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キミの翼を、キミの鎧を、キミ以外が使える訳ないもん



 可能な限り、『何のことやら』という意思を込めて首を傾げる。

 敵意のようなものは感じられないが、その目はもう疑念とかいうレベルではない。


「いや、しらばくれられても……本当に違ったらすみませんが、そうなると逆に説明のつかないことがあるので……」


 もう一度、逆の方向に首を傾げ、『いえ、存じませんが』とアピールする。

 こういう時の対処法は、たった一つだけ。

 逃げる? まさか。はいそうですと言っているようなものだ。

 攻撃? 馬鹿な。ふはは良く分かったなでは死ねと挑発するようなものだ。

 ここから確信を疑いへと退化させ、やがて消滅させるには、俺自身が、魔王であったということを忘れれば良いのだ。

 俺は魔王が滅びた時代に名乗りを上げた名もなき冒険者の一人。

 魔王などという存在は見たこともなく、なんの関係もありはしない。今だけはそういう事にしておいてほしい。



「キミは自分のことを忘れてしまったの? それなら、何度でも教えてあげるよ。キミは魔王、この世界の頂点に君臨すべき、究極最強の魔王なんだ。お願いだから、キミの凄さをキミが忘れないで……」



 お願いだから幻聴さん、少しだけ静かにしててください。

 回想とかじゃなくて、聞いたこともない言葉を勝手に脳内で再生するんじゃない。


「あ、責めている訳じゃないんですよ。ただ、魔王が冒険者をやっている理由が分からなくて……ミナギなんて『絶対何か企んでいる。隙だらけな今のうちに別空間に隔離してから、量産した別の空間を突撃させて塵も残さず消し去るべきよ』なんて言い出す始末で」


 そうか。それは大変だ。冒険者をやっているらしい魔王には同情する。

 というか魔法使い怖いんだけど。

 もっと何かこう、大人しい感じだったじゃん。自分の意見をあまり言えなさそうな感じだったじゃん。え、そんな過激な人だったの?

 あと手段も怖いわ。四方八方から別の空間で押し潰そうぜってこと? 実際に受けたら死ぬほど痛いよそれ。


「その……教えてくれませんか? 貴方が何を考えているか。そのために、人が絶対入ってこないだろうここまで来たので」


 ――え、俺がここに来るの、予定調和だったの?

 流石に突っ込みたい。だが喋る訳にもいかず――ようやく意思疎通の手段を思いついた。

 魔力を文字の形にし、浮かび上がらせる。なんでこれ、ずっと思いつかなかったんだろう。

 危機に陥って初めて知恵が働いたのかもしれない。背水の陣という奴だろうか。


『何故、俺を魔王だと?』

「……ああ、出来たんですね、それ。てっきり文字の書き方も忘れてたのかと」


 そんな訳あるか。かれこれ二年間人前で喋っていないが文字なら普通に書いてるわ。


「えっと、最初に感付いたのはミナギですね。二ヶ月ほど前に貴方とすれ違った時、その鎧に込められた魔力があまりにも異常なのを感じたって。さっき聞いたみたいに何処かで見つけた宝なんじゃないかって言ったんですけど」


 また魔法使いか。あの子何なの?


「で、ユーリくんに頼んで呪術を掛けさせてもらったんです。今更ですが、ごめんなさい」


 いや何してんの。っていうか、この英雄アクティブ過ぎない?

 呪術――魔法とはまた違う、俺も習得していない異能のカテゴリだ。

 というのも、これを扱えるのは大陸でも『呪術師の谷』ことネクロノーマの民のみで、シエラが名前を出したパーティメンバーの一人、ユーリ・スカージュもかの谷出身だという。

 魔法では実現できないことを可能とする呪術は谷の者のみが継承し、技術を口外しないように呪いを掛けられる。

 ゆえにまだ碌に研究すらされていないものなのだが――


『それで?』

「その鎧が呪術も弾きました。魔王の名は秘して、あくまで興味本位という体でネクロノーマの長に伺いましたが、そんな技術は谷でも三百年以上昔に失われたと」


 ――鎧の出自が想定していないところで明らかになった瞬間だった。

 この鎧、呪術も弾くの? あらゆる護りをすり抜け敵を侵すと言われている呪術を?


「もうその辺でミナギとユーリくんはほぼ断定ですね。で、貴方が近場のダンジョンに行った時、コロネさんが尾行して魔法道具で魔力と気の残滓を回収。ミナギとリクウさんがそれぞれを解析して、ほぼ確定となりました」


 次からは探索中も探知魔法で気配はしっかり確認しておくことにしようと、心に決めた。

 英雄パーティ勢揃いじゃないか。何やってるんだ。

 というか気って特定とか出来ない筈なんだけど。英雄パーティって常識通用しないの?


「極め付けは、魔導翼ですね。私が使っていた白いやつは大丈夫だったんですけど、貴方が使った黒いやつ、あれ起動出来なかったんですよ。特定の人物の魔力じゃないと動かないように制約が掛かっていたんですよね」

「……」

「他の魔王の遺物と照らし合わせた結果、その人物ってのが、魔王だった訳です」


 ……どうやらここに来てからの探知魔法や気の使用はおまけに過ぎなかったようだ。安心した。

 いや、安心したじゃなくて。エンデマキナに乗った時点で詰んでいたってことなのか。

 動かせるの俺だけって、あの天才何してんの?



「それは……当然だよ。だってあれはキミのためだけに作ったんだから。言ったじゃない、キミが空を駆けるためのものだって。空におけるキミの鎧だって。キミの翼を、キミの鎧を、キミ以外が使える訳ないもん」



 答えは欲しいけど幻聴には答えてほしくない。

 というか幻聴が答えを出すんじゃない。怖いわ。


「……認めますか?」


 ――いやあ、魔王なる人物も余計なことをしてくれたものだ。

 これだけ俺と偶然一致する要素が並んでいたら、疑われるのも当然じゃないか。

 ふむ。俺は今この場に限り魔王だったという忘れたい事実を忘れているが、一応聞いておこう。


『つまり、あの魔物を警戒したというのは口実だったと?』

「不審に思ったのは事実です。ですが、良い機会でしたので、コロネさんには口裏を合わせていただきました」

『俺があの魔物とグルで、キミに襲い掛かるという可能性は?』

「勿論、考えています。全力で抵抗させてもらいますし、いくつか対策も用意しています」


 ……虚言とは、思えなかった。

 剣を此方に向けてはいないものの、彼女であれば俺が動く一瞬で防御に転じるまでは可能だろうし、一つ防げば俺が次の行動をするまでに完全な戦闘態勢に入れるだろう。

 そうなった場合、どちらが勝つか。

 恐らくは、俺だと思う。あの時は五対一で競り負けたが、最初から全力であればそうはならない。無論、二年間の彼女の成長を考慮に入れても、だ。


 ――いや、戦わないけどね。

 何を本気で戦闘シミュレーションを行っていたのか。ここで向こうが斬りかかってこない限り戦いにはなりませんよ。

 しかし……彼女は俺への疑いを一切緩めてはいないらしい。


『俺が完全に無関係だったら、無実の者に随分と凝った疑いを掛けたことになるが。俺は今後もあの街で冒険者を続けられるのか?』

「そこは安心してください。この件は私たちパーティ内のみの秘密です。誰も口外しないと誓いましょう。貴方が魔王であれ……もう可能性は無いも同然ですが無実であれ、私たちの中で解決するつもりです」


 とんだ自信家、いっそ無謀だ。もしくは英雄となってしまったゆえの責任感というものか。

 これ以上大陸の民を恐怖に陥れないため。己が勝ち取った平和を再び陰らせないため。

 その真摯な目は――かつて俺に挑んだ時と同じもので。

 ――力はともかく、今この場でどうにか誤魔化そうとしていた意思では到底敵わないと、思わせるものだった。


『警戒は解いてくれ。過去はどうあれ、今はキミを、そして人々を脅かすつもりはない』

「……本当ですね?」

『魔王イヴの名において、誓おう』


 ああ、然り。ご明察だ。

 我が名はイヴ・エンデ。かつて――不可抗力ではあるが、闇でこの大陸を覆った存在である。

 今は大いに反省している。だから言い触らさないでくださいお願いします。

 ようやく名を出したことで、本気だと判断したのか――シエラは僅か、その警戒の色を緩めた。


 ……ぶっちゃけ警戒緩めるのも中々に意味が分からないんだけどね。

 俺、かつての魔王ぞ? そなた英雄ぞ?

 俺を討つために立ち上がり英雄としての道を歩み始めた存在が、こっちが魔王って自白したら警戒緩めるの、おかしくない?


「……そこまで言うなら。疑い始めたのは、先程言った通りミナギが感付いてからですが、それでも私は貴方が悪いことを企んでいるとは思えませんでした。貧しい村に施しを与え、未知の技術を人々に提供しているのは良く知っていましたから」

『楽観的過ぎるとは思う。恐らく、キミの立場であれば魔法使いのように疑ってかかるのが当然だ』

「でも実際何もしないんですよね? 結果オーライです」

『俺はキミがここまでその考え方で英雄としてやってこられたことを心底不思議に思う』


 なんかこう、なかったのだろうか。英雄ならではの駆け引きみたいなもの。


「認めてくれた以上は、ここまでの失礼全てを謝罪します。すみませんでした」

『構わない。それよ』


 文字を浮かび上がらせている途中で起き上がり、さらに苛立った様子で突っ込んでくる魔物の額を指で打ち、元の場所まで押し戻す。

 集中させてほしい。なんかそれっぽいのでこの語調で始めてみたが、慣れていないから頭を使うのだ。


『それより、キミの疑問を晴らそうと思う。質問をしてほしい』

「……あれ、貴方と関係ないんですか?」

『俺もキミも等しく餌としか思っていないだろうな』


 理性のない魔物が俺の影響で生まれたとして、それでも主くらいは理解する。それは絶対的なルールだ。

 魔力が違うし、主としても見ていない。間違いなくあれは俺とは無関係だし、俺のことを餌としか見ていない獣の類だろう。


「でも、魔物は貴方の影響で生まれたんですよね? 私、子供の頃からそう聞かされてきましたよ」

『では、昔話が偽りだったということだな。言っておくが俺が魔王となる前から魔物の類はこの世に存在していたよ。どうしてそれが、俺だけの影響ということになったのかは知らないが』

「……そうなんですか……いえ、これは後にしておきましょう。それよりも先に主だった疑問を解消したいです。貴方は何故、冒険者をしているんですか?」

『贖罪のため』

「は?」

『四百年もの間、俺の影響で大陸を闇で染めてしまった。今やっているのは、その罪滅ぼしだ。長き恐怖と停滞を与えた分、豊かな暮らしと発展で償いたいと考えた』


 何を言っているのか分からない、といった様子のシエラ。

 まあ、魔王の言葉――文字から贖罪なんて出てくるとは思うまい。

 だが本心だ。俺はそのために、この二年間を費やし、そしてこれからもそのために生きていくと決めたのだ。


「……あの。すみません。もっと根本を教えてください。貴方、なんで魔王になんてなったんですか?」

『それはあまり教えたくないが、どうしても聞きたいだろうか。俺の一番隠したい、秘密なのだが』

「はい。その秘密が四百年間の闇のきっかけであるのなら、是非とも」


 ――遠慮しない英雄だ。

 俺が一番知ってほしくない部分であり、誰でもいいから知ってほしいとも思う部分。

 それを教える相手が、まさかこの英雄であるとは思わなかったが。

 長くなる、と前置きした上で経緯を紡ぎ始める。途中また魔物が突っ込んできたので今度は顔を地面に埋めておいた。


 言ってしまえば、始まりこそ全てだ。

 それを教えれば全て察してくれよう。その始まりの部分を、しっかりと、詳細に書き記す。

 シエラの表情は疑念八割、興味二割といったものから、疑念十割へと変わり、頭のおかしくなった者を見るそれをだいぶ長い間続け、恐ろしいものを見るそれを経て、恐怖やら怒りやら哀れみやら馬鹿馬鹿しさやら情けなさやらが混じったような、今後見ることはないだろう非常に微妙な表情に落ち着いた。


『以上だ。ここまでが俺の秘密になる』

「――いや、秘密にも程度ってものがあるでしょう!?」


 うん、俺もそう思う。この英雄とは素晴らしく気が合いそうだ。

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