合意
「神谷先生、野球部創部を賭けて勝負してください!」
旭は職員室の神谷を訪ねると開口一番言った。
「また、おまえか。こちらに受けるメリットがないな」
神谷が面倒くさそうに言葉を返す。
「この勝負受けてもらえれば、もう二度と私、先生に絡みません」
旭はまるで瞳の中で炎を燃やすかのような視線で神谷に言う。
「それは大変魅力的な提案だが、勝負して勝ち取るほどのもんでもないな」
神谷がそっけなく応じる。
「先生、お願いできませんか。勝負して負けた際は私も旭が先生にご迷惑かけないようしっかりと指導しますんで」
奏も間に入り勝負を取り持とうとする。
「いや、その心配はいらんだろ。負けたらちゃんと引くだろ、そいつは。生徒会長どうせなら勝負なしで二度と関わらないようにしてもらえないか?」
「いえ、それは・・・・・・」
奏がくぐもる。
「そもそも、部活動とやらに関わりたくないんだ。思った以上に時間がとられるからな。しかも目標は甲子園?現実味のない話に巻き込まれるのはごめんだ。本当に申し訳ないんだが他を当たってくれないか?」
神谷が、言葉とはうらはらにまったく申し訳なさそうに告げる。
「先生」
旭は、静かにそして一度深呼吸をして続ける。
「この勝負勝っても負けても、私、野球を引退します。先生にメリットがないのは承知の上です。今、私が賭けれるものは何もありません。ただ私たちが勝って野球部を創った暁には先生に損はさせません。必ず強いチームを作ります」
旭は悲壮感のこもった声で告げる。
「ちょっと、旭!何言ってるの。あなた抜きで野球部創ってもしょうがないでしょ」
奏が慌てた様子で旭を嗜める。
「先輩止めないでください。ただの思い付きではありません」
「旭。考え直しなさい、先生すいません。また明日出直しますので・・・・・・」
「わかった。勝負を受けよう」
神谷があざ笑うかのように答えた。
「一体何をこんなに執着しているのかは知らないが、バカを地獄に叩き落すのは嫌いじゃない」
ここが職員室であることを、全く気にせずに言う。
「勝負内容はなんだ?」
神谷が冷淡な笑いを浮かべながら旭に尋ねる。
「5打席勝負。先生が1本でもヒット打てたら勝ちでいいです」
旭が答える。
「ハハハ。随分とお前は男女の体力差を舐めてるな。女子の能力なんざその辺の草野球のおっさん以下だぞ」
神谷は容赦なく言うと続けた。
「10打席だな。10打席やろう。1回でも俺を打ち取れたらお前らの勝ちだ。俺みたいな素人相手でも通用しないことを教師として教えてやるよ」
心底バカにしたような言葉を旭にぶつける。
「その条件で本当に良いんですね。私たちを舐めた事後悔しますよ」
温厚な旭も、さすがに気色ばんで応戦する。
「心配するな。なぶり殺しにしてやるよ」
神谷は立ち上がると、旭を見下ろし言う。
「私、負けませんから」
その視線に負けじと旭はにらめ返すのだった。
「どうしたの。あなたらしくないわよ、旭」
生徒会室へ旭を連れ帰った奏は旭に少し困った表情で語りかける。
「とにかく勝負は受けさせましたから、こちらの勝ちです」
旭は興奮を抑えられないようで、少々語気が荒げだ。
「どうかしてました、私」
旭の言葉は反省の弁に聞こえるがそうではなかった。
「この世の中、心底悪い人はいないと思っていました。でも違うんですね」
「ちょっと落ち着きなさい。ねぇ、もう一回交渉しなおしましょう」
奏はなんとか旭をなだめようとしたが無駄だった。
「私、投手じゃありませんから5の1に抑えるのも不安でした。でもあそこまで舐められたら間違いなくこちらの勝ちですよ。これで念願の野球部創部です」
旭はまだ興奮が抑えられないでいる。
「でもあなたが野球辞めたら意味ないでしょうに。戦力が足りないわよ」
奏はなんとか旭を翻意させようと粘る。
「いえ、そのために鈴と夏樹を連れてきたんです。あの二人がいれば強くなれます」
「でもあなたはどうするの?」
「そうですね。マネージャーやりながら、コーチングの勉強をします」
強い決意をもって旭は答える。
「もったいないじゃない。せっかく選手として頑張ってきたのに。ねぇ」
なんとかこの勝負を一度リセットさせたい奏は優しく説得を試みる。
「私なかなか筋力付かなくて、選手としての限界は感じていたんです。チームを創ったらみんなのために頑張ります」
奏の言葉に全く応じず旭は答える。
「そもそも、野球部がないのは先輩たちのせいじゃないですか」
その言葉に、奏は何も言うことはできなかった。
「では明後日の勝負があるので失礼します」
失言に気づいた旭は、そう言うと旭は生徒会室をそそくさと出ていくのだった。




