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ただいま、いーくん



 確かに、客観的に見れば何の冗談かと思う話ではあるだろう。

 だが、一切笑えない真実なのだ。

 実際そこから始まる歴史を生きてきた俺のみならず、たった十七年しか生きていない少女でさえ笑うことなく複雑な表情で黙り込んでいる。

 やはりこれは普通ではなかったのだと、確信することは出来た。良かった。


「……………………何というか」


 英雄が悲鳴のような叫びを上げた後、まったくだと返したきり、数分間の沈黙が続いていたが、ようやくシエラが言葉を絞り出す。


「………………………………大変、でしたね」

「……」


 この少女にとって、ここ最近で恐らく、一番言葉を選んだ瞬間だっただろう。ありがとう。

 蘇生した時は、まさか英雄に境遇を哀れまれるだなんて思ってもみなかった。

 世界には本当に不思議なことがあるものである。

 それきりまた沈黙が始まってしまい、流石に俺も気まずくなって、話題を提供する。


『疑わないんだな』

「いや、誰か別の人から聞いたとかであれば嘘にしか思わないんでしょうけどね……文字を起こしているだけなのに実感がありすぎるんですよ」


 文字だけでもリアリティって生まれるものだね。

 後にも先にも、実感の籠ったこんな話を出来る者なんて俺以外にいないだろう。


「ともかく、訳も分からないまま魔王にされた挙句、不本意のままに大陸を闇で覆って、私たちに倒されようとしたけどつい興が乗って私の目を持っていったと」

『誠心誠意謝罪したい。今考えるとどうしようもなく馬鹿だったと反省している』


 文字を浮かばせると同時に、頭を下げる。

 それが向けられていると自覚するだけで死にたくなるほどの呆れ声なシエラは、手持無沙汰になったように剣で鎧の肩を叩く。


「言っておきますけど、目だけじゃないんですからね。胸の真ん中から右肩、二の腕辺りまで、がっつり傷残ってるんですよ」

『治せるならば治したいが、治癒を前提としたものではなく用意がない。本当にすまない』

「……まあ、いいですよ。これは私の勲章のようなものと見ています。魔王の支配を終わらせた私が、背負っていかないといけないものとして――何でしょう、言ってて悲しくなってきますね」


 いやまあ、俺の秘密を英雄に話すということは、英雄の輝かしい伝説に泥を塗るも同じことだ。

 あの傷なんて、本来まったく負う必要のないものだったのだから、複雑に思うのも仕方ないだろう。

 本当、どうしよう。なんとかしてあの傷を治癒する魔法を見出すべきだろうか。

 それは今後の課題としておこう。さて、ここまで話しておいてなんなのだが――。


『ところで、俺は今後も冒険者を続けられるのだろうか』

「え? ああ……理由が理由ですしね。なんかこう、本当に何も企んでなさそうなので、パーティの皆には話を通しておきますよ。コロネさんも、魔王っていう疑いを除けば随分ありがたがってましたし」


 それを聞き、ひとまず安心する。

 俺は英雄パーティに知られたくなかった秘密を知られただけで、冒険者としての生活は続けられるようだ。

 安心した。なんとか致命傷で済んだ。


「冒険者は今後も続けるんですね」

『勿論だ。俺は名のない冒険者として今後も人々のために働き続けるつもりだ。少なくとも、この命尽きるか、大陸における未開の地が無くなるまでは』


 どちらが早いかは、分からない。

 ぶっちゃけこの人を超越した寿命がどこで限界を迎えるかなどあの天才しか知らないだろうし、たとえあと一年だろうと関係はない。

 命の灯火が消えるまで、俺は人のために生きると決めたのだ。


「名のないって……あっ……えっと、すみません。悪気とかはなかったんです。ただ、魔王という存在を忘れないようにと――」

『知っている。エンデの姓は既にキミのものだ。俺は今更取り返そうなどと思わないよ』


 彼女がエンデの姓を継承したことがより良い未来に繋がるのであれば、願ってもない。

 今の俺には不夜城という名がある。

 これで不足したことはないし、エンデを惜しいと思ったことは一度もない。

 寧ろ、彼女の意を汲んで人と共存の道を選んだ魔族もいると聞く。

 であれば、シエラがエンデを名乗り続けることこそが最善なのだろう。



「――ボク――認めな――――ね――」



 また幻聴か。これまでのようにはっきりとはしていない。

 だというのに、耳にちゃんと届いているような現実感がある不思議なものだった。手口を変えてくるのはやめてほしい。


「……今、何か聞こえませんでした?」

『幻聴だろう。気にしなくていい』


 なんと。今の幻聴はシエラにも聞こえていたようだ。

 他者にまで聞こえる幻聴とは、これまた珍しいものだ。

 もしかすると、このデヴィディア魔源地帯の特殊な環境が、幻聴を聞こえやすくしているのかもしれない。

 自然的にそういう魔法が構築されている可能性だってある。まったく、傍迷惑な環境だ。


『それよりも。キミが見つけたという魔物はアレで終わりか?』

「いえ、複数いました。ただ、探知でも見つからなかったんですよね? もうこの辺にはいないんでしょうか」


 地面に顔を埋めて昏倒している牛の魔物を一瞥し、適度な岩に座り込む。

 アレを見つけて探知魔法は終了したため、一番近くにいた魔物がアレであることは確定だ。

 だが、だからといって近くに潜んでいないとは限らない。


『随分とこの場で音を立てている。それに感付き、此方の隙を窺っている魔物がいないとも限らない。こうして座り込んで』


 背後から音を立てずに這い寄ってきた蜥蜴のような魔物に、適度な魔力の波をぶつけ、弾き飛ばす。


『隙を見せたと判断したところを襲い掛かってきたり』


 文字を魔弾へと変換し打ち上げ、空から奇襲を掛けんとしていた影のない魔物を爆散させる。


『一方を迎撃した隙を死角から攻撃しようと目論んだり。或いは』


 そちらへと手を向ける前に、シエラが剣を両手で持ち直し、踏み込む。

 二匹の魔物の魔力にあてられたか、尚も起き上がり今までよりも速度を上げてシエラに突っ込んできた牛の魔物。

 それに対して威嚇するように剣を振り下ろし、数瞬遅れて落ちてきた光の柱が魔物を押し潰した。


「そちらに意識が向いているうちに、もう片方を狙ったり、ですね」

『完璧な対処だ』


 この時代の人間が扱う力としてはおよそ特異な、白の魔法による恩恵。

 他の超越者たれという原則の下この世界で実現される奇跡の域は、今の基本となった三色を大きく上回る。

 体に大穴を開けられ絶命した魔物。

 古のものとなった白の魔法に撃ち抜かれたことは幸か不幸か。まあ、多分そんなことを考える頭もなかっただろうが。


 さて、倒して終わりという訳にもいくまい。

 俺とは関係ないことは分かっただろうが、だからと言ってそれで終わりでは俺と魔力の傾向が似通っていることに納得はすまい。

 魔族の死体はなんの処理も施さなければいずれ魔力と還ってしまう。


「何をするんですか?」

『持って帰る。調査は必要だろう』


 魔物を囲むように状態維持の魔法を掛け、空間そのものを縮小させる。

 小さな球状となった魔物を手に取り、魔法に綻びがないことを確認。どうやら問題なく、加工が出来たようだ。


「……色々出来るんですね」

『学ぶ時間があっただけだ。四百年という時間は長すぎてね。力を示すのに不要なものまで覚えてなお、有り余っていたよ』


 四百年で何をしていたかと言えば――ぽつぽつとした思い出しかないのが実情だ。

 色々とやってはきた。アイツらが求めることであれば、向こうも全力を出して支援してきてしまい大惨事になった。

 アイツらが是としないことであれば、向こうは全力を出して阻止しに来てしまい大惨事になった。

 アイツらが特に関心のなかっただろうことであっても俺が関わっただけで、向こうは全力を出して関わってきてしまい大惨事になった。


 まあそんな中であっても、特に魔王として必要のない技術を覚える暇は幾らでもあった。

 これもその一環だ。どういう流れで学んだかまでは記憶していないが、多分、思いつきかその直前の厄介からの現実逃避といったところだろう。


「四百年……想像がつかないですね。それだけあったら何が出来るか、とか。二年間、時々考えたことはあったんですけど」

『普通に数十年の寿命を全うし、生を終えるのが一番正しくて幸せだ。それはキミが考えなくても良いことだよ』

「そうはいっても、意識するなっていう方が無理ですよ。理由はどうあれ――本当にどうあれ、四百年間も生きてきた貴方を斬って、一度その生を奪ったんですから」


 そういうものか。

 まあ、十五歳で俺を討ったのだ。多感な時期ゆえに、年月というものを意識し重く受け止めてしまったのかもしれない。

 結局普通の人がそれだけ生きるのは不可能だ。というか、普通でなくても人である以上百年にも満たない寿命という縛りから逃れることは出来ない。

 そんな人間が、四百年という年月を重みとして感じてしまえば、押し潰されるに決まっている。


『キミは四百年の悪夢を終わらせた。どうか、そういう風に誇りだけを持っていてほしい。現にキミが斬った俺は生を取り戻しここにいるのだから』

「……努力はします。どの道、今日からは魔王という存在に抱く気持ちを変えざるを得ませんしね」


 ごもっとも。これで、今まで通りの感情を抱いていられたらそれはそれで引く。


「さて、目的の一つは達成しました。どうします? このまま安全なキャンプ地を探しますか?」

『キミが余力を残しているなら構わない』

「わかりました。では、少し歩きましょう。もう言う必要もないでしょうけど、自然発生する魔法には引き続き気を付けてくださいね」


 様子の変な魔物を調査するためのサンプルは捕獲した。

 これで目的の半分は達成したが、まだ魔物に襲撃される危険のない安全な場所が見つかっていない。

 基本的に、冒険者はそうした安全地帯に拠点を作り、日にちをかけて探索やダンジョン攻略に臨む。

 こんな遠方の土地であれば尚更、キャンプ地は重視されるものだ。


 後に続く者のためにも、それなりの場所を見つけねばならない。

 空を飛ぶ魔物もいる以上、キャンプ地に求められる条件は増え、合致する場所は少なくなる。

 最終手段として、使用者がいなくとも維持が可能な結界を一定範囲に展開し、安全地帯を作り出すという方法もなくはないが、その場合ここに来る冒険者全員に、結界が受け入れる通行手形に相当する魔法道具を配らなければならない。

 管理の難易度が跳ね上がるため、それはあまり商会からも推奨されない。まあ、これほど特異な土地なら説得すれば受け入れられるかもしれないが。


 ともかく、探してみるとしよう。

 案外魔物は非常に少なく、安全な場所もそう苦労せず見つけられるかもしれない。

 手が塞がっているのは不便なため、魔物を縮小した球を仕舞おうと収納空間を開き――



「――――とどいた」



 今日二度目の、やけに現実感のある幻聴が聞こえた。

 ただし先程のように途切れ途切れなものではない。

 はっきりとした、すぐ傍から発されたような声。


「……今のも幻聴ですか?」

「……」

「私の耳がおかしくなければ、貴方の収納空間から聞こえたんですけど」


 そうだな。俺もこの中から聞こえた。

 どうやら思い描いていた空間とは違うところに繋がってしまったらしい。

 この魔法の特性上そんなことはあり得ないのだが、これもこの場所が持つ特異性の成せる業か。本当に、本当に傍迷惑だ。

 仕方ない。空間を閉じよう。そうしてもう一度開けば、正常な空間に繋がる筈だ。



「――みつけた」



「……あまり趣味が良いとは言えませんよ。収納空間に人を閉じ込めるなんて」

「……」


 ――閉じようとした空間の穴からするりと伸びてきた細い手が、俺の手首を掴んでいるように見える。

 うん、間違いなく俺の収納空間ではないな。独りでに動くようなものを仕舞った覚えはないし。

 だから離してほしい。弱弱しい力だが、その手なりに全力だということが伝わってくる。

 人違いだ。人違いだと思う。だからお願い、離して。


「……私の直感が正しければ、なんですけど」


 眉間を手で抑えつつ、至極難しい表情でシエラは言葉を零す。

 この後の展開を分かっているような、全てを諦めた様子だった。


「……私はこれから歴史的な瞬間に立ち会って、かつ、今日はこの二年間の中で一番の厄日になる気がします」


 この場で使うべき最適の魔法が、封印の掛け直しだとようやく思い至る。

 しかしそれはあまりにも手遅れで、収納空間への穴を中心に罅が入っていく。


 何故だろうか。今手首を掴んでいる白い手の色に見覚えがあるのは。

 何故だろうか。今聞こえてきた幻聴の声に聞き覚えがあったのは。


 何故だろうか。震えが、動悸が止まらないのは。


 感じる理由の見つからない、変な緊張感からか。スゥ、と息を吸った瞬間――



 罅が溶けるように広がって、人一人が通れるほどにまで開いた穴から、何かが此方に飛び出してきた。

 ――いや、何か、と言ってもその正体なんて分かり切っていた。認めたくない現実から目を背けていただけだ。

 彼女は一瞬で作用するほど強力な軟化の魔法を俺の鎧に仕掛け、胸元に飛び込んでくる。


 病的なまでに青白い髪と肌。

 血が通っているか不安になるほどの白の中ではっきりと目立つ真っ赤な瞳は、兜の中の俺の目をじっと捉えている。

 薄着の上に白衣を羽織り、その袖に通している機械の腕は、彼女に出せない力で俺にギッチリと組み付いている。

 久しく見ていなかった少女――という年齢でもない幼馴染は、この上なく幸せそうに、微笑みかけてきた。



「ただいま、いーくん」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 勘違い路線でいくのかなーと思いましたが あっさり正体がわかり、なおかつ元凶も すぐにでてきてテンポよく面白いです
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