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「あー上手く打たれちゃったね。アイディアは良かったけどね。超クイック投球。次は超山なりピッチングでもしてみる?」
8本目のヒットを打たれると、すぐさまタイムを取った鈴がマウンドに笑顔で駆け寄ってきて来た。
「ごめん、ネタ切れ。鈴、代わりに投げてみる?」
鈴から差し出されたボールを受けとらずに旭が言う。
「うーん?私はこんなしょぼくれた旭ちゃん見るために付いてきたわけじゃないよ」
こめかみの血管をピクピクさせながら、怒りを抑えながら鈴はひきつった笑顔で答える。
「いやでもさ、鈴なら肩いいからさワンチャンスあるんじゃ・・・・・・」
「黙れ、旭。そんな大事な事あんたの一存で決めさせるわけにはいかないね」
鈴は無理して笑顔を作ろうとしているが、逆にとても怖い。
鈴は一塁近くで試合を見守る夏樹を手招きをして呼び出す。
マウンドで怒り心頭の笑顔で旭を睨みつける鈴。
そして、それに対してただ困った顔で棒立ちの旭。
「旭ちゃん、鈴ちゃん。どうしたの」
マウンドに駆け寄ってきてその様子を見て戸惑いながら夏樹が問う。
「夏樹ちゃんさ、なんか言ってやってよ。旭さ、もう無理だってさ、マウンド降りるってさ」
「え、旭ちゃんどうしたの。見ているだけの私が言うのも失礼だけど旭ちゃんならやれ・・・・・・」
夏樹は旭を励ます言葉の途中ではっとする。
「旭ちゃん、どうかしたの?」
「いや、別にどうもしてないよ、夏樹ちゃん。ただ私が投げても勝機はないかなって」
元気なく旭が答える。
「逃げるのか。私ら打たれて負けても文句なんか言わないよ。だから最後までやり遂げろよ」
「ちょっとちょっと鈴ちゃん。落ち着いて。旭ちゃん、どこか痛めたの」
優しく旭に夏樹が問いかける。
「いや、そんな事ないよ。ただもう私じゃ無理かなって」
ただただ旭は投球することを拒むのだった。
「先生。この勝負、負けてもらえませんか」
主審を務める奏が神谷に問いかける。
「いやだね」
にべもなく神谷が答える。
「先生、私で良かったら何でも言うこと聞きますから。何されても構いません」
意を決して奏が言う。
「生徒会長」
「は、はい」
神谷は奏に向き合うと、全力で額を指先で弾く。
「お前がテンパってどうする」
額を押さえて思わず、うずくまる奏に神谷が言う。
「さっきのボール、血ついてたぞ。あらかた爪が割れたかマメが潰れでもしたんだろう」
マウンドにいる三人を見ながら言う。
「あいつバカだからな、上手く助けを求めることが出来なくて揉めてるんだろう。さっさと何とかしてやれ」
あまりの痛さで涙目の奏に言うのだった。
「旭、右手を見せてちょうだい」
マウンドへ駆け寄った奏は、右手を開くように言うが旭が右手を握りしめたまま拒否するそぶりを見せると強引に右手首を掴み、開かせた。
人差し指は割れ若干出血している。よく見ると中指の爪も割れているようだ。
「ごめんね、旭ちゃん。でも怪我してるなら言ってよぉ」
鈴が涙くんで謝る。
「旭ちゃん、一体いつから」
「中指の爪は5打席目くらいからかな。あまり痛くないからそのまま投げていたんだけどさっきので、人差し指が割れちゃった」
夏樹の問いに素直に旭が答える。
奏は神谷のボールの観察力に驚いた。
おそらく、出血の具合から見てそうボールに血が付着はしていなかっただろうに、と。
鈴は大粒の涙をこぼしながら旭に謝り続けている。
「ごめん、ごめん。悪いのは私だよ」
抱きつく鈴の頭を撫でながら旭が言う。
「いや、本当に旭ちゃんが悪いですよ。なんで言ってくれなかったんですか」
夏樹は旭に優しく、そっとデコピンする。
「本当、私たちには本当のこと言ってくださいね。メッですよ」
「ごめん。怪我で投げられないっていうのが嫌でさ。少々痛くても投げるだけなら投げられるんだけどそれじゃ絶対通用しないし。なら鈴の強肩に賭けようかと思ったんだけどなんか上手く説明できなくて本当にごめん」
旭は我ながら、本当にバカだなぁと思いつつ反省の弁を述べる。
夏樹の愛に溢れる優しいデコピンを見た奏は、さっきの神谷のデコピンには愛情の一欠けらも入っていなかったなと思うのだった。
「それはともかく、どうするの?丹波さんが投げるのかしら」
奏が、鈴に話しかけたときにマウンドに二人の少女がやってきた。
「トラブル発生?良かったら半端もんだけどこのバッテリー安くしておくよ」
まさかこの勝負のマウンドに行くとは思ってもいなかった竜子を引きづるように、超女子高生投手・朝倉有咲の妹、朝倉桜がやって来たのだった。




