まやかし
「旭ちゃん、どうだった」
鈴の問いに、旭は頭の上で大きく丸を描いた。
「勝負決まったよ。明後日のグラウンド奏会長に押さえてもらったよ」
満面の笑顔で鈴と夏樹に報告する。
「え、マジ。やったじゃん」
「さすが旭ちゃん、野球部創部いけそうですね」
「夏樹ちゃん、いぇーい」
「鈴ちゃん、いぇーい」
鈴と夏樹が両手でハイタッチをすると
「旭ちゃんもいぇーい」
旭が軽く上げたそれぞれの手のひらに鈴の右手と夏樹の左手を重ねるのだった。
「ところで勝負はこちらの要求通り5の1勝負?」
鈴が嬉しそうな表情を引っ込めて冷静に旭に問いかける。
旭は時々、無茶をする。その確認だ。
「ふっふっふ、それどころか10の10勝負だよ。こっちが10打席で一回でも先生を抑えたら勝ち」
「勝ったも同然だね」って表情で旭は自慢げに答える。
「本当ですか?神谷先生ってもしかして神様なんじゃないですか」
夏樹もこの条件を聞いて勝利を確信したようだ。
「ちょい待ち。話がうますぎない、それ。旭ちゃん、なんか隠してない」
鈴は、疑いのまなざしで旭の顔をのぞき込む。
この娘、絶対無茶をすると確信している目だ。
「鈴。考えすぎ。10の10勝負は先生からの提案だもん」
「本当ぅー?」
鈴がずいっと顔を近づけてくる。
「女なんてそこらの草野球のおっさん以下だって言ってきてさ。勝手に勝負内容変えてきたんだよ?舐められたのはちょっとむかつくけど、折角なんで受けてきたよ」
旭が選手を辞めるという事を二人に隠しているのは本当だが、この部分に関しては本当だ。完全な神谷の独り相撲なのだ。
東京までこの二人を連れだしたのは旭だ。その旭が選手としてはもう活動しない事は二人に対する裏切りだ。
だが、そのくらいの事を言わないとあの先生は乗ってこないだろうと思った。ただ、それを気にする人かというと正直「しないだろうな」と旭は思う。
自分が多少感情的になっていたのは認めるところだが、「なんか乗ってくるだろうな」と妙な確信はなぜかあったのだ。「どこかあの先生と私は似たところがあるのだろうか」旭は自問するがさすがに似ていたくはないなと思うのだった。
それはともかくとして、野球を辞めることは二人に言わない事にした。このまま騙したままなのは勝負が終わった後に気まずく、絶交もされるかもしれないが仕方がない、そう割り切っている。たぶん、この行為に理解を示してくれることもないだろう。
かなり心苦しいが、この勝負を貫徹するために二人を騙すことに旭は決めたのだ。
「やっぱりね、奏会長が一緒に来てくれたのは大きいよ、うん。」
旭は生徒会長の名前を出し、安心させようと試みた。
「旭は心配だけど、まぁ会長が一緒なんだから大丈夫か」
新入生と生徒会長の関りは、まだ祝辞くらいなのだが、その祝辞のすばらしさ、凛とした声、美人でスタイルが良く華やかな生徒会長はすでに憧れの的であった。
鈴もその一人だ。
「旭ちゃん、今度生徒会長さんに会わせてよ」
「あっ、わたしも」
鈴のお願いに夏樹も慌てて乗っかってくる。
「意外とミーハーね、鈴も。いーわよ、ロハで会わせてあげる」
自慢げに、そしてなぜか偉そうに旭は答えるのだった。
その頃、生徒会室を緊張感のある静寂が包んでいた。
もう他の生徒会はいない。いるのは生徒会長である奏と二人の生徒である。
その二人の生徒は新条紅音と新条蒼衣だ。
二人は雪城学園の二年生。奏の1年後輩で去年、野球部を作ろうとしていた二人だ。
紅音と蒼衣はよく似ている。一卵性双生児なのだから当たり前だが。
ただ、外見は瓜二つだが性格は大きく異なっていた。
自由奔放で暴れん坊気質な紅音に対して蒼衣は、物静かで飄々とした性格だ。
最大の違いは紅音は本能のままに生きているが、蒼衣は一度物事を脳を通した上で生きていける。
長い沈黙を破り、奏が口を開く。
「おまえらさ、私言ったよね。去年の顛末、ちゃんと旭に話しとけって」
普段の学園生活はいつも笑顔の生徒会長だが、今は違う。不快そうに眼を細め目の前の二人を睨みつける。
「ちょいとバツが悪くて。すいません」
そんな視線も気にせず、紅音が笑顔で答える。
「・・・・・・」
蒼衣は何も答えず泰然と構える。
「はぁーっ」
深く、深く深くとても深く奏はため息をつく。
「お前らが適当だから旭、大変なんだぞ。わかっているのか。せめてお前らが教頭と神谷先生と揉め事起こしたこと知っていたらもうちょっと上手くやれたのかもしれないのに」
あまり強く言っても無駄なんだろうなと思いつつも奏は語気を強める。
「まぁでも一応、神谷と勝負して勝てば野球部作れるんなら結果オーライじゃないですか」
紅音はあっけらかんと言う。
「お前らって言いますけど、私は揉めてませんよ。止めなかっただけで」
蒼衣が続けて言う。
「私さ、お前らに言ったよね。揉め事があったから野球部は色々と難しくなった。だから旭にはそのまま静岡で野球続けろって言っとけって。なんで旭何も聞いてないのさ」
奏は遺憾の意を二人に伝える。
「いや、私からは言っていませんけど蒼衣がちゃんと言ったって言ってましたよ」
紅音が妹を使って言い訳を始める。
「神谷先生は教頭派だからさ、旭を完全に潰しに来ているよ。幸いな事に面倒だから相手にしていなかったみたいだけど、結局旭が火を付けちゃって本性出してきたよ」
奏が肩を落とす。
「じゃあ、なんで旭が神谷に話しを付けに行ったの止めなかったんです?」
もっともな疑問を紅音は奏にぶつける。
「そ、それは・・・・・・。私が甘かった。家庭科部から聞いた話じゃ意外と上手くやってくれてましたよって話だったから。思わずその不確かな、いや不確かでもないんだがそれに乗ってしまった」
奏が更にがっくりと肩を落とす。
「まぁまぁ、奏先輩。そう気にしないで」
その紅音の言葉に、奏は「お前らはもっと色々と気にしろよ」と思うのだった。
「旭が有咲の想いを継ぐためにこの学校に来てくれたのは嬉しいんだけど、私が直接、東京来るの止めるべきだったなぁ」
奏は後悔の念を滲ませ机をドンと叩く。
「いや、先輩。さっき聞いた話じゃ10打席で1回打ち取るだけでいいんすよね?旭は投手としては大したことないけどまぁまぁですから勝ちは確定じゃないですか。何をそんなに気にしているんです」
紅音が疑問を口にする。
「悪い、言い忘れてた。神谷先生が勝負受けた条件が旭の選手引退なのよ。まぁ旭から言った件ではあるんだけど」
机に突っ伏し、奏が嘆く。
「はぁ!なんすか、それ。私、神谷殺しに行ってきます」
そういうと、紅音が出口へ一目散に駆け出す。
慌てて奏は、席を立つと紅音の腰にタックルし、ドアの前でなんとか止めた。
二人はその衝撃で床を転げまわるのだった。
「なにすんすか、先輩!」
「お前はちったぁ脳みそ通して行動しろよ!」
床の上で揉みくちゃになりながら二人が口論を始めると、その頭上から蒼衣が言う。
「先輩、紅音が絡むと知能指数めっちゃ下がりますよね」
「それから先輩、今更ですけど・・・・・・」
蒼衣が静かに淡々という。
「私はちゃんと旭を止めましたよ。どうしても雪城学園に来るっていうんでGo back to your countryって」
「わかりにくいわっ。それに旭、英語苦手だからたぶん最初のGoくらいいしか理解出来てないわよ・・・・・・」
奏は心底疲れたように床にぺたんと腰を落とすのだった。




