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王が新たな道を歩む以上、その後ろを歩む我々も、捧げる想いを改める必要があるのではないでしょうか



 アイゼンはシエラを真っ直ぐ見つめる。

 その瞳はどこまでも無機質で冷たい。目の周囲に装着された機械とコードで繋がれたそれから見える世界は、セラ曰く俺たちが見ている世界とは随分と異なるという。

 彼女自身の豊かな感情を一切映さず、慣れていなければひどく不気味に見えるだろう。


「は、はい、どうぞ……えっと、アイゼンさん? ……あの、貴女も魔族で、良いんですよね?」

「解答。魔族には該当しません。人工生命体(ホムンクルス)人型機械(アンドロイド)自動人形(オートマタ)の三種の技術を用いて、マスター・マキナにより作成されたアイゼンを正確に分類する言葉は存在しません」


 そんな風に自分の出自について話しながら――アイゼンは自身に備わった機能を、シエラたちに悟られないままに実行した。


 ――提言。契約の拒否は今後の関係に不和を齎すと予想します。そのため、影響を最小限とする次の回避策を提案します。


 声を介さず、俺たちの思考に直接言葉を届ける伝達能力。

 アイゼンによる一方的なもので、念話の魔法のように会話をすることは出来ない。

 だが、念話には、ある程度技量のある者には傍受される危険がある。そのため、冒険者が学ぶ魔法として推奨されるものではあるが、熟練するほどに使われなくなる。

 あの三人が傍受が可能かはともかくとして、念話の使用を察知出来る域にいないとも思えない。

 ゆえに、悟られないと確信できる連絡手段としては唯一のものと言えるだろう。


「ちょ、何それ。全部まったく別系統の技術じゃないの。自動人形の技術なんて学んでるの?」

「……あー、うん。まあね。プロトゲーム人形一座って知ってる?」


 ミナギの問いに答えながら、セラはアイゼンが提案した策を吟味し、俺とアイゼンに頷いてきた。

 俺たちから言葉を返すことは出来ない。ゆえに、シエラたちに悟られない程度に自然な反応を返す。

 ニア、シトリー、チェルシー――契約に不満を持っていた者たちも、それならばと納得を示す。

 ホメロスはアイゼンの策に愉快そうに笑みを零し、ネメシスは何やら考え込む。

 そうしている間に――アイゼンによる悪巧みが開始された。


「噂くらいは知っているけど……実在していたのね」

「ん。まあ、観に行く分には損はないと思うよ。技術を習おうとかは思わない方がいいね。あそこの座長、まともじゃないから」


 完了まで多少必要な時間。

 それを稼ぐために、セラは不機嫌さを偽りつつ、アイゼンを作成した技術を修得した場所の説明をする。

 セラによるアイゼンの作成の計画が始まる少し前、セラが一年ほど城を離れていた時期があった。

 この大陸で最も有名な劇団に、自動人形の技術を学びに行くと残して。


 ――プロトゲーム人形一座。

 闇に覆われ、誰しもが希望を失った大陸で、各地の町に訪れ、多くの自動人形を用いた劇を披露していた劇団である。

 劇団自体は俺が人間であった頃から存在していた。

 リトルサンライトにも、一度だけやってきて――同じくまだ人だったセラに連れられ、劇を観に行ったことを覚えている。

 大陸が魔王の手に落ちてからも、活動を終了することなく独自の地図を持って闇の中を旅していた人形師。

 今は旅を終え、バラタの街に定住しているという話を聞く。そんな一座の座長は、セラの言う通りあまりにもまともではなく――俺が知る限り、一度たりとも代替わりしていない。

 魔族ではない。座長は長命の種族に生まれた訳ではないながら、独自の手段を以て数百年を生きてきた。

 常に人の『最新』に寄り添い、それでいて人の価値観と一切寄り添わない異常者だ。シエラたちと気が合うことはないだろう。


 アイゼンに使われた自動人形の技術は、かの一座の座長直伝のものであるらしい。

 数週間で帰るつもりであったらしいところが、結果として一年間という長期間の修行となり、ようやくセラが帰ってきた時は――うん、地獄だった。欲求というものの極致をあの日知った気がする。


「アイゼンを構築した技術について、興味があるようであれば、お話しする機会を設けます。今は契約についての質問を優先してよろしいですか?」

「ああ、はい。どうぞ。相互理解のため、答えられる内容であれば全て解答させていただきます」


 裏で実行される、アイゼンによるコマンド。

 対象は俺であり、進行具合はよくわかる。

 友好的に見せかけていながら、その裏で行っている契約を白紙同然のものとする行為を笑顔のままに進行させるアイゼンは……うん、まさしくセラの作った配下だ。


「一つ目の内容について。制限は、王の能力を拘束し、王の以降の成長にも作用する。よろしいですか?」

「はい。……まだ強くなるんですか?」

「当然です。王は依然成長期と断言します」


 いや、別にそんなことはないと思うんだけど。

 魔族としての成長期というものが、一般的にどの程度の年齢で訪れるものなのかは知らないが、正直とっくにそんなもの過ぎ去っている気がする。

 それにこれ以上強くなれる確信もない。――どこかの誰かの手により外付けで強くされる可能性ならある。


「ともかく、制限は彼のその時点の能力を縛るものになります」

「認識。それでは続いて、二つ目の内容について。蘇生や死の回避を有する魔法の効果はどうなりますか?」

「そちらは私と彼の状態を同期させるものですが……それ程の効果を持つものであればかなり強い魔法でしょうからね……私に同様の効果が表れる、と予想しますけど」


 しれっと何てことを言ってるんだこの英雄。

 てっきり蘇生魔法を無視して俺を殺すものかと思いきや、その魔法には勝てないということか?


「まあ、正直二つ目の内容については基本的に気にするほどのものではない、と思っています。前者は抑止も兼ねてのものですが、後者は彼が再度、世界を害する存在になった際の最終手段ですから。そうなる予定はもうないんでしょう?」

「……」


 シエラの問いかけに、首肯を返す。

 ――確かに前者はともかく後者の内容について追及するのは怪しいだけか。

 それが有用となるのは、俺が再び世界を侵すような存在となり、それを命を賭してでも止めようとした場合くらいだ。

 シエラが今の大陸の冒険者を引っ張る最前線である以上、そう簡単に命を捨て去るなど出来る筈もない。


「であれば、あまり影響はない――と思います。これからは敵ではなく、競い、時には共に歩む同士となることを望んでいます。そのためにも、大陸を、ひいては世界を脅かす力に、僅かばかりの枷を掛けていただけないでしょうか」


 シエラは真摯に、頭を下げてきた。

 配下である七人、そして、首元の五人がどう思っているかは定かではない。

 だが、少なくとも俺はこの先、契約における後者の“それ”が必要になることを仕出かす予定はない。

 彼女たちが本当に、納得しているのであれば――無用のものとなるだろう。


「――――」


 アイゼンはシエラの答えを反芻するように、目を閉じて黙り込む。

 シエラの表情に僅か、不安の色が浮かぶ。それはこの契約内容を以て、アイゼンまでもが反対派に寄る可能性を考えてか。

 それは杞憂である。アイゼンは反対することはないし、今反対派にいると思っているだろう者たちも、これから渋々賛成派に移る。

 そんなことを知らないシエラたちを嘲笑うように――無慈悲にコマンドは完了した。


「――結論。我々の行動の方針について、転換を提言します。制限されし王を支え、我々の新たなる愛の証明とする。過去の瑕を黙過し、以後更なる未来を積み上げより盤石なものとする。王が新たな道を歩む以上、その後ろを歩む我々も、捧げる想いを改める必要があるのではないでしょうか」


 何処か、憑き物が落ちて爽やかに見える笑みで、アイゼンは言った。

 それまでのトーンと殆ど同じ――彼女をよく知る者くらいしか判別が出来ないほどの、絶望的な棒読みで。


「……そう言われると、まあ」

「アイゼンがそこまで結論付けるほど成長したことを見せつけられれば、一度くらい認めざるを得ないな。我慢ならなくなれば破ればいいし」

「……私が我儘を言う訳にもいきませんか」


 ――もしかすると、かの劇団直伝の技術の影響なのかもしれない。

 アイゼンはセラたちに指示を出し、それぞれの性格に合った納得の“演技”をさせている。


「……我が王、暫し、失礼します。王に契約が結ばれるのを目前にしていたら、手を出してしまいかねません」

「同じく……部屋の外で待機しています」

「――ああ」


 そしてシトリーとニアは、その指示が出される前に部屋の外に出た。

 契約により、能力が縛られることではなく、契約そのものに抵抗感を持っている二人。

 本当は、この回避策でさえ出来ることならば止めたいと考えているのだろう。

 今後のためだ。こればかりは、納得してほしい。


「えぇと……ネメシスさんは?」

「……元から反対してない。一度時代が終わったなら、受け入れるべき変化も当然ある」


 唯一、反対の兆しすら見せていなかったネメシスは、シエラにそう返す。

 そこにはほんの少しの諦観があった。

 これからイォリアを名乗ることを提案してきたように、彼女はある程度の変化は受け入れるべきと考えている。

 もしかすると、アイゼンの上辺の結論に近い考えを、この中で唯一持っているのかもしれない。


「一応、纏まったみたいですね。それでは、結んでよろしいですか?」


 とりあえず、反対意見がなくなったことを受け、シエラが立ち上がる。

 また誰かの気が変わる前にさっさと契約を結んでしまおうということらしい。

 シエラに続いて俺も立つ。強制ではなく、双方合意の上での契約であれば、遥か昔から方式は決まっている。


「……」

「……いーくん?」

「あの、どうしました?」


 なんでもない。なんでもないんだ。

 これから行うのは必要不可欠な契約、逃れることは出来ないのだ。

 向こうも抵抗があるのは当たり前だ。だからこそ、さっさと終えてしまった方が良いのだ。


「……」


 右の手甲を外す。

 生まれながらの病によって色素の欠乏した、生きた白さを持ったセラの肌とは違い、そこにあるのは死人のように生気を失った白。

 シエラたちと戦った時はこんな鎧を着込んでいなかったし、三人も知っているだろうが、あまり見ていて気分の良くなるものでもあるまい。

 テーブルの中ほどまでに伸ばされたシエラの手に、晒した己の手を近付ける。

 互いに敵意なく契約を受け入れることの証明。

 そのために相手の手に触れる――――直前で俺の手は躊躇うように停止した。

 何をしているのだと再び近付けようとすれば、触れる寸前で離れる。己の意思とは反対に、触れることを反射的に拒んでいるようで、ある意味、見ているだけでその手を切り落とし記憶を消し去った上で自害したくなるほどの無残な光景だった。


「……あの」

「……うわ」

「……魔王って……」

「いーくん……」

「あぁ、なるほど。そういうことか。あの文字を浮かせる迂遠な会話手段はそういうロールプレイでもしているのかと思ったが」

「王……ええと、その……」

「……労しい」

「確認。王の心拍数増大、呼吸の乱れの発生につき、契約締結の延期を推奨――」


 三人プラス配下四名のさまざまな温度を持った視線と、配下一名による体調の変化の言及。

 ……ニアとシトリーが席を外していてよかった。あの二人ならフォローしてくれるだろうがこの状況でフォローされてもつらいだけだ。


「……まあ、なんというか。少しずつ慣れていった方がいいと思いますよ」


 シエラのごもっともな指摘は必要以上に俺を抉ってくる。

 しかしそれで更なるダメージを受ける暇もあればこそ、シエラが躊躇っている手を握り込んでくる。


「それでは、契約を結びます。内容は先の説明通りです、いいですね?」

「……」


 他者と会話どころか触れ合うことすら碌に出来ないらしい自分を心底情けなく思う。

 自業自得で心に重傷を受けた痛みを堪えつつ、曖昧に頷くと、シエラが契約魔法を紡ぎ始める。


 俺の力と俺の命、二つに見えざる鎖が絡んでいく。


 “力”という容器と、“命”という容器。

 アイゼンにより今しがた作成された、『仮想の入れ物』が縛られていく。



 ――アイゼンが一時、王の力と命を契約と関係ない要素に変換します。少しの間、王の力と命はアイゼンが作成する仮想要素となります。契約で制限する対象をそちらに確定した後、再変換を実施し王の状態を元のものに戻しましょう。



 今の俺の力と命は、アイゼンによって作成された小さな使い魔程度の容量の器になっている。

 元のそれらを収めた器は現在全く無関係のものに変換されており、契約の対象とはなっていない。

 それを知らないままに、契約は締結され――今後使用する予定のない、仮初の小さな器に力強い枷が掛けられた。


「――――」

「…………」


 シエラと俺の右の手首に、契約の証である鎖のような痣が刻まれていく。

 契約が締結された後、アイゼンによって元の力と命が再変換され、復活する。

 ……確かに、二つは契約で縛られた。ただし、俺が今までも、これからも有する二つは、まったく違う器に入ったものである。


 シエラたちとの戦いに際し、最後の瞬間、全力であった。それは間違いない。

 だが、そこまで詳細な説明はしていない。彼女たちが知っているのは、俺が死のうとしていたゆえに手を抜いていたことくらいだ。

 だからこそ――俺の全力がどのくらいなのかをシエラたちは知らないし、九割でも一割でも『今の俺の力がそのくらいだ』と言い張れる。

 ――それがアイゼンの策である。

 限りなく意味のない契約。居た堪れない気持ちに加え、実行された悪巧みに凄まじい罪悪感を覚えながらも、俺はそちらを呑んだ。

 形ばかりでも契約は果たされ、配下たちも納得した。

 結局は、この後シエラたちを――人間たちを裏切るようなことさえなければいいのだと、自分自身も無理やり納得させ、己を苛む色々に心の底から溜息をついた。

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