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決め球

 桜の初球のストレートは、竜子の構えたミットのど真ん中に見事に決まった。

 それを神谷は平然と見送る。


「まぁさっきの奴よりはマシなボールを投げるかな」

「この打席もちゃんと10球粘ってくださいよ。投球練習みたいなもんですから」

 神谷の言葉に竜子が返す。

「ああ、構わんよ。まぁせいぜい頑張ってくれ」

 神谷はいつでも打てるといわんばかりに余裕綽々に言う。


「どうよ、蒼衣。桜の球は。やっぱ回転が違うな、本職は」

 紅音がウキウキとした表情でいう。

「うーん。球速110kmくらいか。ブランクある割には速いけど。準備なしのピッチングだから少しは上がるんだろうけど」

 蒼衣が首を捻る。


「まぁあと5kmくらいは上がるんじゃねぇの。あいつ中二の時にこのくらい投げてたろ」

「あまり、伸びしろなかったのかな。有咲さんの妹だから140とは言わないまでも130くらいは投げてくれればなって思っていたけど・・・・・・。これだと普通の女子レベルだね」

 蒼衣が残念そうに言う。

「まだ高一だしな。ちゃんとやれば125kmくらいまで上がるだろ。そこまで行ってくれればまぁ男相手でもそこそこやれるだろ」

「決め球のシュート次第だね。桜は体柔らかいし、シュート投げまくっても壊れないかもしれないけど」

 どうも一球見ただけで蒼衣は先のことを考えてるのか消極的な発言が目立つ。

「蒼衣。先のこと考えてもしょうがねぇよ。まずはこの勝負よ。初球から110km投げれてシュートって決め球があるんだ。さすがの神谷でも初見じゃ打ちきれんだろ。まぁ心配すんな」

 紅音は楽天的に笑顔で、蒼衣を勇気づけるのだった。


「さてと、どうするかね」

 竜子からの返球を受け取ると桜は呟く。

 肩を作る早さには自信がある。初球も我ながらまぁまぁの球を放れたと思っている。

 決め球は最期に取っておくとして、出来る事ならこの9打席目で蹴りを着けたいというのが本音だ。

 この打席の決め球はカーブとさっき、竜子と打ち合わせは済んでいる。

 縦に大きく落ちるカーブにも自信がある。

 姉と違って、球速は並みだがその分変化球は多彩だ。


 竜子のサインに目をやる。

 内角に小さく落ちるSFFのサインだ。

 ちょっとだけ桜は驚いた。使い物には一応なるがあまり普段使わなかった球だからだ。

「なんだ、先輩。やる気満々じゃないか」


 嬉しくなった桜は、今度は初球とは違い、普段はしないバレリーナのように足を高々と頭の上まで上げるフォームで第二球を投げ込んだ。


 その二球目を綺麗に三塁線のほんの外側へ神谷は打ち返した。


「見た、鈴ちゃん、夏樹ちゃん。桜、すごい体柔らかいでしょ。あんなフォームなかなか出来ないよ」

 二球目を旭が投げている時と変わらず、ファールラインの外に遊ばれるように打たれたのにも関わらず旭はとても嬉しそうだ。

 鈴は複雑だ。あまり状況が変わったように思えないからだ。

 旭はリトル時代からの盟友の復活ではしゃいでいるようだが勝算はあるんだろうか?と勘ぐってしまう。


「旭ちゃん」

 鈴は苦言を申し立てようと旭に声をかけた。

 旭はめちゃくちゃ嬉しそうに振り向く。

「何、鈴ちゃん」

 その笑顔を見て、鈴は思うのだった。

 旭ちゃんが楽しいならそれでいいや、と。

「凄いね。私あんなに足上げられないよ」

 そう言うと笑顔で旭にハイタッチを求める。

 マウンドを預けた以上、もう何も言わず桜のピッチングを見届けようと思ったのだった。


「旭ちゃん。本当に大丈夫なんですか」

 夏樹が旭に疑問を呈する。

 鈴ではなく、旭信者の夏樹が旭にツッコミを入れるのは異例のことだ。

 鈴は「あー、やっぱりこれが正常な判断だよな」と旭のハイテンションに乗ってしまった自分をちょっとだけ後悔した。


「夏樹ちゃん、桜は変化球がえぐいんだよ。特にシュート」

 旭がそれを受けて説明を始める。

「あれは初見で打てないね。私も紅白戦で散々ぶつけられた上にほとんど打てなかったよ」

「旭ちゃんが打てないシュート投げるんですか、それは期待ですね」

 心配そうな表情をしていた夏樹の顔色が一変する。

 夏樹の期待に溢れる表情に旭が話を続ける。

「あのシュートはね、まだ私たちが小学六年の時かな。その時にね・・・・・・」

「旭ちゃん、ほれ三球目投げるよ」

 話が長くなりそうだなと思った鈴は強引に話を断ち切るのだった。

 

 その後、9球目の内角へのストレートは少し危険な高さの感じのボールとなり、フルカウントで10球目を迎えた。


「よしっ」と理想のコースへ投げ込めた桜は勝負の10球目、まだ見せていない縦へ落ちるカーブで仕留めんと振りかぶる。

 桜の指先を離れたボールは打ちごろの速度と高さでベースに向かう。


「完璧だ」桜は思う。

 神谷のバットが始動したのを見て「勝った」と思った。

 振っても絶対に当たらない、その確信があるボールだ。

 空振りはしなくても、ハーフスイングのジャッジは絶対取れると思った。


 ボールは桜の理想通りの弧を描き、急降下でベースの前でワンバウンドする。

 その球を竜子がしっかりと後ろに逸らさずに体で抑える。


 が、神谷のバットは振られなかった。

 始動はしたもののすぐさま見送られたのだった。


 「振りませんか、先生。それを」

 主審を務める奏が嘆く。

 奏も絶対にスイングを取れると確信した素晴らしいボールだった。


「まぁな。どうするフォアボールは初めてだな。この打席リセットするか。面倒だからこのままもう一球投げても構わないぞ」

 神谷が淡々と告げる。


「分かりました。このままもう一球投げます」

 桜が即答する。

 ストライクを取れずにガッカリはちょっとしたが正直、ちょっと心が燃えた。

 好打者は投手の魂を震え立たせる。


 桜は、竜子に自分からサインを送る。

 内角へのシュートのサインだ。

 自身が一番、多くのアウトを奪ってきたボールだ。

 このボールだけでは通用しないと、野球を辞めたのだがやはりシュートで決めるしかない。

 最終打席まで、大事に取っておいてどうする。

 完璧なカーブに、完璧なシュート。

 これで打ち取れないわけはない。


 桜は決意すると全力のシュートを投げ込む。

 内角のストライクゾーンからボールゾーンに外れる完璧なボール。

 見送られたらボール判定されても仕方がないコースだが、打ち取るためには申し分ないコースだ。


 ボールを受ける竜子は思った。

 昔より、球速が上がり理想通りに内角を抉ってくるシュート。 

 「このボールがあるなら、有咲抜きでも・・・・・・」そう思った瞬間、神谷のバットがボールを捉えた。


 その打球は見事に凄い速さで三遊間を抜けていったのだ。

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