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第三話「渡し鳥」


 とある日の夕暮れ時。


「ガ、学園ちょぉぉぉぉぉお!」


 かの高名なる学び舎、「都立魔鳥学園」(とりつまちょうがくえん)の神聖にして侵されざる学園鳥室に怒声と共に飛び込んできたのは、新任教師のアルフレッド・トンビだ。


「どうしたのかねアルフレッド君。君は今、生徒たちの登下校をはるか上空から見守る任に就いていたのではないかね?」

「そ、そうなんですが、あまりに信じがたいモノを目にしましたので、急いで報告をと」

「信じがたいモノ……?」


 怪訝に眉をひそめる学園鳥に、トンビは見たモノを報告する。


「それが、『神の泣きぼくろ』の畔にて、神獣と思しき超巨大な……」

「何!?神獣が目覚めたというのか……!?」

「い、いえ!そうではありません!私が見たのは、神獣と思しき生物の、超巨大な――」


 アルフレッドは未だ信じられないといった顔で、目を見開きながら告げる。


「――骨です!」


******


 神の泣きぼくろ。


 そう呼ばれるのは何を隠そう、あのクジラの魔獣が眠っていた湖である。


 最高深度は一万メートルにも達し、いくら水がガラスのように透き通っていようとも、水面からその底をうかがい知ることはできない。


 その湖の畔にて、投げ出された神獣の死体の隣で醜いアヒルの子は――、


 ――食事をしていた。


「ガツガツモグモグゴックン!うめーーーーー!」


 こんなに美味しい魚は食べたことがない。


 こんなもの独り占めしてよいものだろうか。


 頭ではそんな逡巡を繰り返しても、あまりの美味さに羽が止まらない。


 びりびり、びりびり。


 羽でクジラの皮を剥がし、嘴へ放り込み、肉をそぎ取り、嘴へ放り込む。


 三十分間、食事の翼は休まらなかった。


 そしてものの三十分で、全長1キロメートルは裕に超える巨体、その全ての可食部を胃袋に収め切った。


「げっぷ。も、もう食べられないや」


 巨大な骨のみとなったクジラの残骸を見上げ、満足げに頷いて、僕は考える。


「さて、これからどうしようか」


 まずここがどこなのか、そしてどこへ向かえばいいのか。


 自分を恥じず、自分らしく生きていくと決めたものの、それが具体的にどういったことを意味するのかまでは考えつかなかった。


「……とりあえず、自分のしたいことをしよう」


 僕がしたいこと。


 漠然とした考えに、しかし一つだけ、ぱっと思いついたことがあった。


「……友達がほしい」


 友達。


 笑いあったり、時には喧嘩したりして、一緒の時間を過ごす存在。


 僕自身にそういう存在は今までにいなかった。


「そうだ。友達を作ろう」


 他の鳥には、当たり前にいる友達。


 それを作ることができれば、僕も幸せに暮らせるはずだ。


 そうと決まれば、群れを探そう。


 でも僕は飛べない。飛んで群れを探せない。


 なら、


「この水辺を、歩いていけばいいじゃないか」


 鳥だって生き物だ。


 喉が渇けば水辺にやってくる。


 この湖から流れ出る川を下っていけば、休んでいる鳥の群れを見つけられるかもしれない。


「ようし、旅を始めるぞ!」


 踏み出した足は、なんだかいつもより数段力強い気がした。


 内に秘める気力のようなものが、こぼれるようにあふれ出してくる。


 お腹いっぱい、食べたからかな?

 



 群れを探すという目的は、幸運な出会いによって果たされようとしていた。


 川を下って半日歩いた後の事。


 荷車を引っ張る鳥が、川を渡ろうと苦心していた。


「こんにちは!」


 近くへ歩み寄る僕に、その鳥は顔を向ける。


 こうして近くで見ると、見たことがないくらい大きな鳥だと分かる。


「あ、ああ、こんにちは」

「おじさん、誰?とても大きい体だね。ここで何してるの?」


 尋ねる僕におじさんは答える。


「ああ、私はクロード・ダチョウという者だ。行鳥人をやっていてね。向こうの群れまでいくところなんだけど……」


 クロードは荷車と、そして大きな川を一瞥する。


「川を渡るのに苦労していてね。流れがいつもよりも速いんだ」


 そう言って上腕骨を落とすクロード。


 なるほど。この荷車を向こう岸に運べばいいのか。


「クロードさん、僕ならできるかもしれない」

「え、できるって、何を?」

「荷車を向こうに運ぶことさ」

「えぇ!?本当かい?そんな小さな体じゃ、飛ぶことだってできないだろうに」


 僕の言葉に驚くクロードだが、無理もない。


 大人にもなっていないようなアヒルの子に、何かできるとは思いもよらないだろう。


 だが僕は、かつてないほどに体中から力が溢れていた。


 今の僕ならなんだって出来るような気がするのだ。


「本当さ。任せてくれるなら、必ず向こう側へ運んでみせると約束するよ。」

「そ、それじゃぁお願いしてみようかな」

「でも、一つだけ条件があるんだ」

「条件……?」


 腐っても商鳥。


 うまい話には裏があることに、鋭く反応する。


 だが、ここを乗り越えなければどちらにせよ商売が成り立たない。


 何であれこの小さい雛が提示する条件を、飲むしかないだろう。


「できることなら、聞くよ」

「そう身構えないでよ。僕がお願いしたいのは、クロードさんが今から行く鳥の群れに、僕も連れてってほしいってことなんだ」

「……それだけ?」

「あぁ。それだけさ」


 クロードは途端に笑顔になって、


「そんなの、お安い御用さ。それよりも、本当になんとかできるのかい?」

「簡単さ。そうと決まれば、さっそく運ぶよ」


 僕はそう言うと、荷車に駆け寄る。


 半信半疑の眼差しを向けるクロード。


 しかしクロードは子供を侮ったりしない。


 物事の本質を見抜く目を持つ彼は、子供が自由な発想で、大人の思いもよらないことを成し遂げることがあると知っていた。


 この小さな雛も、きっと自分には考えつかないような突拍子もないやり方で、とんちをきかせたように荷車を運んでくれるに違いない。


 クロードは雛の自信にあふれる目を見て心のどこかではそう確信していた。


 しかし。


 現実に起きたことは、確かに自分には考えつかなかったことだったが。


 とんちをきかせる、とか、発想の飛躍、とか。


 そんな話ではなかった。


「よいしょっと」


 目の前ではなんと。


 信じられないことに。


「じゃあ、渡るねー!」


 小さな小さな鳥の雛が、自分の体の百倍はあろうかという荷車を、その小さな羽で持ち上げたのだった。


「あ……?え?」


 呆然とするクロードをよそに、僕は川を泳ぐ。


 さすがにこんなに大きな物を持つのは初めてなのでちょっと心配だったが、予想通り、難なく運ぶことができそうだ。


 川の三分の二くらいまで来て振り返ると、クロードはまだこちらを見て立ち尽くしている。


「おーい、もうすぐ着くよ。こっちへおいでよ!」

「あ、あぁ。そうだな」


 我を取り戻したように答えるクロードは、急いで川を泳ぎ始める。


「ふぅ……」

「よっと」


 無事対岸へ泳ぎ切った僕たちは一息つく。


「す、すごい力持ちなんだね。君は一体何という鳥なんだい?名前は?」


 夢でも見ているかのように呆けた表情で、クロードが尋ねる。


「名前……。名前は、無いんだ。でも、アヒルだよ」

「アヒル……?いやでも、アヒルの雛はそんな色じゃ……」

「そうなんだ。皆と違うから、気持ち悪いって、群れから追放されちゃった」


 思案するクロードに、僕はなんでもないことのように告げる。


 事実、僕からすればもう、なんでもないことだった。


 だけどクロードからすればそうではなかったらしい。


「……!?群れから追放って、こんな小さな雛を?いったいどれだけ腐った奴らなんだ!ピータンの方がまだマシだぞ」

「いやでも、もういいんだ」


 冷静な僕をよそに、激高するクロード。


「いいわけがない!そうだ、私がその群れに文句を言いに行ってやろうか!」

「いやだから……、もういいんだよ。それよりもさ、行こうよ、先へ」


 僕が促すと、なおもぶつくさと文句を言っていたが、先を歩み始めてくれた。


 確かに僕はもう気にしていないことだけど、僕のために怒ってくれていることが、なんだかとっても嬉しかった。


「全く、近頃の鳥社会は義ってもんを知らない――、ん?何をニヤニヤしているんだ?」

「別にー?」


 こんなにも早く、救われたような気持ちになるなんて、僕はちょっと単純なのかもしれない。


「歩くのもしんどいだろう。私と君とじゃ、歩幅も全然違う。荷車に乗りなさい」


 そう言ったクロードは僕が何かを言う前に、嘴で僕を咥えて荷車に乗せた。


 川を渡ったお礼とか、僕の過去への同情とか、いろいろあるのかもしれない。


「ふふ……。ありがとう、クロードさん」


 無言で歩くクロードの後ろ姿は、なんだかとっても暖かかった。


******


 僕たちは随分と長く歩いた。


 草原を突っ切り、その先の森も抜け、夜は野宿をした。


 クロードからはいろんな話を聞いた。


 ここらへんの地理のこと、クロードが取引をしている群れの話、おそろしく強い魔獣が住み着く、決して足を踏み入れちゃいけない禁域の森のこと。


 人間様に捕まって、焼き鳥にされちゃった鳥の話も聞いた。ちょっと泣いた。


 道中二度、魔物に襲われたが僕がみんなやっつけた。


 僕が戦うと、クロードは目と口を開いて立ちっぱなしで動かなかったけど、あれはなんなんだろうか。


 クロードのお話を聞いたお礼に、僕も湖のクジラの話をした。


「えぇ……!?湖って、神の泣きぼくろのことだよね?そこに住むクジラを倒したって、まさか……。いや、まさかね……」

「ワンパンだったよ。ワンパン」

 

 相変わらず目と口をめいっぱい広げて、なにか驚いたような顔をしている。


 彼の癖なのだろうか。


 そうして新しい出来事を見て、聞いて、学んで、そして歩いて、一日と半分が経った頃。


「アヒル君、見えてきたよ」

「わぁ!」


 小さな丘を越えたその向こうに、一面黄色の、菜の花畑が見える。


「すごい……。あそこに、群れがあるの?」

「そうだ。あそこに、大勢のカラスが住んでいる」

「はやくいこう!」


 見渡す限り、黄色。


 お日様と花の甘い香りが鼻をつく。


 黄色は僕にとって、あまりいい思い出ではないけれど。


 こんなに綺麗なんだ。今は過去のことは忘れても罰は当たらないだろう。


 すぅーっと深呼吸をして、この風景を心に刻む。


 幸せに包まれながら、僕たちは坂を下った。


次回、未定

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