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交渉

 翌日の放課後、旭は職員室の神谷を再び訪れる。

「先生、昨日はお時間をいただきありがとうございます。改めて監督就任をお願いしたいんですけれどお時間・・・・・・・」

「くどい。もう終わった話だろ」

 旭の言葉を遮り、にべもなく告げる。

「いえ、昨日は先生のご都合をうかがう間もなかったので改めて極力ご負担をかけないようご相談の上、お願いしようと思いまして」

 しかしめげずに、神谷をまっすぐ見つめて旭は言葉を繋ぐ。


 旭の必死の視線を受け止めた上で、神谷は嘆息する。

「こちらの都合は常に悪い。だからお前の都合に付き合う気は一切ない。グランドもないんだ。部員も大して集まらないだろう?白石先生にでも頼んでバレー部のついでに兼任してもらって同好会で満足しとけ」

「いえいえいえ確かにグランドはまだないですけど、部員は既に5、6人算段立っているんですよ。もうすでに同級生の勧誘始めていますし、あっという間に人数集まると思うんですよね」


 嘘ではない。すでに旭と鈴はクラスメイトは全員当たっている。そしてこの放課後は鈴が夏樹を連れて他のクラスに勧誘に行っている。

 夏樹はおとなしい娘だが、鈴はコミュニケーションお化けというか結構ズケズケと人に向かっていけるタイプだ。

 まぁ、旭と鈴のクラスメイトで今のところ好感触な生徒はいないため「あっという間に部員集まると思うんですよね」というくだりは嘘だ。

 だが嘘も方便って素敵な言葉だなと思いながら旭は続ける。


「土日祝日は練習なし、練習は平日放課後3時間のみ。もちろん朝練はなしで構いません。練習メニューもこちらできちんと準備します。先生も何かしら部のお仕事しておけば余計なお仕事頼まれなくなっていいんじゃないかなと思うんですけど」

 旭は相手が交渉する気が全くないことを踏まえ、旭的には破格の条件を提示した。

 正直、土日祝は嘘ついてでも練習しなければならないと思っているがそれは「草野球です」とでも言って勝手に練習する手段もあるだろうと考えていた。


 じっと神谷を「わかったと言って、わかったと言って」といった表情で見つめる。

 神谷は席に座ったまま、旭は立っているのだから上から目線だ。

 ここでうまい事、神谷の隣にでも座って媚びた目線でお願い出来ればいいのだが旭はあいにくそういう知識はない。

 まぁ出来たところでこの冷めた教師には逆効果であろうが。


 ここで神谷が席を立つ。

「場所が悪い。ちょっと屋上へ行くぞ」

 すたすたと歩きだす。

 態度からは決していい答えが返ってくる雰囲気はないが旭も慌てて後を追う。

「やった。とりあえず話は出来るぞ」と僅かな事態の前進に旭は喜んだ。


 屋上は普段鍵がかかっているため、人はいなかった。

 旭と神谷の二人きりだ。

 屋上の中央で旭は四月の爽やかな青空を見上げた。

「やっぱり春っていうか春の空気の香り好きだなぁ」と思いつつ、少し離れてところにいる神谷を視線で追う。

「市役所の近くの並木道、桜きれいなんだよな。今度三人で行ってみようかな。桜、桜か。本当は桜が入部してくれれば心強いんだけどな」


 神谷はフェンスの近くで、校庭を見下ろしながら煙草を取り出すと口に運び火をつけた。

「おい、こっちにこい」

 と旭を自分のそばへ呼ぶ。

「お前さ、甲子園行くって言っていたよな。バカなのか?」

 神谷は旭に遠慮のない言葉をいきなり吐いた。

 さすがに煙草の煙を旭に向かって吐き出すような真似はしなかったが。

「女子が甲子園に行けない事、素人の俺でも知っているよ。仮に予選に出れたとしても女が男に勝てるわけないだろ」

「勝てます!」

 旭は即答した、そして繰り返した。

「必ず勝てます!」

「おいおい、やっぱりバカなのかお前。これ以上お前の世迷いごとに他人を巻き込むな。男相手に通用する女子選手なんて聞いたことねぇよ」

「います!」

 旭は叫んだ。さすがに神谷も表情からは計り知れないがたじろいだようだ。

「へぇ、そんな凄いがこの高校にいるのか?」

「いや・・・・・・いません。今はいないけど間違いなくいたんです」

 そう言い切ると、旭はその場で涙をこぼし始めた。

「いたんです。だから残された私が、私ががやらなきゃいけないんです」

 泣きじゃくる旭に、神谷は冷静に言葉を返す。

「とりあえず、お前が通用する選手ってわけじゃないんだな」

「・・・・・・はい」

「じゃ、意味がないな。ちょっとここで頭冷やせ。鍵は後で・・・・・・。まぁいい。しばらくここでサボる事にした。落ち着いたら声かけろ」


 そういうと、神谷は泣きじゃくる旭から離れたところでまた煙草に火をつけた。


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