王だろうと世界だろうと英雄だろうと、ほんの一かけらの瑕を付けることも許しません
ミナギを巻き込んだホメロスの暴走が終わり、俺たちはようやく本題に入ることが出来た。
とはいっても――俺はただ黙して座っていただけだったが。
「えっと――今後言い含めてほしい『ボクたちの正体』についてはこのくらいかな。で、いいよね? いーくん」
「……ああ」
……昨日決まった、俺たちの今後について、説明しようとした俺を制したのはシエラだった。
曰く、情報が多すぎていい加減文字を読んで理解するのが難しい。誰でも――出来ればホメロス以外で――いいので、言葉で説明してほしいと。
まったくその通りだと思った。文字をひたすら並べていく説明ではとにかく分かりにくいし、相手との会話でもテンポが崩れる。そもそも会話ですらない。
という訳で今回の説明はセラに任せた。ああ、情けないと罵るがいい。自分が一番痛感している。
…………本当、どうしよう。なんでこれまで二年間会話なしで通用したんだ。
「巨王小国……二人とも、聞いたことありますか?」
「いいえ……今マギノィの書庫で検索を――終わったわ。一致無し、イォリア・アトラスに関する本もゼロよ」
「うーん……覚えがないわね。まあ、バラタにやってくるものの中でも金目のものしか興味なかったし」
今後俺の偽名として使うこととなったイォリア・アトラスと、それを王とした動く小国。
ネメシスから聞かされたその昔話は三人も知らないようだった。
「なるほど、この知名度であれば隠れ蓑にするにはちょうどいいって訳ですか。そんな話を知っているってことは、そちらの……ネメシスさん? は、大陸の外から来たんですか?」
「……内緒」
「えぇ……」
あまり自身について語りたがらないネメシスは、シエラの問いにも答えない。
というか俺も知らない。イォリアをそこそこ知り合いだと言っていたしそうだとは思うが……。
「ひとまず、エンデに関しては暫くの間、シエラに預けてあげる。シエラ自身から返す宣言をするか、シエラが死ぬか、いーくんがいつか、もう一回魔王になる決断をするまで」
――とまあ、セラをはじめとした皆の落としどころはこうなった。
エンデの姓をシエラが継承していることについて、難色を示したのはセラだけではない。
イォリア・アトラスはあくまでも偽名でしかなく、俺の真名はイヴ・エンデであり、エンデの姓は俺のものだと、セラたちは主張した。
結局、俺自身が、その条件を提示することで渋々彼女たちは納得したのだ。
そのつもりはないが――彼女たちは、信じているらしい。俺が再び魔王として立つその時を。
「は、はぁ……それなら、預かって、おきます?」
「なんで疑問形なのさ。二人――コロネとミナギも、そういう条件でいいかな?」
「エンデの姓に関してはシエラに一任するわ。縁起でもないし手放してほしいと、昨日までは思っていたけど」
「私はすぐにでも手放すべきだと思うわ。より不吉よ。祟られそう」
「祟らないよ。この三つの条件は絶対。覆せるのはいーくんだけ。少なくとも、ボクたち配下から返せって言うことはもうしない」
セラはやや不機嫌そうに、しかし断固として宣言する。
俺もミナギの言うように配下たちがシエラに何か仕出かさないか不安だったが、そこは徹底するよう約束させた。
「まあ、話は分かったわ。魔王――不夜城さんを貴女たちが王と呼ぶことを不審に思う人には、それを教えてやってほしいって事ね」
「うん、そう。その上で――今後はボクたちも冒険者として、いーくんを手伝うよ」
それは想定内だったようで、シエラとコロネは苦笑、ミナギは頭痛に耐えるように頭を抑えながらテーブルに突っ伏した。大丈夫かな、今日死んだりしないよな、あの魔法使い。
「悪さをしないっていうなら、それ自体は歓迎ね。問題は――」
「はい。昨日ミナギが言ったように、元であっても魔王である以上、念のために一つ貴方に魔法を掛けさせてもらいます」
言葉を聞き終えるや否や、椅子を蹴って動き出す者がいた。
最初の一撃は問題ないだろうと確信し、一応二撃目に備えて俺も立ち上がる。
テーブルを力強く踏みしめる音と、閃く槍を聖剣が受け止める音はまったく同時だった。
「ッ――」
「落ち着いてください。これは彼自身も認めていることです」
恐らくはこれを言えば誰かが襲い掛かってくるだろう、とシエラは予測し、剣の準備をしていた。
椅子に座っており、テーブルという遮蔽物があり、槍を振るうには人が密集して狭い部屋という悪条件が重なっていたことから、その超速を活かし切れなかった。
結果として、シトリーの刺突はシエラには届かなかった。
一歩遅れて、ミナギがシエラを、ニアが俺を庇うように手を出してくる。
……他の面々が当然だと判断してくれたことに感謝する。あと一人でも飛び出していれば、すぐさま対処をしなければならなくなっていただろう。
「……シトリー、ニア。下がって。俺は確かにそれでいいと言った。覆すつもりはない」
「しかし……っ、認めることなど出来ません! 人間が王を魔法で縛るなど!」
「陛下のお身体を守る魔法はマキナ様により完全なバランスで組み上げられています。今更第三者の魔法が介入する余地はありません」
ニアのそれ初耳なんだけど。得体の知れない魔法がやたら掛かっていることは知っていたけど、そんなことになってたの?
「あー……うん。ニア、それについてはもういいよ。ボクの魔法、もう殆ど残ってないから」
「……そうなのですか?」
「多分いーくんが倒された時かな。大体の魔法は解れて消えちゃってる。一応、ボクも認めなくもないから、下がっていいよ」
「……承知しました」
そうなのか、安心した。後は、全部で幾つあったうち、幾つが残っているのかを教えてほしい。
セラの言葉を不承不承といった様子で受け入れ、ニアは席に着く。
「シトリーも。頼むから引いてくれ。命令するのは好きじゃない」
「…………、はい。申し訳ありません、我が王」
此方も納得している訳ではないようだ。
無念を噛み締めるように頷いたシトリーは槍を引っ込め、テーブルを飛び降りる。
罅の入ったテーブルを修繕し頭を下げると、シエラは溜息をつき、構えを解いた。
「武器出し合って、立ったまま会議とかじゃなくて良かったです。ところでミナギ、守ってくれるのは嬉しいんですけど、前に立つのはやめてください。そっちのが心臓に悪いです」
「き、気付いたらこうしてたのよ!」
咄嗟にシエラを庇おうとしていたらしいミナギはシエラに窘められ、ばつが悪そうに座りなおす。
……まあ、これもシエラを想うがゆえなのだろう。
「……一応、今掛かっている魔法を阻害しないものなら、いーくんが許可するならいいよ。どんな魔法か教えてくれる?」
「はい。私と彼の間に結ぶ契約魔法となります。効果は二つ。力の制限と状態の共有。一時に効果を発揮するのはどちらか一つ、切り替えは私が権利を持ちます」
――切り替えを可能にすることにより、一つの魔法に二つの効果を持たせたのか。
ホメロスさえ、ほうと感心を声を漏らす。
セラは黙って続きを促す。それぞれの効果の詳細――俺が今後、活動する上で背負うもの。
「まず、力の制限――彼が発揮できる力の総量を私が決定できる権利。そして状態の共有――私が傷を負った時、同じ傷を受けることになります。つまり――」
――私が死んだら彼も死にます。
十分にあり得る、英雄シエラへの報復を封じる一手を、彼女は真顔のまま告げた。
呆れと驚愕を隠しつつ、またも槍を持つ手に力を込めるシトリーを抑える。
あ、不味い。チェルシーも立った。待って、チェルシーの真顔は割と本気で怖い。
「……まあ、笑えない代物ではあるね」
「はい。流石にやりすぎだと思ったんですけど、ミナギとコロネさんが盛り上がっちゃって……」
セラは冷静さを保ってはいるものの、苛立たしそうに頭を抑えている。
どうやらその契約の内容は三人の話し合いによるものらしい。
実に楽しそうな、和気あいあいとした空気が想像できる。
のうのうと冒険者をやっていた魔王に掛ける束縛を決定する会議となればさぞかし盛り上がったことだろう。
「待った。そんなもの、昨日の今日で用意したのかい?」
俺も受ける身として中々に笑えない事態だと考えていると、ホメロスがシエラに問い掛けた。
「え……? ええ、一応。流石に時間が時間なので、かなり直感任せですけど」
「……感覚派ってのはこれだから。直感で白を組むってだけで笑えんギャグだってのに。ミナギくん、君はそうじゃないだろうね?」
「……異常だとは思っていたわよ。白は三色と違ってそういうものなのかと考えていたけど、貴女の様子を見る限りそうじゃないようで安心したわ」
普通、新しい魔法の構築は一朝一夕で出来るものではない。
至上の天才であるホメロスでさえ、何日も――下手すれば年単位で研究室に籠って完成させるものなのだ。
特に、調停を冠する白は字面の堅苦しさに違わず五色の中でもトップクラスに発展が難しい。
少なくとも――普通は直感を頼りに一晩で契約魔法を作れるような代物ではない。
話し合いに参加していたミナギでさえ、複雑そうな表情をしている。
なるほど、シエラもまた天才なのだ。現代に生まれて白を操るという特異性は、ついでにホメロスすらドン引きするほどの才能も与えたらしい。
「さて……えっと……効果の切り替えが可能だとは言いましたが、基本的には前者にしておくつもりです。無関係な傷まで共有させるのは流石に迷惑ですので。能力の制限についても、何もない限りは九割程度の――」
「駄目です」
さて、この契約は受け入れるとして、制限によりどの程度厳しくなるか――と考えていたが、その最中、シエラの言葉をチェルシーが遮った。
俺も聞いたことのない、熱の感じられない声色。
敵と相対する時でさえ、こんな態度にはなったことはない。
「王を討った英雄、我々の誰より若いながら我々を凌駕せんばかりの力あるひと。強き貴女を私は尊重します。王への縛りも、王が容認するのであれば私も目を瞑りましょう。ですが、王の力に瑕を付けるというのであれば、誰が許そうとも私は認めません」
小さな口の動きで、異常なほど響く声でチェルシーは言う。
譲る意思がないことは明白だった。
シエラたちも動揺こそしているが、あくまで冷静を繕っている。露骨に杖を構えているミナギ以外は。
殺気はない。戦意すら感じさせない。しかし、それは誰も安心させない。
もしもそれが発された時には、大抵の場合手遅れなのだから。
「……チェルシー」
「お許しください、王。いいえ、如何なる罰をも受け、尚も抗いましょう。その命がマキナさんの愛であるように、その神秘がホメロスさんの愛であるように。その力こそ王に捧ぐ私の愛。王だろうと世界だろうと英雄だろうと、ほんの一かけらの瑕を付けることも許しません」
――今、俺が頼りとしている力を教授してくれた者。それがチェルシーだった。
ゆえにそれこそが彼女なりの“愛”というものであり、それを制限させるということはチェルシーの想いの否定に他ならない。
認められないという気持ちは彼女にとって当然なのだ。
「……まあ、そう考えるとどうもね。その契約が魔法の粋にも蓋をするというなら、私も些か気に入らないかな。チェルシーの言う通り、王の魔法は私の愛だからね」
「……ねえいーくん、ボクも反対派に行っていいかな」
「私も、陛下のお力に枷を掛けることなど認められません」
思い至ったとばかりに、ホメロスとセラ、ニアも参戦する。
――魔法は、ホメロスから。体を用いた戦闘は、チェルシーから。
それより以前の、思い出したくもないほど情けない頃も含めて俺の成長過程を知っているセラとニアも、共感してしまったらしい。
……どうしよう。俺を思っての拒否であることは分かる手前押し通しにくいが、シエラたちの「何とかしろ」という視線も痛い。
現実逃避気味に打開策を考えているうち――
「――質問。英雄シエラ、よろしいですか?」
いつもより少し静かに、アイゼンが口を開いた。




