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第一話「醜いアヒルの子、群れから追放される」


「おいノロマ!お前もういらねぇわ」

「グェ?」


 とある湖畔の森の影で、泳ぎ疲れて休んでいた時のことだ。


 僕はいきなり、大将のアヒルから群れの脱退を言い渡される。


「いらないってどういうこと……?」

「そのまんまの意味だろうガァ!一言で理解できねぇのかこのチビ!お前は俺たちの群れから抜けて、一匹で生きてけって言ってんだよ!」

「そ、そんな……!」


 大将は白い羽を鬱陶し気にばたつかせて怒鳴る。


 あまりにいきなり過ぎる大将の言い分に、僕は戸惑いを隠せない。


 確かに僕は皆よりも体が小さく、できることだって少ないかもしれない。


 みんなに迷惑をかけていたところもあるかもしれないけど、でも精一杯自分にできることはやってきたはずだった。


 結果的にみんなの命を救ったことだって、一度や二度ではないはずだ。


 それが、どうして……


「んなこたぁおめぇが一番よく知ってるだろ!てめぇの気持ちわりぃ体毛だよ!」


 疑問が顔に出ていたんだろう。

 

 大将はニヤニヤした顔で、みんなに聞かせるかのような大声で叫ぶ。


 ……僕の体毛。


 僕自身にも、思い当たる理由はそれくらいしか思いつかなかった。


 通常、アヒルの子は黄色い羽毛にピンクの嘴という、まるで愛されるために存在しているかのような愛らしい姿をしているが、僕はそうではなかった。


 灰色の体毛に真っ黒な嘴。


 普通のアヒルとは姿かたちこそ似ているものの、その色合いが全く別だったのだ。


「で、でも、そんなの、大将の個人的な考えじゃないか!確かに、他の子たちにからかわれることだってあるけれど、大人たちから気持ち悪いだなんて言われたことはないよ!」


 そうなのだ。


 僕の体毛は確かに普通ではないけれど、それを馬鹿にしてきた群れの大人は誰一匹だっていなかった。


 この群れで、僕は受け入れられているはずなんだ。


 ――しかし、僕の言葉を聞いた大将は、その嘴の両端をニッっと釣り上げた。


「気持ち悪いと言われたことがない、ねぇ……。グェグェグェ」


 不敵に笑う大将は、未だ水浴びをしている群れの方に向き直り、そして問いかけた。


「おーいお前たち、ちょっと聞かせてほしいんだガ……」


 大声で呼びかける大将に、群れの住人たちが顔を上げる。


「この中でこのクソチビのこと、家族だと、仲間だと思っている奴はいるカァ?」


 ――しーん。


 嘘だ、そんなのあり得ない!


 そう思う僕とは裏腹に現実は非常で、だれも名乗りを上げようとはしない。


 場が静まり返る。


 ……いや、かすかに聞こえる。誰かの声が。


 耳を澄まして聞いてみると、確かに聞こえた。最悪の音が。


 ――クスクス、クスクス。


 皆、笑っていた。


 ばつが悪そうに下を向いているのは表面だけで、皆、その手羽先を嘲笑に震わせている。


 ――あの娘は……?


 僕が落ち込んでいると、必ず相談に乗ってくれるアヒルの娘が、一匹いた。


 ピンクのリボンが頭に映える、おさげが特徴的なあの女の子。


 必死でその娘を探す。この現状を否定してくれと、必死に。


 ――いた!


 湖畔に佇む彼女を見つけ、安堵に似た何かを得る。


 しかし。


 ――彼女もまた、俯き体を震わせていた……!


 無言で立ち尽くす僕に、大将はなおも追撃をかける。


「じゃあよぉ、なんかこいつに言いてぇことがある奴、いるカァ?――お?おばちゃん、どうせ最後なんだから、言いたいこと言ってやりなよ」


 大将が問いかけた瞬間、群れの子供たちの面倒を見ている一匹のメス老鳥がすぐに手を挙げた。


 ――嘘だ。


 彼女は僕たち子どもの母親のような存在で、やんちゃすれば厳しく叱り、みんなのために行動すれば大手羽先を振ってほめてくれる。


 容姿のことでみんなにいじめられることも多かった僕が、一匹寂しく泣いているところへ、彼女はいつものように励ましに来てくれた。


 そんな彼女が、僕にひどいことを言うはず――


「――ホントに、気持ち悪かったわぁ」


 目の前から、まるで色が失われていくようだった。


「そいつ、よく一匹で泣いてたのよ。どうしてみんなに馬鹿にされるのかって」


 あり得ない。聞きたくない。


「群れの習わしとして、生まれた子は皆で育てるっていう暗黙の了解があったからね。他の子と同じように扱ってきたけどもね」


 耳を塞ぎたかったが、僕の小さな羽ではそれすら叶わない。

 

「大将がいいって言うんなら、これっきりさ。言わせてもらうよ」


 そして彼女は大きく息を吸うと――、


「――そんな気持ち悪い見た目なんだから、馬鹿にされるに決まってるじゃぁないカ!カーッカッカッカッカ!」


「「「「「「カーッカッカッカッカァ!」」」」」」


 彼女に合わせて、群れのみんなが笑った。


 僕はもう恥ずかしさと、悲しさと、寂しさと、空虚さなんかがごちゃ混ぜになって、もう居ても立ってもいられなくなって、あふれ出す涙で前なんか見れないっていうのに、全力で走った。


 飛べるのなら、飛んでいきたかった。


 まだ見ぬあの大空に、雲一つ無いあの蒼に、自由を求めて羽ばたきたかった。


 しかし、僕はまだ飛べない。


 だから、自分にできる範囲で、可能な限り速く走った。


 早く離れるんだ。あの、悪夢のような集団から、早く。


 しかし、どれほど早く走っても、どれほど遠くに走っても、飛び去ることすらできない未熟な僕を嘲笑うみんなの笑い声が、頭の中に木霊する。


「やめて……、やめてくれッ……!」


 反芻される嘲笑、侮蔑の眼差し。


 目に、いや、脳に焼き付いたその光景は、走り疲れて地面に倒れ、そして意識を失っても頭の中で繰り返された――。


次回、2020/5/15更新予定

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