キミが飛べなくても、ボクが飛べるようにしてあげるから
これまでずっと俺は一人で冒険をしてきた。
だって俺は人々への罪滅ぼしのためにこの生活を続けているのだ。その冒険に他者を巻き込んでいては本末転倒というもの。
そんな理由はともかくとして、少なくとも俺の冒険のスタイルはコロネも知っている筈なのだが。
「不夜城って、あの不夜城だよな? へ? シエラちゃんと組むってことか?」
「悪くねえんじゃね? シエラさんのパーティいないなら最強だろ」
名も知らぬギャラリーよ、賛意を示さないでほしい。
そもそも、例え誰かと組む状況があったとして、万が一にも彼女だけはないだろう。
名前も身分も顔も隠しているけど、魔王ぞ? 向こう英雄ぞ?
大悪を成した存在とそれを止めた存在。倒した側と倒された側ぞ?
そんな理由も知らないのに盛り上がらないでくれ。
頭を抱えたいのを必死に堪え動揺を隠していると、軽い足音が近付いてくる。
ああ、もう見ずとも分かる。こんな特有の気配、彼女以外にいたら怖い。
「えっと……不夜城さん、ですか?」
「…………」
一瞬躊躇ったものの、ひとまず頷く。
頭の中ではこの場をどう切り抜けるべきか、全力で思考が駆け巡っていた。
何も言わずに逃げることは出来る。しかし、不自然に過ぎる。今後もここでやっていくつもりならまずあり得まい。
であれば、彼女に応対しつつ適当に断り、去るしかない。
「活躍は皆からよく聞いてます。ネビュラ黄金魔力炉の発見、ユカラ大雪原のキャンプ地確立、ハイア第一・第二融合大迷宮の完全攻略……同じ冒険者として尊敬するばかりです」
――それが、お世辞でも何でもない、本心であると分かってしまえるほどに、純粋さの籠った言葉だった。
思わず、その顔を見る。
髪を少し伸ばしたらしい。結ぶ必要がないほど短かった金髪はあの頃とは違い、後ろで括っていた。
俺を倒したあの時は――確か、十五歳だったか。あれから二年、その顔つきに少女らしさは残っているものの、比べ物にならないほど大人びた雰囲気を醸し出している。
青い宝玉の如き左目、そしてもう片方を覆う黒い眼帯。
……そうだ。本にも書いてあった。
あの時の戦い、最後の瞬間。全てを忘れ全力で戦っていた俺が斬られる直前に放った最後の魔法。
どうなったかを確認することなく俺は死んだのだが、あの魔法は確かにこの少女の目を捉えていたらしい。
今はもう意味があるか分からない研究を続けている者しかいない、黒の魔法。
それも、俺が切り札としていた特別な代物。
これによって付いた傷は普通の手段での治療が不可能だ。青の魔法をもってしても、治すことは出来なかったのだろう。
その傷を受けてなお、この少女は英雄となった後も冒険者として人々の最前線に立ち続けているのだ。
「あ、そうだ……申し遅れました。シエラ・エンデです。『白い英雄』、なんて呼ばれたりしますけど……出来ればシエラって呼んでください」
――いや、それはそれとして。エンデを姓として名乗るのはどうにかやめてもらえないだろうか。
彼女がそれを名乗りだした理由が理由のため、屈辱的だとは感じないし、その高潔さには寧ろ感心する。
だがだからこそこの上なくむず痒いし、それだけじゃなくて何故か背筋が冷たくなるような気がするのだ。
「……」
「……んーと……本題ですけど、先程までデヴィディア魔源地帯の攻略をしていたのですが、第一ダンジョンの付近で強い魔力を持った魔物を何体か見たんです」
黙っていて此方の拒絶の意を読み取ってくれるはずもなく、シエラは用件を話し始める。
デヴィディア魔源地帯。ここ最近シエラが発見した、大陸の南側にある危険区域か。
曰く奇跡的な確率で魔法の構成要素が組み合わさる地域のようで、自然発生する魔法が侵入者に襲い掛かることから未だ探索に制限を掛けられている場所だ。
許可さえ下りれば俺も赴こうとは思っていたが、まさかそこでの問題だったとは。
「せめて付近に安全なキャンプ地を見つけるまで、シエラたち以外の探索は禁止しようと思ってたんだけどね。次に許可を下ろすなら貴方だと思っていたの。どうかしら、不夜城さん」
願ってもないことだが、一人でやらせてもらっていいだろうか。
その妙な魔物についてちゃんと調査してくるし、キャンプ地も良いところないか探してくるから。
それが駄目なら辞退させてください、お願いします――
「他でもないシエラからの依頼だしね、特例。報酬は五百……いや、六百でどう? 場合によっては増額もありよ」
「私からも同額を支払わせていただきます」
――一度の探索で出される報酬の平均を遥かに上回る額にどよめくギャラリーなどどうでも良いほど、唖然とした。
金儲けが目的ではないものの、あって困るものではない。
困窮している村に全員が腹いっぱいになるほどの食料を持っていくにも、発見した魔法道具を実用化するのも金が必要だ。
画期的な代物を発見してきたとかならまだしも、普段の開拓や攻略で一度に千以上が支払われるなど、まずあり得ない。
豪遊という暮らしも視野に入るほどの金額なのだ。
…………うん。
安心しろ、俺。声を出さず、魔力の質を変えておけば問題はない。
お前はチョロくない。ただそこまでの報酬を支払うというほどの気概にあてられただけだ。
自分にそう言い聞かせ、やけに重く感じた首を縦に振る。
「本当ですか!?」
「助かるわ。すぐに出発するみたいだけど、大丈夫?」
もう一度頷く。
元よりさっさと次のダンジョンに行こうと思っていたのだ。
「良し。シエラ、まだ魔導翼は返してないわよね?」
「はい。外に停めてあります」
「なら、不夜城さん、貴方にも予備を一台貸し出すわ。出来る限り急いだ方が良いでしょ?」
……? 魔導翼?
それは聞いたことがない。誰かが見つけてきた移動用の魔法道具だろうか。
「誰か、力自慢の一人か二人来てくれる? 外に運んでほしいものがあるの」
特にコロネからの説明はなく、彼女はそう言って奥の、職員以外立ち入り禁止の部屋へと歩いていく。
それにやいのやいのと続いていく、筋骨隆々の自称力自慢。十人はいたぞ。何だか知らないがご苦労なことだ。
「魔導翼っていうのは、魔王の城で見つけた魔王の技術の一つなんです」
……ん?
「簡単に言うと、空を速く飛ぶ乗り物ですね。操縦は簡単なので安心してください」
「……」
まさか、という思いに応えるように、自称力自慢数人がそれを担いで持ってくる。
風を切り空を速く駆けられるよう設計された流線形のフォルム。
百も二百も魔法を重ね掛けした石、木、土で組み立て特異な鉱石でコーティングされた黒いボディに金の装飾。
左右の翼型のユニットに備えられた多数の、飛ぶことには殆ど関係ない機能。
搭乗者、もしくは大気中の魔力を吸いそれを増幅させることを繰り返すことによる圧倒的な低コスト運用の実現。
後者二つは見た目だけでは分からない部分であるものの、こんな斬新な形状の魔法機械、忘れる訳もない。
――どう見ても『エンデマキナ』です、本当にありがとうございました。
まあ、もう想像はついているだろうが、あの天才が俺の武威を示すためだとかなんとかで作成した、イカレた発想の魔法機械である。
あれは確か、まだ自分の力で空を飛べなかった頃か。
空を飛ぶなんて普通の人は出来ない。かなり上位の黒の魔法で、俺は習得できる筈もないと思っていた。
「ねえ、安心して? キミが飛べなくても、ボクが飛べるようにしてあげるから。ただ飛ぶだけじゃないよ。空において武威を示すための鎧だ。キミに似合うように作らなくちゃね、ふふ……空のキミを見上げる時を想像するだけで、もう……!」
――あの時のやる気はいつもの倍くらい怖かった。
結局完成する前に飛行の術を手に入れたため、使う機会はなかったのだが――何故量産したのか。
一つ作ったのは知っているが、シエラは外にもう一台あると言っていたし、予備ということはまだある可能性もある。
俺が知らないあの天才の暴走を意外なところで知ってしまい、戦慄している間にエンデマキナは外に運び出されていく。
「多分貴方なら問題なく乗りこなせると思うけど――シエラ、一応見ててあげて」
「そのつもりです。私も最初は苦戦しましたけど、やっぱり速いですもんね、これ」
確かに走るよりは余程速度が出るらしい。想定される性能を自慢げに語られた時は「こいつの頭が逝くところまで逝ったと思いたいけど多分本当なんだろうなぁ」と呆れたものだ。
でもこれ移動手段として気軽に使うようなものじゃないんだけどなぁ……多分。
「それじゃあ、無理はしないように。不夜城さん、シエラを頼むわね。流石に成長はしてるけど、魔王と戦った時みたいに捨て身で突っ込んで大怪我したことだってあるんだから」
いや、本当にすまない。こっちも加減出来なくて。
「もう、コロネさんってば……ううん、でも、その通りです。ご迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いしますね、不夜城さん」
「……」
グサグサと刺さり続ける不可視の罪悪感に節々の痛みを感じつつも、また頷く。
早くも胃に穴が開きそうだ。安請け合いしなきゃよかった。
シエラと並び立って、商会の外に出る。背低いなこの子。あの天才ほどじゃないけど。
外にはエンデマキナが二台、並べられていた。
俺に用意された黒いものと、シエラが乗っていたらしい白いもの。
本当に二台あったよ。改めて怖いなアイツ。
「まず跨って、真ん中の円に魔力を通してください。そうすると起動するので、後はこう……自分の体みたいな感覚で、ぶわーって感じです」
「……」
いや、まあ分かる。機構複雑だもんね、あの天才の発明。
直感的に動かした方が案外上手く操縦できるのかもしれない。
一応、言われた通りに跨り、魔力を通す。
機能自体は頭に入っている。大半は見つけられてから解析されていないのか封印が掛けられており、確かに今の状態では空を飛ぶ乗り物でしかないようだ。
……うん、それなら今のままにしておく方がいいか。
通した魔力が回転と共に増幅し、全体に流れていく。
すると各部に球状の魔力体が発生。ここから放出される魔力を推進として動くんだったか。
「そうそう、そんな感じ……飛べそうですね、流石です」
微笑んだシエラもまた、白い方に乗る。
戦った時より更に良いものに変わった白銀の鎧は、エンデマキナの白と合っていて様になっている。
迷いない様子で魔力を通して浮遊させる。それに並ぶように僅かな力の放出で浮くと、シエラは満足そうに頷いた。
「完璧ですね。じゃあ、行きますよ。先導します。徐々にスピードを上げていくので」
「……」
ゆっくりとした速度で進み始めるシエラに続く。
初めての英雄との共闘、その戦場に向けて。
ああ――憂鬱だ。上手く誤魔化せる気がしないし。