表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

若き皇帝の幸福な初夜

「疲れたか?セイラ」

「……えぇ、少し」


本当は、少しどころではなく疲弊していた。

失ったものの大きさと、新たに背負うものの重さに、ぐしゃりと潰れてしまいそうだった。

けれど、そんな泣き言は欠片も溢さず、セイラは緩く首を振ってみせる。


「でも、平気よ。アドルフがいるもの」

「ふふっ、あぁ、セイラには俺がいる。……だから、恐れることはない」

「ええ、そうね」


嬉しそうに笑う若き皇帝に、セイラは胸の内に巣食う陰を綺麗に覆い隠し、安心させるように微笑んだ。

生まれてからずっと、これ以上の重圧に耐え、重責を負わされてきた男を前に、甘えた弱音は吐けなかった。

その男の未来を支え、その心を守りたいと思って、セイラはこの場所へ自らの身を投じたのだから。


未来への恐れで震える己を叱咤して押し隠し、代わりにセイラは頬を染め、恥じらうように睫毛を伏せた。


「それより、すこし、緊張してしまって。……恥ずかしいわ、もういい歳なのにね」


二人がいるのは、皇帝夫妻が初夜を過ごす寝室。

ワンピースの形をした純白の夜着に身を包み、セイラは寝台に所在なく腰掛けている。

居た堪れなさそうに、もじもじと指遊びをするセイラを愛おしげに見つめて、アドルフは微笑んだ。


「それは、俺もだよ、セイラ。なにせ、初恋の女性と、とうとう、……本当にやっとのことで、褥を共にするのだから」


片目を瞑り、アドルフは揶揄うような口調で話しながら、セイラの隣に座って肩を抱いた。


「君が俺の真心を信じ、俺の全てを受け入れてくれて、本当に嬉しい」


喜びが抑えきれないというような浮き立つ声音に、嘘は一片も混じってはいない。

愛されて、求められて、それを受け入れてここにいるのだ、と、セイラは噛み締めた。


「平民として自由に生きてきた君を宮廷に閉じ込め、重荷を背負わせることになってしまって、本当にすまないと思っている。俺はセイラが失くした全てのものの代わりになろう」


無言のまま身を寄せれば、耳元で続けられた台詞は、どこまでも真摯で、どこまでも傲慢だった。

思わず、セイラはくすりと笑ってしまう。


仕方のないことだ、と思った。

彼は生まれながらの皇帝であり、彼にとって他者は全て己の臣下なのだから。

下の者の苦しみや悲しみに気がつき、慮ることのできるアドルフは、きっと稀代の名君の素質があると言えるだろう。

命じれば受けざるを得ないのに、彼は求婚の答えを、セイラが頷くまで待ったのだから。


セイラがいつかは求愛を受け入れることを、アドルフは確信していたのだろう。

けれど、政務官として宮廷に仕える臣下の進退はおろか、場合によっては生殺与奪すら握る身でありながら、選択を委ねて待つなど、なかなか出来ることではない。

彼は下の人間にも心があると理解し、その気持ちを考えて行動できる、優しさを持った王者だった。


「私も愛しているわ、アドルフ。あなたと一緒になれるなんて、私はとても幸せな女ね。……待たせてごめんなさい」

「俺こそ、世界一の幸せ者だ。愛おしい、俺のセイラ」


耳元で囁かれる低く甘い声、耳朶をくすぐる熱い吐息。

どこか騒めく内心を押さえ付け、セイラは逞しい胸に火照った頬をすり寄せた。


「この日が待ち遠しかったことは本心だが、きっと俺達には必要な時間だったんだ。いいさ、これから時間は幾らでもあるのだから」


優しく許され、セイラの胸は安堵と、わずかな失望を孕む。


いつだって、アドルフは罰する側で、許す側で、与える側で、奪う側なのだ。

そしてそのことに、とても無頓着だ。


だからアドルフは、セイラから己が知らず奪ったものに気づかず、ただ許す。

アドルフは皇帝なのだから。

それは、当然のことだった。


「俺は幸せだ。愛しているよ、セイラ。この身がどうなろうと、俺の心は永遠に君だけのものだ」

「私の身も心も、永遠にあなただけのものよ、アドルフ」


少しだけすれ違った誓いを返し、セイラは目を閉じた。

唇に、温かな感触。

押さえ付けられ、呼吸を求めて口を開いた途端に舌を差し込まれた。

口の中を味わい尽くされ、ようやっと解放される。

初めての事態に対応できず、セイラは焦点も合わないまま、ぼうっとアドルフの顔を見ていた。

そんなセイラを抱きしめると、アドルフは堪え切れないというように呻き、「俺だけの、可愛いセイラ」と呼んだ。


ドサリ


アドルフに押し倒され、寝台に背中を預ける。

二人分の重みで、セイラは肌触りの良い純白のシーツの中に沈み込んだ。


「大丈夫だ……無理はしない。優しくするから。……セイラを俺におくれ」

「はい……よろしくお願いします」


慎み深く目を伏せたセイラの瞼へ、アドルフは口づけを落とした。




宣言の通り、アドルフはひたすらに優しかった。

長い時間をかけてセイラの官能を引き出し、不慣れな体を慣らしてくれた。


アドルフが極まり、熱い飛沫を中に放った後、セイラは長い吐息を零した

どさり、と覆いかぶさってくる重い体を抱きしめ、ゆっくりと背中を撫でる。


「愛している……セイラ、永遠に俺のものだ……」

「えぇ、私はアドルフのものよ」


落ち着きを取り戻したアドルフが囁く睦言に甘い声で返しながら、セイラはどこか心の一部がするりと抜けて、底なし沼へと落ちていったような気がしていた。


……あぁ、これで私の身は私の物ではなくなったのだ。


セイラは喜びと安堵と諦めと、微かな絶望とともにその事実を受け入れた。

皇帝の身体の一部をその身のうちに受け入れ、子種を胎の中に注がれたのだ。

いつこの身が次代の皇帝を宿しているともしれない。


この国で最も尊い血筋を孕む可能性があるセイラは、皇帝に抱かれたこの夜から、セイラ一人のものではなくなったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ