナギ。今から全部話しますから。という訳なんですけど……伝えても、大丈夫ですか?」
『構わない。キミが話した方がまだ信じられるだろう』
今にも魔法――どころか杖でぶん殴ってきそうな鬼気迫る表情のミナギを気にしつつ、シエラに説明を任せる。
席に着き、話し始めるシエラ。反対の席に座るコロネとミナギ。
俺は同席するのもどうかと思ったので、入り口近くの壁に背を預け、とりあえず話が終わるまで待っていることにした。
ミナギの敵意は相当なものだった。俺が話したところで信用されまい。
まあ、こんな話シエラが話しても信じるとは思えないが。酔っ払いの戯言の方がまだ信憑性があるというものだ。
シエラの話に、二人の表情が分かりやすく変化していくのを眺めつつ、後ろに現れた気配に気を重くする。
多分、そろそろだろうなとは思った。日が変わるまでは大抵続かないものなのだ。
「……いーくん」
「お帰り、セラ」
周到にも俺を囲うように外部に声が漏れないよう簡易的な結界を張って、俺の横に空間を開き、セラが顔を覗かせてきた。
その表情には気落ちが見える。俺も同じ気持ちだが。
というか、俺の収納空間なんだけど。もう自由自在に操っているじゃないか。
「えっと……ごめんね? その……さっき、言ったこと」
「いや……事実だから」
誰にも手を出してない――出せなかったのは紛れもなく本当だった。
それを執拗に揶揄う者もいれば、基本的にタブーとする者もいた。セラはどちらかというと後者で、かなり気を使ってくれる様子があった。
つまり、今回の件はそれさえ忘れてしまうほどの事態だったということだ。
「暫く考えてたんだけど……やっぱり、ボク、嫌だ。いーくんが誰かを決めるまでは、エンデはいーくんが持っていないとダメだよ」
「……そうか」
セラのエンデへの拘りの理由は分からないが、ここまで彼女が固執するのも珍しい話だ。
どちらかというと、姓に拘りを持っていない俺の方が異常なのかもしれないが……。
「……少しだけ、この話は置いといてあげる。認められないけど、いーくんが困るのも嫌だもん。まずは皆を呼んで、落ち着いてからでいいよね」
「……やっぱり、封印解くの?」
「皆反省、後悔してるよ。シトリーなんて、そのまま錯乱しちゃってボクたちの前で自殺まで図ったんだからね?」
「……それは」
妄信、或いは狂信ともいえる忠義を向けてくれていた自称配下の姿を思い出す。
確かに、言われてみれば、そんなことを仕出かしてもおかしくはない。
魔王の軛から逃れるためとはいえ、やり過ぎたかという自責の念に、唇を噛む。
この生活を続けんとしている俺を肯定してくれるのならば、俺は――
「……それで。歴史上最もしょうもない理由で悪に走った魔王様は、シエラに説明を任せて何してるワケ?」
どうやら英雄の仲間として共に戦った魔法使いも空気を読むということは知らないらしい。
苛立ちの中にほんの少しの呆れを含んだ表情で、ミナギは俺を睨んでいた。