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人形のような皇后陛下の見る夢1

「皇后陛下がお呼び?」


セイラの戸惑った声の疑問符に、スザンナも困ったように頷く。


「はい。いつでもいいので時間のある時に来て欲しい、と」

「あら、どうしましょう。えっと、それは、いつ伺えばいいのかしら」


セイラは、アドルフとビアンカの結婚式に参列し、その夜に国中の貴族と他国の賓客が招かれ大々的に開かれた結婚披露晩餐会に出席した時以来、皇后となったビアンカと一対一で見えたことはなかった。

セイラには、呼ばれる理由など、全く思いもつかない。


「どのような御用なのかしら?今から手ぶらでお邪魔してしまっても良いものかしら?」


ぶつぶつと呟きながら部屋の中を右往左往するセイラの落ち着きのなさに、スザンナが少しばかり呆れた様子で諭す。


「一度お座り下さいませ、セイラ様。今からお伺いするのでしたら、先触れを出しますわ。どのようになさいますか?……そんなに緊張なさらずとも、国元から付いてきた侍女の方達は、もうセイラ様に因縁をつけようとはなさいませんよ」

「それは元々気にしていないわ。お付きの侍女の方達は、ビアンカ様を守ろうと必死なのよ。仕方ないわ」


当たり前のことだ、とあっさり言い切るセイラに、スザンナは小さくため息をついて、どこか遠い目をした。


「……まぁ、セイラ様は、そうでしょうね。何にせよ、皇后陛下ご自身は穏やかで争いを好まれない優しい少女とのお話です。ただ、後宮に住う者同士、交流を、というお話かもしれませんし」

「いや、でも、このタイミングで?もうすぐ産み月にはいられるはずでしょう?」


間もなく出産を控えた皇后が、夫の側室などに会いたいと思うものだろうか?


「アドルフが何かした、……ってことは、さすがにないでしょうし」


アドルフはビアンカへはきちんと礼節と思いやりを持って対応していると聞く。

律儀に一日おきに二人の妻の元に出向き、対外的には平等に愛を注いでいる。

セイラ自身も、ビアンカの懐妊が判明してからは少しでも彼女の心理的負担にならないよう、息を潜めるようにして後宮で暮らしている。

セイラを貶める者たちを威嚇していたアドルフの態度も、目に余ったため厳重注意した。

それ以来、後宮内は落ち着いているはずだ。


「何か、ご不満なことがおありなのかしら?それとも、何かご不安なのかしら?」


皇后が側室に文句を言いたいことなど、今の時点で何かあるだろうか。

どこか一歩遠慮したような尋ね方も不可解だ。

何か不安があるのだとしても、セイラに声をかける理由はないだろう。

少なくとも急ぎの要件ではないらしいが、困惑は隠せない。


「……まぁ、考えていても仕方ないわ。身なりを整えるから手伝って頂戴な。それから、先触れを」

「はい、承知いたしました」




ワンピースのような部屋着から、皇后陛下の私室へ訪問しても問題のないシンプルだが品の良い暗緑色のドレスに着替える。

後宮でセイラが与えられたのは、朝陽の美しい東の端の一画だ。

皇后が住むのは、西の端の一画であり、後宮の中ではセイラの居室から最も離れた場所に位置している。

この二つは東の宮、西の宮と呼び分けられ、どちらも皇后となる可能性のある妃達の住む場とされる。

皇帝の居所は後宮の中央に位置し、どの妃の部屋に行ったのか、分かりにくいようになっている。

かつて血で血を洗う凄惨な事件が多発したからと聞くが、セイラが後宮に住むようになってから、大した事件はない。

なにしろ、住む人間がほとんどいないのだから。


「……ふぅ、さて。久しぶりに外に出るわねぇ」

「そうですね、セイラ様」


僅かに気が重そうな顔でため息をつくセイラに、スザンナは苦笑しながら付き従った。


一歩自室の扉の外に出ると、セイラはいつも別人のように振る舞う。

誰の目に映っても問題のない立ち振る舞いを心がけて、優美な足取りで廊下を進んでいく。

廊下には、さまざまな仕事を任された者たちが忙しなく行き交っている。

彼らは、廊下の真ん中を音もなく歩いてくるセイラの姿に、揃って目を丸くした。

滅多に部屋から出ることのない、後宮第二位の地位を持つ妃を目にして、慌てて略式の礼を取る。


「御苦労様。いつも後宮を心地よく整えてくれてありがとう」


すれ違いざまに人々へ感謝の言葉を与え、セイラは楚々とした貞淑な妃の顔をして微笑みかける。

直々の言葉を与えられ、感動に打ち震える者達を見ながら、セイラは優雅に歩み続けた。

東の果てから西の果てへ、まっすぐに。




***




「ご尊顔に拝し恐悦至極にございます。東の宮を賜るセイラにございます。お呼びにより参上仕りました」


皇后へ敵意のないことを表するべく、臣下の最高礼を取り、低く頭を下げたセイラに、ビアンカは小首を傾げて困ったように微笑んだ。


「ご機嫌よう、セイラ様。どうかそのようなことはなさらないで下さいませ」


柔らかな絹の部屋着にガウンを羽織ったビアンカは、ソファにゆったりと腰掛けたままセイラを迎えた。


「座ったままでごめんなさい。立ち上がるのが辛くて」


ふっくらと丸みを帯びた臨月の腹をそっと撫でながら苦笑するビアンカに、セイラは首を振って微笑む。


「とんでもありませんわ。健やかにお過ごしのようで何よりでございます」

「……ええ、ありがとうございます。お座り下さいませ、セイラ様。本日は突然お呼びたてして申し訳ありません。少し、お話したいことがございまして」


穏やかながらも、かすかに暗さを感じさせる声で話すビアンカは、ゆるく唇を噛んで目を伏せる。

そして、可能な限り人払いを、と告げたビアンカに、セイラは戸惑いを隠せなかった。

しかし、どこか思い詰めた様子の若き皇后に、セイラは振り向き、迷うことなく指示をした。


「騎士のお二人は外に。……スザンナだけは残してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんですわ。私の騎士も退室させましょう」


セイラの問いかけに頷き、ビアンカが命じる。

ビアンカにならい、セイラは斜め後ろに控えるスザンナはそのままに、付いてきた護衛騎士二人へ外に出るように再度促した。

僅かに躊躇いを見せた騎士達は、皇后の騎士達も部屋を出て行くのを見て、納得したようにして退室していく。

僅かな侍女のみが残った部屋の中、物憂げな表情で俯くビアンカを前に、セイラは困惑も露わに座っていた。


「……セイラ様。私は、もう、産み月に入りました」

「はい。……ご健勝にお過ごしのこととお喜び申し上げます」


突然の言葉に訝しく思いながらも、セイラは礼儀正しく皇后への寿ぎを紡ぐ。



「ありがとうございます。……私から、お願いがございます」


静かに顔を上げたビアンカの表情は、帝国の未来を背負う子を宿しているとは思えないほど、まろやかに澄んでいる。

それは、運命に抗わず、何もかも受け入れた人間の表情だった。


「生まれる子を、引き取って頂けませんか?」

「……なっ!?」

1と2を間違えて投稿してしまいました…すみません…

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