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いいよ、ほんの少しだけ時間をちょうだい



 魔法という言葉は聞こえだけは良いものの、そう万能なものでもない。

 誰かの想像が生み出した創作世界の魔法とは違い、実在する魔法は絶対的に、属する色に則った現象を操ることしか出来ないのだ。

 そもそも魔法というのはこの世界を見守る五色の竜が世界を生きる命に与えた自由の限界に過ぎない。


 赤が示すのは権威。

 己の力を誇示し、他者を凌駕するための攻勢魔法。

 恐らく、今を生きる冒険者たちが最も重視する色こそこれだろう。

 ダンジョンに潜む強大な魔物を倒すための魔法は、殆どがこの色に属する。

 偉大なる【権威の赤】オラクリオは力こそを尊んだ。


 青が示すのは慈愛。

 この世に存在する命を慈しみ、救い、護るための祝福魔法。

 命知らずな愚者が軽視し、死したらその先が無いことを知っている賢者はこれを重視する。

 怪我人の治療を生業とする医者や竜を特別に信仰する物好きな連中のように、戦いを求めずとも研鑽する者が多くいる色。

 心優しき【慈愛の青】キララリルフィアは感情こそを尊んだ。


 緑が示すのは探求。

 充足を驕らず、今のままでは不足だという考えを基本とする生活魔法。

 誰しもが仕組みを疑わずに日常的に扱う魔法はこの色が九割方だろうと断言できる。

 生きること、暮らすことをより快適に、やがて存在の域を上の位階に繰り上げようとする怠惰と傲慢と強欲の象徴。

 賢才たる【探求の緑】ニライカナイは知識こそを尊んだ。


 ――そして。

 白が示すのは調停。黒が示すのは否定。

 【調停の白】シィナリィナと【否定の黒】ムーの二色が与えたもうたこの世のバランス。

 三色を二色が支え、成立している法則をどれほど深く、広く解釈でき、それを可能とする式を組めるか。

 魔法とはそういうものだ。結局、五色が最初に定義した意味の深淵以上のことは出来ないのだ。

 青を極めれば死の淵の命さえ掬い上げることが出来るだろう。

 黒を極めれば死した命に仮初の否定を施し、生ける屍を作ることが出来る。


 ――だが、どちらにしろ完全に死んだ者を蘇生させることなど五色は許さない。


 俺は確かに、英雄シエラによって叩き切られ、死んだ。

 青の魔法だろうと黒の魔法だろうと、どうにもならないことは俺が一番理解できた。

 体は塵と消えた筈。だって、再生を始めるところから意識あったし。

 蘇った体をしっかり調べて、ようやく気付いた。


 俺を蘇らせたのは、緻密極まりない赤の魔法だと。


「死ぬ……? 死ぬなんて考えたらダメだよ! そんなの……嫌だ、嫌だ! わかった、心配なんだね? いいよ、ほんの少しだけ時間をちょうだい。その間、絶対に死んじゃダメだからね? そんなことしたらボク……ううん、なんでもない」


 制御できない闇に罪悪感がいよいよ最高潮に達し、最初に死のうと考えた時、あの天才は涙まで流しながら決意の表情を浮かべた。

 あの時、久しぶりに見たあの天才の涙に死ぬのを躊躇っていた俺を全力でぶん殴りたい。死んだのを確認しても念のためそこから一日くらい殴り続けたい。

 次の日に飲まされた薬で、俺は常人のように数十年の寿命で死ぬことは出来なくなった。

 加えてあの日からやたらあの天才は過保護になって、少しでも死のうという素振りをしたら文字通り手段を選ばず止めてくるようになった。

 多分薬だけじゃなくて色々と仕込んでいたのだろう。蘇生魔法も含めて。


 という訳で俺はまんまと死にそびれた。

 不幸中の幸いだったのは、アイツらに掛けた封印魔法が解けなかったことか。

 今でも定期的に重ね掛けしているが、アイツらが出てくる様子はない。

 こっちもこっちで罪悪感があるが、それよりも優先すべきことが俺にはあった。


 罪滅ぼしである。


 不可抗力、この上なく不可抗力ではあるのだが、俺はこの大陸を闇で覆い、四百年もの間暗い生活を無理強いしてしまった。

 特にこのリトルサンライトなど、あの天才の魔法障壁で外に出ることすら出来なかったのだ。俺を逃がさないためなら城の周りだけで良かったじゃん。

 ゆえに、俺はこの四百年の贖罪のために、冒険者となる道を選んだ。

 俺はリトルサンライトの外に出たことなど無かったので外のことなど何も知らなかったが、未開の地や先人たちが作ったのだろうダンジョンはそこら中にあり、魔族と宝で溢れていた。


 ――そうですよ。本にはああ書いてあったけど別に魔族って俺が生み出した訳じゃないですよ。

 今の俺は魔族ではあるが、俺が魔王となる前から人里離れた場所に魔族がいるなんて話はあった。

 というかそういう事が書かれた文献の一つや二つあっても良いのではないか。四百年が長いのは分かるが、それより前から存在している書物だってあるのに魔族について書かれたものが見つかってないのはどういう事なんだ。

 そのせいで魔族は俺が生み出したことになっており、今いる魔族は俺が滅んでも死を免れた生き残りということになっている。


 閑話休題。

 つまるところ今の俺は未開の地やダンジョンを開拓し、魔族を討ち、宝を回収しては売って金にするなりその宝に秘められた技術を解明するなりして人々に還元する――そんな生活をしている。

 勿論、元魔王ですとか馬鹿正直に言ったら確実にただじゃ済まないので身分も隠したまま。

 それでどうにかなるのもどうかと思うが、それは冒険者を管轄する者の細かいことは気にしない自由な気風によるものだろう。

 個人的には彼女の世話になるのはかなり複雑なのだが、向こうが気にしていないのだからこの際俺も気にしない。

 俺はかつて自称配下の一人が献上してきた全身鎧に身を包み、名の無い流れ者という名目で冒険者をやっている。

 時々冒険者が適任だと近辺に沸いた魔物退治の依頼なども舞い込んできて、昼夜を問わずにそれを請け負っていることから『不夜城』なんて呼ばれていた。名乗れる名前がなかったし都合がいい。

 いや、まあ夜になっても寝る必要がないというか、眠れないからね。夜は人が寝る時間だし、目に付いたら俺が優先的に受けるようにしている。

 なんで眠れないって、寝ている間に封印が解ける気がしてならないのだ。疲労は青の魔法でどうとでもなるし、少なくともこの二年は一度も寝ていない。

 今は休憩とは言うものの、先のダンジョンで持ち帰った綺麗なだけの宝石の換金を待っているだけだ。

 ……この賑わう商会の隅の席で。


 コロネ商会。

 今日も商いを営む人や一攫千金を狙う冒険者で賑わうここは、長らく他の街と交流を行っていなかったリトルサンライトの、今や中心地とも言える施設である。

 代表たるコロネ・サンサーラの手腕は見事なもので、彼女はその商才と名声を以てこの街を冒険者の街へと変えて見せた。

 その名声というのが――英雄シエラと共に魔王を打ち倒したパーティの一人というものである。


 コロネ・サンサーラ。自称配下が持ってきた情報によれば、あの時は姓は無かったらしい。

 貿易都市バラタで義賊の真似事をしていた盗賊の首領である獣人――生まれつき獣人症という病気を抱え、体に人以外の動物の特徴が現れた人間であり、魔族とは区別されている――の女性。

 浅黒く細い腕の肘から先は黒い毛で覆われており、指先には人にはない鋭い爪が生えている。

 普通の人より上の位置に生えているのは先の尖った猫の耳。

 そして極め付けは地面に付かんばかりの尻尾。獣人はその外見にコンプレックスを抱えるものが多いと聞くが、彼女にそれは見られないどころかその特徴を己の魅力として辺りに存分にアピールしていた。

 今はこの商会で商いをしながら冒険者を管轄しており、戦いからは身を引いているが落ちぶれてなどいないのは丸わかりだ。

 この商会で粗相をする命知らずな輩がいれば、そいつが気付かないうちに首に爪を立てることも出来るだろう。一人なら流石に俺の方が強いがこいつも十分人外である。


 彼女が管理しているこの街の冒険者となるのはだいぶ気が引けたが、俺の目的が最も確実にこなせる場所なのだ、仕方ない。

 向こうが気付いているかいないかは知らない。彼女の前で声を出したことはないし、出来れば気付いていないでほしい。

 いや、気付いていたならどうにかしている筈だし、気付いていないのだろう。絶対。


「お待たせ、不夜城さん」


 そのコロネが手に小さな革袋をぶら下げて此方に歩いてきた。

 ようやく換金が終わったらしい。彼女じきじきに来ていただけるとはありがたいものである。勘弁して。


「先の提出資料をもって、サッコ湿地帯地下第二ダンジョンの攻略完了を認めるわ。商会からの報酬と譲ってもらった宝の代金を合わせてこれくらいになったわよ」

「……」


 まずは二枚、袋から紙を取り出し、渡してくる。

 今回探索を行ったダンジョンの情報。これは有益な情報であれば買い取ってくれるし、その情報をもってこれ以上の探索が不要と判断されれば追加で報酬が支払われる。

 加えて宝石をこの商会に売った代金。それらの内訳が書かれた紙と領収証。二つを確認し、相応な金額であること、計算に間違いがないことを確認する。

 ……まあ、深いダンジョンだった訳でもないし、見つけたものも大して有益ではない。こんなものだろう。

 頷くと、続けて紙幣の束をテーブルに置いてきた。


「じゃあ、これが代金ね。無いとは思うけど、不足があったら言ってちょうだい――あ、その本読んでたの?」


 ……出来れば貴女と世間話とかしたくないんだけど。目敏く見つけないでほしい。

 一応一回頷いてから、動揺していない素振りで紙幣を数え始める。


「それあたしが書いてるのよ。一応この目で見てきたし、シエラが書きたがらないならあたしがやるしかないかなって。ところどころ脚色はしてるんだけどさ」


 いやアンタかい。

 大したものだとか上から目線で本当に申し訳ない。かのパーティの面々でもないだろうにって、かのパーティの面々だったよ。

 そりゃあよく書けている訳だ。生き証人なんだから。


「本当は魔王についてももっと書きたかったんだけどね。彼のことは結局知らなさ過ぎたわ。どうして魔王になったとか、なんであんなことをしたのかとか。そういう話もせずに戦ったから」


 なんて斬新な拷問か。そんなことしたら流石にこの本を燃やさざるを得なくなる。

 読み物としては普通に面白かったので是非これからも真実は知らないでほしい。出来ればその脚色とやらでそれっぽい理由をでっちあげておいてくれ。


 鎧の下で冷や汗を流しつつも、紙幣を数え終わる。

 一枚の間違いもない。収納魔法を発動し金銭を入れている空間に報酬を放り込んでから席を立つ。


「あら、もう行くの? 失敗知らずなのはいいけど、ちょっとは体を休めないと危ないわよ?」


 ここに残っている方がずっと危ないです。

 さっさと次の行き先を決めてしまおう。目に付くように商会の入り口近くに並べられた未開のダンジョン情報専門のテーブルへと足を進め――



「おぉい! 『白い英雄』が帰ってきたぞ! 成果は大量だそうだ!」


 ――と思ったけど確かにコロネの言う通りだ。人生――魔王生、休むのも大事なこと。暫くこの席で大人しくしていることにしよう。


「……? どうしたの?」

「……」


 何でもないです、という意味を込めて首を横に振る。頼むから伝わってくれ。というか向こうに行ってくれ。大仕事がやってきたらしいぞ。

 どうやらダンジョン探索で当たりを引いたらしい英雄の凱旋に、商会は一気に騒がしくなる。

 英雄シエラは人当たりの良い性格で、成し遂げた偉業やそれに足る実力から人気は留まることを知らない。

 彼女が大した成果を持ち帰ってきたというニュースはそれ自体が街の活気に繋がるのだ。


「ようシエラちゃん! 怪我はないか?」


 そんな、喧噪の中でもよく響くデカい声が聞こえてくる。

 その数秒後に騒ぎが静まり返ったのは、それほど彼女の表情が優れなかったからだろうか。


「――怪我はないんですけど……準備を整えたらすぐに発ちます。あのダンジョン周辺の魔物の様子が変だったので、一旦引き返してきたんです」


 なるほど。どうやら百点満点の結果とはいかなかったようだ。

 その不安を押し殺して突っ込むことをしない辺りが、彼女が英雄たる所以だろう。

 しかし様子が変な魔物か。彼女なら問題あるまいが、気になりはする。


「変って……どういう風に変なんだ?」

「何というか、魔王みたいな魔力だったんです。同じではないんですけど、よく似たかなり強いものでした」


 ――――はい?


「なっ……魔王の手下か!? それともまさか魔王本人が隠れ潜んでいたとか――!」


 前者は知らないけど後者は百パーセントあり得ないです。

 だってここにいるし。

 というか前者も、俺の影響で生まれてしまった奴ならすまない。手下にしたつもりはないけど。


「そこはわかりませんが……んー……あ、いた。コロネさん、ミナギかリクウさんは来てますか? 出来ればどちらかに付いてきてほしいんですが……」

「今日はどっちも来てないわね。リクウは別のダンジョン、ミナギはまだマギノィから帰ってないわ」


 どうやら英雄シエラは相当の事態だと判断したらしい。

 かつてのパーティの一員の名を出すことでそれが伝わったのか、先程とは違う不安げなざわめきが広がり始める。

 そしてすぐ俺も、妙な不安を覚えていた。


「そうですか……」

「あたしもここでの仕事があるし……あ、そうだ」


 具体的に言うと、すぐ傍から感じる途轍もなく嫌な視線。



「不夜城さん、貴方なら不足はないと思うのだけど」


 ――助けて神様。

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