春風
「すいません。やけにあっさりと打たれちゃいましたね」
さばさばとした表情で桜は、マウンドに駆け寄ってきた竜子に言う。
「いや、いい球だったぞ」
そう言うと竜子は桜の背中を2度強く叩く。
「落ち込むな、桜。最後の打席は今のシュートで勝負するぞ」
竜子は桜の両肩をガシッと掴むと見据えて言う。
「落ち込んじゃいませんよ、先輩」
「そうか、それは良かった」
桜の言葉に竜子は安堵した。
が、桜の言葉は期待したものとは大きく違った。
「落ち込むも何も確認できてよかったですよ。やっぱり120kmそこそこのストレートに110km代のシュートなんかじゃ通用しない。野球辞めたのは正解でしたよ」
「いや、そんなことはないぞ。いいシュートだった。あれなら絶対通用する」
「いやいや、無理ですって。先輩。現実見てくださいよ」
「諦めるな、桜。必ず道は開ける」
竜子は捨て鉢になったように見える桜を必死に励ます。
有咲を励ますときのように、執拗に桜の背中を叩く。
「痛いっすよ。先輩。私諦めてなんていませんよ。言ったじゃないですか。試していたことがあるって」
「え、じゃあさっきのシュート以外に何か変化球あるのか」
「そりゃありますよ。まぁ実戦で投げるどころか人相手に投げるのも初めてですけど」
「え、どんな球だ」
にじり寄る竜子に桜はそっけなく言う。
「秘密です」
「球種わかんなかったら受けれないだろ」
「まぁそれは体張って何とかしてください。2ストライク取ったら新球・・・・・・でいいのかな。それ投げますから」
なおも食い下がる竜子に
「敵を騙すにはまず味方からって言うじゃないですか。さぁ戻った戻った」
というとしっしっと追い払うのだった。
「本当に新球あるんだな」
「かわいい後輩を信じてくださいよ」
そう言われて竜子はホームベースへ戻っていくのだった。
「何とかなるはずだ。姉貴、ちょっとは力を貸してくれよ」
そう呟くと、深く息を吐き最後の投球に集中するのだった。
「旭ちゃん。いい球だったけど打たれちゃったね。大丈夫かな」
「大丈夫だよ。何も勝算ないのに心意気だけでマウンド上がる奴じゃない。何かあるから信じていいよ」
一塁コーチャーが本来、いるべきであろう場所に陣取る旭が言う。
「あいつさ、負けるの嫌いでさ。負けるくらいなら逃げる根性なしなんだよ。何度ピッチャー辞めるっていうの止めた事か」
旭は昔を思い出し、含み笑いをする。
「辞めるたびに一か月後くらいに新しい変化球覚えて帰ってくるんだよ。負けず嫌いで面倒くさい奴だよ」
マウンド上の桜を見て、旭が言う。
「面倒くさいのは旭ちゃんも一緒だよ」と鈴は思ったが、口に出すのはかろうじて我慢した。
「それにさっきのシュートで神谷先生追い込んだよ」
「え、簡単に打たれちゃったじゃん」
「ううん。さっきの打撃フォーム見た?」
鈴も夏樹も「ううん」という感じで首を振る。
「腕のたたみ方、凄く上手だったよ。さっきまで妙な軌道のアッパースイングだったけどあの球だけはきれいなレベルスイングで打ち返してた」
「ああ、あいつ超経験者じゃねぇか。三味線引いて遊んでいやがったな」
離れたところにいた紅音がすぐ後ろに来ていたらしく、会話に割って入ってきた。
「プロとまでは言わないけど、アマチュアでそこそこやっていたんじゃないかな。とにかく上手いよ」
蒼衣も紅音に同調するように会話に混ざる。
「紅音先輩、蒼衣先輩。こう皆集まってくると野球部出来ちゃうなぁって感じしてきますね」
旭が上機嫌で言うが
「バカ。私ら神谷の下なんかで野球やらねぇよ」
と紅音が突き放す。
「えー」という顔をする旭に紅音は言う。
「んな事より、桜応援してやれよ」
「そうですね。じゃあ・・・・・・」
「フレーフレー、さ・く・ら!!フレーフレー、さ・く・ら!!」
旭が声を突然張り上げる。
鈴も大声で合わせる。
そこに紅音も加わる。
夏樹も声は小さいが声を合わせる。
蒼衣は「え、何テンション上がっているの」って感じで見ているだけだが。
旭は叫びながら思う。
「このメンバーで野球やりたいなぁ」
マウンド上で神経を集中していた桜は突然の微妙にずれたエールに驚いた。
「いきなり、応援おっぱじめるの止めてくんないかな。曲がりなりにも3人も投手経験者いるのにさ」
桜はあきれつつも嬉しく思うのだった。
集中は切られたが、緊張がほぐれた桜はもう一度集中する。
そして竜子のサインを確認すると渾身のシュートを投げ込むのだった。
この打席は内角のシュート一本鎗だ。
初球、二球目と内に食い込みすぎボールとなったが三球目、四球目はストライクゾーンに来た球をいつも通りファールラインのギリギリ外を狙ってファールを打たれた。
いつも通り、いつでもヒット打てますよという神谷のサインだ。
桜はこのいけ好かないやり口よりも、内角攻めに一歩も引かずバッターボックス手前で構える神谷を「ちょっとはのけぞれよ」と少々うっとおしく思った。
が、とにかく追い込んだのだ。
旭は意を決した。
大きく振りかぶり、始動した。
いつものオーバースローとは違う。
深く、深く体を沈み込ませると、上からでなく下から腕が稼働を始める。
そしてマウンドに触れるか触れないかギリギリのところを右腕が通過していく。
アンダースローだ。
そのフォームの指先から放たれたボールは高めへの軌道を描いていくかと思うと、突如内角へ切り込んでいく。
シンカーであろう。
既に始動を始めた神谷のバットは止まることなく、強引に内角打ちへと移行するが差し込まれた態勢でのスイングとなる。
崩れた体勢から空を切るかと思えたが、かろうじてバットはボールを捉えたのだった。
神谷の放った打球はいつもとは違い、全く鋭さはない。
二塁後方へと緩く打ち上げた形だが、そこにいた全員がテキサスヒット、俗にいうポテンヒットになると思った。
存在はしないが二塁手も間に合わない、そして右翼手も間に合わない絶妙なコースへの当たりとなった。
全員がボールを落ちるのをただただ見守る中、旭だけがボールを追っていた。
一塁線の外から猛追する。
反応が早い。投球が打球になる前にすでに動き始めていた。
だがボールに届きそうだが、届きそうもない。
それはそうだ。二塁の位置からならともかく一塁線の外からボールを追っているのだ。
間に合うはずが本来ないのだ。だが旭は懸命に走ってボールを追いかける。
旭はボールに向かって懸命に腕を伸ばす。
「届いて」という思いはむなしくボールはその手の手前で落ちる・・・・・・と思われた寸前にグラウンドに一陣の風が吹く。
春らしく温かい風だ。
そして・・・・・・取った本人も驚いたが、ボールは旭の右手にしっかりと掴まれたのだ。
信じられないという表情で手に握ったボールを見る旭。
紅音が叫ぶ。
「旭、よくやった!」
それに呼応するかのように、あまりの長期戦のためにまばらにはなっていたが見学していた生徒からも喝采が上がり拍手が起こるのであった。
「先生、旭が一応取ったのでギリギリアウトでいいですよね」
おずおずと主審を務める奏が尋ねる。
特に感情のない表情で、神谷は答える。
「どっからどう見てもアウトだろ」
そう言うと、少し不愉快そうにバットをその場に置くと校舎へと戻っていくのだった。
それを見て、奏は右手を突き出しグッと握りしめると声高らかに宣言するのだった。
「アウト!」
これで、この予想外に長い試合はようやく終止符を打ったのだった。
無事、野球部創部の権利を勝ち得た旭はボールを高く掲げると叫ぶのだった。
「有咲先輩ありがとうございます!」
どう見ても届かなかったボールが、目の前でスローモーションのように一陣の風と共に自分の手に吸い込まれていく様は亡き先輩の起こしてくれた奇跡としか思えなかったのだ。
旭は、ウイニングボールを桜に渡しに行こうとマウンドに駆け寄ろうとしたが、その前にものすごい勢いで桜が旭に飛び込んできた。
そして蒼衣を除いて、紅音も鈴も夏樹も竜子も旭と桜に飛び掛からん勢いで集まってくるのであった。
一同は、奇跡的な勝利に歓喜を上げるのであった。
こうして雪城女子高校は監督を手に入れて、創部となった。
旭の引退に、まだ部員数が足りないなど、まだまだ問題は山積みだがきっと様々な可能性が不可能を上回るであろう。
甲子園への道はまだ霧の中だ。
そこに道が本当にあるのかどうかもわからないが、ひとまずは彼女たちはその道を探しに行けることとなったのであった。
第一章終了です。
構成見直してからまた続けたいです。




