キミという存在の素晴らしさを知っているのがボクだけだなんて、そんなの嫌なんだ
眠らない都市、リトルサンライト。
夜であろうともそこら中に灯りがともるこの街がそう呼ばれるようになったのは、二年前の出来事が発端だった。
膨大な魔力を持ち、大陸一帯を闇と魔族で覆った“最悪”の魔王イヴ・エンデ。
彼の本拠地であったこの街は、かつて光を灯そうとも数メートル先さえ見通せないほどの闇に包まれていた。
街を囲むように強大な魔法障壁が張られ、外に出ることすら許されない人々は外の世界を知らず、閉鎖的な生活を送る。
やがて魔王に対する憎悪も忘れ、後世の人々はその暗闇の世界を当たり前とさえ思うようになった。
しかしながら街の外の人々は明けない闇に憤り、魔王を討ち取らんと数多の戦士たちを向かわせる。
その悉くが障壁を突破することすら叶わず、魔王がこの地に現れてからおよそ四百年の年月が経った。
既に大陸全体に広がっていた諦観。五十年ほど、魔王に立ち向かわんとする戦士など新たに生まれもしなかった。
そんな中で、一人の少女が立ち上がる。
人よりほんの少し強い正義感と、人よりほんの少し強い好奇心と、とんでもない才能を秘めた、何てことのない村娘。
名を、シエラ。
彼女は大陸を駆け回り、仲間を募りながら自らを鍛えていった。
各々の理由で立候補することがなかっただけで、極めて高い才能を持った者はいた。
シエラはそれらを説得し、仲間に加え、誰もが風の噂で聞くほどのパーティを作り上げる。
シエラは旅の中で、史上類を見ない成長を果たした。
貿易都市バラタで得た知識の数々。
魔法都市マギノィで日夜研究されてきた三色の魔法の習得。
グンカの街に伝わる戦士の極致たる力――その一端。
ネクロノーマの谷に眠っていた聖剣トワイライトの発掘。
そして、神話の世界の存在であった二大魔法の片割れ、白の魔法の覚醒。
才能に恵まれ、幸運を味方にし、それに驕らず血さえ流れ切るような努力を重ね、シエラは強くなった。
そして彼女のパーティは魔法障壁を突破。
闇の街に足を踏み入れ、魔王と対峙。一昼夜の激戦を経て、遂に魔王は討伐された。
大陸を覆っていた闇は晴れ、本来の姿が伝説としてしか語られていなかった太陽はようやく人々の下へと帰ってきた。
魔族たちも全滅とはいかないが激減し、凶暴なものは人里から離れた自然の地に生息している程度。
偶に農村などに現れ人を脅かしてはいるものの、力を尽くせば倒せぬ存在ではなくなった。
そして、そこから大陸は瞬く間に変化していく。
リトルサンライトでは魔王が遺していった技術が無数に見つかり、多くの分野で革新が発生。
闇が晴れたことで未踏の地や誰が作ったとも知れないダンジョンが大陸中で見つかり、そこの開拓や冒険を生業とする者たちが出始める。
残った魔族たちのうち、知恵のある者たちが働きかけたことである程度は彼らも生きる権利を認められ、今では人々と共に暮らす者もいる。
リトルサンライトは日夜冒険者で賑わう、大陸の中心都市となった。
そしてシエラのパーティは魔王討伐から程なくして解散し、面々はそれぞれの道へと分かれた。
シエラ自身は冒険者となり、リトルサンライトに移住。
魔王という存在を忘れないため、そして人々と魔族の間にある壁がいつか無くなるようにという考えの下、エンデの姓を継承。
シエラ・エンデとなり、筆頭冒険者として成果を積み上げていく。
今や彼女は誰もが知る存在。正しく、生きる伝説と呼ぶべき存在であった。
――とまあ。
それがこの大陸で最も新しい伝説である。
『白い英雄』シエラのこれまでを纏めた本を閉じる。
ここまでよく纏めたものだ。本人ではないだろうし、かのパーティの面々でもないだろうに、大したものだと感心する。
本の半分ほどから先はまだ真っ白だ。どうやら筆者は今後も追記していくつもりであるらしい。
やがてはこの一冊いっぱいの伝記となり、他者が写し、大陸中に伝わることだろう。
ふと見つけてしまい、思わず読んでしまったが、中々に面白かった。
完成したらまた読もうと思う。筆者の根気が続き、完成することがあれば、の話だが。
こうしてみると、読書というものも偶には良いなと思う。
とはいえ、当然ながら間違いもあった。
本人が書いている訳ではないのだから当然だが。そして、少なくとも間違いだと分かる部分は俺にとって都合のいい部分なのだが。
本に書かれている通り、シエラという少女は英雄となった。
三色の魔法を学び、遥か昔に眠りについた聖剣を再び目覚めさせ、そして実在など信じられていなかった白の魔法さえ習得した。
中でも白の魔法は、彼女が『白い英雄』という別名で呼ばれるようになった所以だ。
三色に比べて特異で理解が難しい色であったばかりに今の世まで詳細が伝わっていないのだ。
それを操ることが出来る彼女は――やはり異常なまでの才能ある存在なのだろう。
英雄シエラが白の魔法を操るという事実を、虚言だと断じる者も多い。
彼女の仲間の一人の出身地たる魔法都市マギノィの連中など、大半がそう思っていると聞く。
魔法の研究に一生を費やすような研究熱心な連中ばかりな都市だ。所詮白はおとぎ話の存在でしかないとか考えているのだろう。
だが、彼女のそれは紛れもなく白の魔法だ。
少なくとも今のリトルサンライトにおいては、誰よりも俺がそれを知っている。
何故ならば、俺はそれを真正面から見たことがあるからだ。
――はい。生きてます、魔王。
他でもない、俺です。
違う。違うんだ。いや何も違わないんだけど。
弁解など出来よう筈もないが、誰か理解者は欲しい。
俺が大陸を闇で覆ってしまったのには理由がある。ああ、ちゃんと四百年分の理由があるんだ。
――始まりは、とても唐突だったと覚えている。
かつて、四百年前の俺はさして力もない、至って平凡な人間だった。
今もなお発展を続ける三色、そして今や伝説となった白と黒。
五色の魔法はあの頃は誰でも使えるようなもので、俺ですら初歩の初歩くらいなら操ることが出来た。
ようはどちらかと言うと下から数えた方が早いという程度の凡人で、この歴史あるリトルサンライトで特に盛り上がりもなく平々凡々に暮らす。それだけの一生である筈だった。
――一人の幼馴染さえいなければ。
「いーくん、キミは凄いんだ。ボクは皆に、キミの凄さを思い知らせたい。キミという存在の素晴らしさを知っているのがボクだけだなんて、そんなの嫌なんだ」
なんの取り得もない俺を慰めてくれているのだと思っていた。
だって、その日まで俺が目立ったことなんて一度もないし、何かの予兆があった訳でもない。
アイツは天才だった。何をするにも俺の何歩も前を行っていた。
だから、俺自身は気付けないけどアイツには気付けたものがあった。その可能性も期待しない程度に心に留めて励みにしよう、そう思っていた矢先の出来事だった。
「ちょっと。ちょっと待って、落ち着け。待って体動かない何だったのさっきの薬」
「ふふ、気にしなくていいよ。ボクに任せて。ボク、キミのために頑張ったんだ。これでキミは本当のキミを知ることが出来るんだ。そしたら、それを存分に見せびらかしてやろう。どうなると思う? 誰もがキミに恐れを抱いて、崇拝するようになる。ふふ、ふふ……ああ、楽しみだなあ。勿論、ボクも手伝ってあげるからね。キミが支配する世界……想像するだけで喜びで胸が張り裂けてしまいそうだよ。さ、力を抜いて……ね?」
訳が分からないだろう? 俺も訳が分からない。
知らないうちに何かを仕込まれて体が動かなくなっていて、得体の知れない薬を飲まされた。
そしてその日から、俺は魔王になった。
曰くあの薬は俺の秘められた才能を引き出すためのもの、らしい。
結果として、俺は魔力を抑えることが出来なくなり、溢れたそれは闇となって広がっていった。
当然、どうにかしてくれと言った。だが、アイツは心からの笑顔でそれを拒否した。
「ダメだよ。そうしたら、またキミは卑屈になっちゃう。情けないキミを知っていて良いのはボクだけなの。今のキミが本当のキミなんだ。あ、そうだ。今日はね、キミの二番目の配下になってくれそうな人を見つけてきたの。勿論、最初の配下はボクね?」
それから十年も経てば、俺は闇をどうにか制御できるようになっていた。
俺やあの天才、そしてああなって間もない頃にアイツが連れてきた二番目の自称配下が一切年を取っていないと気付いたのはその頃だ。
当然、俺をどうにかしようとする者も大勢いた。だが、その悉くが顔さえ見る前にあの二人に始末された。
しかもようやく制御できるようになったというのにあの天才は数日おきに俺に謎の薬を飲ませ、無抵抗にさせた上で無理やり闇を絞り出す始末。
結果として、四百年もの間この大陸を闇で覆ってしまったという訳だ。
ものすごく申し訳なかった。
可能ならすぐにでも闇の全てを吹き飛ばし、自分も死んで悪夢を終わらせたかった。
魔王と恐れられていても、だからといってやることなんてない。だって天才をはじめとした自称配下たちが全部勝手にやってくれるから。
だから俺は日がな一日怠けるか、もしくは暇潰しに鍛錬をするくらいしか出来なかった。
百二十年も経った頃には俺は闇をごり押しで吹き飛ばすくらいの赤の魔法とかくらいは使えるようになっていた。
――まあ実現なんてしなかったけどさ。理由? それもあの天才だよ分かるだろ。
五十年、もう戦士として立ち上がり俺を討とうとする者はいなかった。
だからこそ、久しぶりに現れ、そして至上類を見ない強さとなった勇者には、なんとしてでも俺のところまで辿り着いてほしいと思った。
数日、ひたすらに自称配下たちを説得した。結果として、「あれほどの才を持った者を真正面から倒すことで、より我が強さを人間どもに思い知らせることが出来る」とかそんな感じで納得させた。
更に戦いを決して邪魔しないこと、戦闘が終わるまで住んでいた城の地下で待っていることを約束させた俺は、全員がいなくなったところで地下ごと異空間に封印し、あの天才が仕掛けた魔法障壁を適度に弱体化させた。
腐っても魔王だ。おかげ様でアイツらが束になっても俺の方が力は上だ。
じゃあなんでそれまで良いようにされていたかって、それも天才が色々やってたからなんだけど。
ともかく、千載一遇の機会で俺はあの子のパーティと対峙した。
一応最低限の礼儀としてある程度力を出して戦うつもりだったが、全力の俺とどっこいどっこいだとは思わなかった。どうなってんのあの子たちの成長速度。
結局最後は手を抜いて死のうとしていたことすら忘れ、全力で戦ってしまった。負けたけどね。
まあ、そんなこんなで俺はようやく討ち取られた。
聖剣で体を斜めに切り裂かれ、体そのものが闇となって消えていく。
それで終わり。魔王はこの世を去り、再び明るい世界が戻ってくる。
そうだと思っていた。そうなる筈だった。そうでなければならなかった。ならなかった、んだけどなぁ……。
――まさかさ? 体に見たことも無いほど緻密に組まれた蘇生魔法が掛けられているとは思わないじゃん?